第3話 わたしの前々世

 殿下との初めての対面。


 王宮に入り、案内をされて殿下の執務室に向かっていたわたし。


 胸のドキドキはどんどん大きくなっていた。


 落ち着かなくては、好きになってもらえるはずのものもらえない。


 なんとか気分を静めようと努力をする。


 殿下の執務室に入るとそこには……。


 国王陛下と王妃殿下と二人の側近がいた。


 そして、もう一人。


 今まで、わたしが見たことのない素敵な方がいた。


 それだけではない。


 どことなく懐かしさを覚える。


 殿下とわたしは、幼馴染でも何でもない。


 会うのはこれが初めてだった。


 なのに、どうして懐かしい気持ちになるのだろう……。


 とにかくあいさつをしなければ、と思い、わたしは殿下の方へ進んだ。


「ラフォンフィス公爵家令嬢、セノーラティーヌでございます」


 わたしはそう言ってあいさつをする。


 殿下を近くで見ると、ますます胸のドキドキが大きくなっていく。


 わたしの理想の容姿の方がここにいる。


 もしかして、わたしは殿下と結婚する為に生まれてきたのでは……。


 そう思っていると、前々世と前世の一部の記憶が流れ込んできた。




 わたしの前々世は、フィッツドラン公爵家令嬢リデナリット。


 もうすぐセギュールソルボン王国のマクシテオフィル王太子殿下と婚約をするところまで来ていたのだった。


 今世と同じく政略結婚という位置づけで、わたしが婚約者候補としてマクシテオフィル殿下に会うまではお互いのことを何も知らず、お互いに、「好き」という気持ちは持ちようがなかった。


 しかし、わたしはマクシテオフィル殿下と会うと、すぐに好意を持った。


 ハンサムで凛々しくて、わたしの理想の容姿をしている方だった。


 マクシテオフィル殿下の方も、わたしに好意を持ってくれたようだった。


 わたしたちは、婚約を前提に付き合うことになった。


 このまま仲が深まっていけば、正式に婚約をすることになる。


 それからのわたしは、マクシテオフィル殿下に週三日は王宮に招待されるようになった。


 二人でおしゃべりを楽しんでいる内に、次第にお互いのことを理解するようになっていた。


 心の底からやさしいマクシテオフィル殿下。


 マクシテオフィル殿下の方も、わたしのことを、


「素敵な女性」


 と褒めてくれていた。


 わたしたちは、お互いのことを好きになっていく。


 ファーストキスは、そうした二人の心をさらに結びつけていくものだった。


 わたしの心は、それまで味わったことのない幸せに包まれていった。


 とはいうものの、このことを思い出したわたしは、恥ずかしさに覆われてしまう。


 しばらくの間は、記憶の流入が止まるほどだった。


 こうして二人の仲が深まってきたので、わたしたちは正式に婚約をすることになった。


 婚約式が行われることになる。


 婚約式が終わり、婚約が成立すれば、次はいよいよ二人だけの世界に進むことになる。


 ここまで来れば、二人の絆は固いものになるだろうし、これからの夫婦としての生活も安定してくるだろう。


 そして、より一層、幸せな気持ちになれるに違いない。


 前々世のわたしはその日を待ち望んでいた。


 しかし……。


 婚約式を前にして、マクシテオフィル殿下が倒れてしまった。


 体が頑健だったはずのマクシテオフィル殿下が、病に伏してしまったのだ。


 殿下は意識を失ってしまっていて、目覚める様子はなかった。


 主治医は、


「残念ながらマクシテオフィル殿下の命は、もって一週間ほどでございます」


 と父国王陛下や母王妃殿下、そしてわたしに話をした。


 悲嘆にくれる国王陛下と王妃殿下。


 しかし、わたしはあきらめたくはなかった。


 マクシテオフィル殿下に回復してもらいたかった。


 回復してもらい、夫婦としてこれから一緒に過ごしていきたかった。


 わたしには、マクシテオフィル殿下が回復するのを祈ることと、主治医の手伝いを少しすることぐらいしかできないと。


 それでも何もしないよりは殿下の役に立てるのでは、と思った。


 そこで、わたしは、一日のほとんどを殿下の付き添いの為に費やすことにした。


 一日が過ぎ、二日が過ぎる。


 殿下が回復する様子はない。


 側近は、


「それではリデナリット様も倒れてしまいます。少しお休みになってください」


 と言ってくれたが、わたしは、


「お気づかいありがとうございます。でもわたしは大丈夫です」


 と応えた。

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