第24話 前々世の記憶が流れ込んでくる殿下

 殿下とわたしは、結婚式後一か月ほどで、ようやく夫婦としての出発点に立とうとしていた。


 一か月という時間は決して短いものではない。


 それにわたしにとっては、殿下は前々世から想い続けた方だ。


 前々世というところからすると、ずいぶんと長い時間がかかってしまったように思う。


 わたしは殿下が抱きしめてくれることを期待していた。


 そして、キスまで進んでくれることを期待していた。


 もし殿下が望むのであれば、それ以降の世界に誘ってもらってもいいと思っていた。


 しかし、殿下はわたしことを抱きしめようとする動きさえもない。


 わたしは待っているというのに……。


 殿下の気持ちがわからないわけではない。


 今までが今までだけに、殿下もすぐには心の準備ができないのだろう。


 今日は残念だけど、あきらめるしかなさそうだ。


 あせることはない。


 これから少しずつ段階を進んでいけばいいと思う。


 わたしたちは夫婦なのだから。


 そう思っていると、突然、殿下が頭を抱えて苦しみだした。


「殿下、どうされました?」


「く、苦しい!」


 わたしはすぐに侍医を呼ぼうとした。


 すると殿下は。


「大丈夫。侍医は呼ばなくていい」


 と言った。


 殿下がそう言うので、やむなく殿下の苦しみがおさまってくるのを待ったが、なかなかおさまりそうな気がしない。


「やはり、侍医を呼んだ方がいいと思います。わたしが呼んできます」


 わたしはいてもたってもいられず、部屋から出て侍医を呼ぶ決意をした。


 前々世でつらい別れ方をしているので、殿下が苦しんでいる姿を見ていると、すぐに対応しなければならないという気持ちが大きくなる。


 しかし、殿下は、


「いや、もうすぐおさまりそうだ。だから大丈夫」


 と言って、その動きを止めた。


 わたしは心配だったが、殿下の言葉の通り、苦しみはおさまり始めたようだった。


 そして、ようやく苦しみがおさまると、殿下は、


「心配をかけてしまって申し訳ありません」


 と言った。


 そして殿下は、


「わたしの心の中に、前々世の記憶が流れ込んできました」


 と言った。


 言葉づかいがていねいになっている。


 前々世のマクシテオフィル殿下と同じような話し方になってきている。


「前々世の記憶ですか?」


「苦しい思いはしましたが、これで、前々世のかなりの部分は思い出すことができました」


 わたしは驚いた。


 殿下は話を続ける。


「わたしはセギュールソルボン王国の王太子マクシテオフィルとして生きてきました。あなたの前々世であるフィッツドラン公爵家令嬢リデナリットさんとお付き合いをしていました、あなたが言っていた通りです」


 きみからあなたに言葉づかいが変化している、


 マクシテオフィル殿下もわたしのことをあなたと呼んでいた。


 そう言った後、殿下は、


「申し訳ありません」


 と言って頭を下げた。


「殿下、どうされたのですか? 言葉づかいも変化しているように思いますが?」


「今まではあなたを避ける為、なるべくあなたに対しては、ていねいな言葉を使わないようにしてきました。そうすればあなたと仲が良くなることはないだろう、と思ってきたのです。しかし、前々世のことを思い出したわたしは、そういう言葉づかいをしていたのは間違いだったと思ったのです。そして、先程もあなたには謝りましたが、それは浅いものでしかありませんでした。あなたには、もっと心の深いところで謝っていかなければならないと思っています」

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