第12話 殿下は一生独身でいたい
春、四月下旬。
爽やかな風が吹き、美しい新緑に木々が覆われてきた頃。
わたしたちの結婚式は盛大に行われた。
国王陛下と王妃殿下を始め、出席者からの祝福を受けた。
公爵家のお父様とお母様も出席して、祝福してくれていた。
涙が出るほどもうれしいことだ。
わたしはこの結婚式であこがれていたウエディングドレスを着ることができた。
前々世では殿下と結婚式まで到達できず、前世では殿下と会うことさえもできなかった。
そう思うと、うれしさは倍増する。
それにしても礼服姿の殿下はなんと素敵なことだろう。
そばにいるだけで胸は熱くなってくる。
わたしの前では笑顔を見せることがない殿下だけど、出席者の前ではいい笑顔をしている。
この笑顔が、王国内の女性はもちろん男性も魅了していると聞いている。
わたしにもその笑顔を向けてほしいところだけれど、それはこれからの結婚生活で実現していけばいいだろう。
その殿下と誓いのキスもすることができた。
ただ、相思相愛の状態とは言えない状態でのキスだったので、形式的なものになった。
前々世のように、心を通わせるキスというわけにはいかなかった。
それは、わたしにとって残念なことだった。
しかし、これから相思相愛になれば、心を通わせるキスができるようになるだろう。
その為にも、わたしは殿下をもっと愛し、尽くしていこうと思っていた。
こうして正式に結婚し、夫婦になったわたしたちだったのだけど……。
わたしは前々世と前世を含めた今までの人生を思い出していた。
ずいぶん長い時間をかけて思い出していた気がする。
しかし、実際はほんの少しの時間でしかなかった。
それでもわたしには十分な時間だ。
これでますます殿下への想いを熱くすることができる。
殿下は、
「わたしはできれば一生独身でいたかった。しかし、きみと結婚してしまった。これは残念なことだ」
と言う。
「なぜ殿下は一生独身でいたいと思ったのでしょうか?」
今までわたしはその理由を聞いていなかった。
いつかは殿下の方から話をしてくれるだろうと思っていたからだ。
でも、話をしてくれないまま結婚をすることになってしまった。
今までは婚約者の立場だったので、こちらから聞かなくてもよかったのかもしれない。
しかし、今のわたしたちは夫婦になっている。
このことはこれからの夫婦のあり方に大きく関係してくる話だ。
「きみにその話をする義務はない」
「わたしは妻としてそのことを把握する必要があります。わたしからは言いたくはないのですが、大きな失恋をして、それが心の傷となっているということがあるのでしょうか?」
わたしの知る限り、殿下にはそういう話はない。
それどころか、異性と付き合ったこと自体が今までないようだ。
とはいうものの、恋をしていた女性に思いを伝えることができないまま失恋をしてしまうこともありえることだ。
それが心の打撃となり、異性と付き合うどころか、好きになることもなくなって、独身を一生の間、貫き通す気になったのかもしれない。
もしそうであるならば、わたしは殿下のことをより一層愛し、癒していかなくてはいけない。
殿下がどう話をするのか、待っていると、
「きみに話すことではない」
と言った。
そして、
「では夜も遅くなってきたので、わたしは隣の部屋で寝ることにする。夫婦になった以上は、この寝室に形だけは来ることにするが、一緒に寝ることはしない。それは理解をしてもらいたい」
と厳しい表情で言う。
「納得はできませんが、殿下のおっしゃることには従います」
「納得してほしいと思っているのだが……。まあいい。それではまた明日。きみも今日は疲れただろう。十分疲れを取るがよい」
殿下からのやさしい言葉。
殿下と今世で出会ってからは初めてかもしれない。
少し涙が出てくる。
殿下はやっぱり心の底ではやさしい方なのだ。
そのやさしさをもっと出してくれるといいなあ……。
「ありがとうございます。殿下もお体を大切に」
「ではわたしは行く。また明日会うことにしよう」
扉に向かって歩いて行く殿下に、
「わたしは殿下のことが好きです。愛しています」
と言った。
婚約中、殿下に毎日言っていた言葉。
結婚してからも毎日言い続けよう。
わたしはそう思うのだった。
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