第8話 厳しい表情の殿下
わたしはマクシテオフィル殿下の生まれ変わりであるオディナルッセ殿下と、今世で初めて会っている。
わたしはすぐにでも殿下の手を握りたかった。
殿下のやさしい手。
ああ、手を握りたい……。
しかしオディナルッセ殿下の方は、厳しい表情をしている。
わたしのことを忘れてしまっているようだ。
無理もない。
わたしと違い、前世では別の人と結婚している可能性が強い。
もしその人とまた結婚する約束をしていれば、今世でもその人と結婚する方向に向かっていくだろうと思う。
婚約できなかったわたしよりもその人の立場は上だ。
とても太刀打ちできる相手ではない。
これはわたしにとって悩ましい話だ。
そして、もう一点悩ましい話がある。
もし結婚を約束した女性がいなかったとしても、殿下と会うのは前々世以来。
わたしに対する興味が薄れているかもしれない。
前々世のことを思い出さなければ、このままわたしに興味を示さないままになっていくかもしれない。
そうなれば、お付き合いさえもできなくなる可能性が強い。
いや。わたしは何を思っているのだろう。
全部わたしの憶測だ。
今現在こうして殿下と会えているのも、殿下に意中の女性はいないからだ。
もしいたとすれば、その女性と既に婚約まで進んでいるに違いない。
わたしへの興味についてはあるかどうかはわからないが、もしなかったとしても、それは、これから挽回できることだろうと思う。
ここで、殿下と会うことができたのは運命だと思う。
わたしは殿下のことが好きなのだ。
生まれ変わって、今は何も思い出せていなかったとしても、わたしの殿下に対する想いは変わらない。
これからのわたしは、殿下にすべてを尽くしていくのみ。
そして、いつかは相思相愛になり、結婚できるといいなあ……。
そう思っていると、殿下は、
「わたしが王太子のオディナルッセだ。今日は、父上と母上がすすめるので、やむなくきみに会うことにした。決して期待などしないように」
と厳しい表情のまま言った。
わたしのことを受け入れる気持ちが全くないように思える。
これでは婚約どころか、お付き合いさえもできそうもない。
しかし、これくらいで打撃を受けるわたしではない。
それどころか、殿下に会えた喜びで、心が沸騰し始めていた。
「殿下、わたしは殿下にお会いできて光栄に思っております。そして、心の底からうれしく思っております」
わたしは満面の笑みをたたえながら言った。
「心の底からうれしい?」
「そうでございます。殿下は素敵なお方と伺っておりまして、お会いすることができるのを楽しみにしておりましたが、実際お会いすると、思っていたよりもはるかに素敵なお方だと思いました」
まだ外見の素敵なところしか把握はできていないけれど、マクシテオフィル殿下の生まれ変わりの方なのだから、きっと心の底からやさしい素敵な方だと思う。
「わたしが素敵な人間とは……。今までの縁談はすべて断り、きみにも冷たい扱いをしようとしている酷い人間だというのに」」
「どういう経緯かは存じません。でも殿下は酷い人間だとは思いません。常に国民のことを思いやる政治を行おうとされています。心の底からやさしい人でなければ。そういうことはできないと思います」
「何を言うかと思えば……。わたしはきみが思うほどやさしい人間ではないよ。国民に対しては、思いやりを持って政治をしなければ、この王国自体が立ち行かなくなってしまうからそうしているのだ」
「でも国民のことを思って政治を行おうとしているのは素敵なことだと思います」
「全く、どうしてきみはわたしのことを買いかぶるのだ」
殿下はそう言って、決して自分の持っているやさしさを認めようとしない。
しかし、先程よりは殿下の表情が少しだけ緩んできている気がした。
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