第2話 わたしのことを嫌う殿下
「きみを二人だけの世界に案内することはできない」
殿下の冷たい言葉。
「どうしてでしょうか? わたしたちは夫婦になったというのに」
「先程も申した通り、わたしはきみが好きではない。だから夜を一緒に過ごすことはできないのだ」
「今はそうでなくても、これからお互いを知っていけば、好きになっていただけるかもしれません」
「きみはずいぶんと食い下がるな。わたしはきみのことを思っているのに。思いやっているのだから、婚約中から、儀礼的でお飾りの存在でいいと言ってきたというのに……」
「思いやっていただけるのはうれしいです。でもわたしは殿下の本当の意味での妻になりたいと思っています。その為の第一段階として、今日、二人だけの世界に入っていくことが必要だと思います」
「きみと私は相思相愛の仲ではないのに、よく『二人だけの世界』という言葉を平然と使えるものだ」
平然と使っているわけではない。
胸のドキドキがますます大きくなってくる。
「全くわたしの善意が届かない人だ。あきれてものが言えない」
殿下はそう言って、一旦気持ちを落ち着かせる。
そして、
「きみはわたしが言ったことを冗談だと思っているのだろう?」
「冗談?」
「一生独身でいるという話だ」
「もちろんその言葉は、殿下とお会いする以前より噂でも聞いておりましたし、初めてお会いした時から伺っております。でもそれは、わたしと婚約し、結婚した今となっては、成立しない話だと思っています」
殿下はハンサムで凛々しくて、頭もいいし武術もダンスも得意だ。
したがって、女性にモテる。
ところが、今まで舞踏会に出席しても、貴族令嬢と踊ることはあるが、そうした女性と交際にまで発展したことは全くなかった。
殿下が二十歳を越えて、お妃を選定しなければならない頃になっても、女性と付き合う様子が全くないことを心配した父国王陛下と母王妃殿下は、貴族令嬢との縁談話を持ってくる。
しかし、それもすべて断ってきた。
断る理由は、
「わたしは一生独身でいたい」
というものだった。
結婚をすることそのものが嫌だという話だ。
そんな時、殿下の相手として名前が挙がった貴族令嬢。
それが、わたしセノーラティーヌだった。
わたしは今までの人生を思い出していく。
デックスギュール王家とラフォンフィス公爵家は決して仲が悪いわけではない。
ただ公爵家が王都から離れた位置にあることもあって、今まではどちらかというと疎遠な方だった。
国王陛下としてもなるべく親しい家からお妃を選定したかったのだと思うが、それができなかったので、わが公爵家に話を持ってきたそうだ。
とはいっても、家どうしとしては決して悪い話ではない。
王家としては、王国の中の名家であるラフォンフィス公爵家を縁戚に取り込むのは、勢力の増大になる。
ラフォンフィス公爵家としても、縁戚になることによって、王国内での勢力を増大させることができる。
お互いにメリットのある政略結婚だ。
しかし、それは家どうしの話でしかない。
しかも、わたしの耳にも、殿下が、
「一生独身でいたい」
と言ったことは耳に入っていた。
その為、わたしはこの縁談を聞いた時、わたしが検討する以前に、殿下の方から断ってくるのだと思っていた。
最初、殿下はお妃候補と会ってから断っていたそうだが、最近は会う前に断るようになってきたという話。
両親にもあまり期待しない方がいいとわたしの方から言ったくらい。
それがなぜか話は少し進み、殿下とわたしは王宮で会うことになった。
会えることができるようになったのは前進だと思う。
しかし、殿下と会うということは、直々に断りをしてくる可能性もあるということだ。
会って断られる方が心の打撃は大きい。
それでもわたしは、殿下と会う為、王宮に向かうのだった。
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