第21話 姉襲来!

 

「葵~、いるんでしょー? でてこーい、お前はすでに包囲されている―」


 そんな声が外から聞こえてきた。

 もうそれだけで誰が来たのか分かった。


 この唐突に襲来する感じ。

 玄関のドアを覗かなくても分かる、奴だ。奴が来た。


 そーっと足音を立てないように、後ろへと戻る。

 今度はドアをドンドンドンと、たたく音が聞こえてくる。


 あいつは一旦家主の反応を待つとか言う選択肢はないのか?

  

 「ね、ね――」


 「――しっ!小声で!」


 慌てて口に手を当てる一ノ瀬さん。

 なにやっても様になるのが、流石マドンナ。さすマド。


 「……で、でないの?でなくていいの?というか誰か聞いても大丈夫?」


 小声で顔を寄せながら、遠慮を装いがっつり聞いてくる一ノ瀬さん。

 顔が心配してる風を装っているけど、目がとてもキラキラしてる。

 もう、なんか面白い展開来た!とか思ってそう。


 さっき修羅場来た!とか言ってたしね。

 でももし実際修羅場ならあなた、怒るべき所ですからね?


 ……もしそんな展開になっても、ノリノリでサレ彼女演じそうなのが想像できてしまった。


 「い、今は出ない。というか出れない!」


 「でれない?なんで?あ、私いるから?全然大丈夫よばっちこい」


 何が大丈夫なのか全くわからないですけどね。

 

 「葵君忘れてない?」


 「なにを?」


 外の人の事?

 覚えてるよ?


 「一応言っておくけど、私大学のマドンナぞ? 自分でいうのもなんですけど」


 うん本当に、自分でいうのもあれやね。


 「ということは今は私の本性ですけど、私は自分を偽るのがうまいわけよ? なので──」


 「なので?」


 「私は初対面の人と会っても、恥ずかしくない人間だよーってこと。こんなことを更いうのもなんだけど、実はわたし結構人好きされる方でして」


 まぁ人好きはされるだろうけどさ。

 でも不安なこともある。


 「……女の人にも?」


 一瞬うっと一ノ瀬さんは詰まってそっと目を逸らした。


 「……3割くらいは?」


 「ちな男性だと?」


 「ほとんど好かれる!でもそのほとんどがエロ目線!〇ね!」


 なんとも終わってるなぁそれは。

 でも大抵が容姿に関する嫉妬とかなんだろうけどね。


 「ちなみに葵君はそんなモテモテの私に興味を示さなかった、というかノートにしか興味を示さなかった変人の枠ね」


 「そりゃ単位がかかってたらそうなるよ、なんだっけ。 高嶺の花より手ごろなぶs、人間を……みたいなことわざあったよね? それと一緒よ。美人よりもまずは目先の単位よ」


 もう人生すべてがかかってるといっても過言じゃないからね。


 「絶対ぶすって言おうとして言い直したでしょ葵君。 女性の敵だ敵!というか葵君が言いたいのって【高嶺の花を羨むより足元の豆を広え】ってやつじゃない? 意味はあってるけど葵君のはたとえが最悪。でも真理でもあるよね」


 認めちゃったよ。


 「……だから単位がかかってりゃそうなるよ誰だって。普通の精神状態だったらおっふってなってた」


 「ベランダから話しかけてきても?」


 想像してみる、うーん。


 「そもそも俺ベランダ出ない」


 「じゃあそ話す機会もないじゃん!」


 小声で突っ込むという高等技術を見せる一ノ瀬さん。


 「ということは俺と一ノ瀬さんの出会いは奇跡ってこと、いやそもそも人間の出会いそのものが奇跡、か」


 「何一人で浸ってるの? 時々葵君ってそう言うクサい事言うよね、ロマンチストというか童貞くさいというかなんというか。私が本物の彼女だったら別れを考えるレベル」


 「そんなにひどい?!」


 めっちゃいい事言ったつもりだったんだけどな?!


 「ひどいね、1か月放置した排水溝くらいひどい」


 「そりゃひどすぎるよ」


 普通のごみよりもきついじゃん、周りにも迷惑かけるタイプのゴミじゃん。


 「それで排水溝君はどうするつもりなのー?外の人を、というか外の人誰?あ、分かった」


 「その話の前に排水溝君やめよっか、泣くよ?」


 「ごめんごめん、冗談だって」


 俺ドMじゃないから泣くぞ?

 そりゃご褒美だっていう人も大学にはいるかもだけど、俺一般男性ぞ?

 

 とんとん、と笑顔でいってくる。

 というか小声で話さなきゃいけない為、一ノ瀬さんとの距離が近い。なんかすごくいい匂いして無駄にドキドキしちゃう。中身やにカスなのに!


 ……まぁ許そう、特に理由はないけど幸せな気持ちになった。


 「話し戻すと、ちなみに外にいるのは誰だと思ったの?」


 「噂の巨乳幼馴染!」


 あー空ね。

 確かに家とかに来るしなぁ。……でも生憎と今は実家帰ってるから空じゃないんだよな。それと空はこんなにそ非常識ではなく暴君でもない。


 「ちゃいまーす、あとおっぱいの大きさは一ノ瀬さんの方が大きい気がする!」


 「やだーセクハラ~、でも女子は着やせってものが……えみたの生で?」


 「みてないよ!」

 

 「ほんとかなー?」


 「ほんとですぅ」


 一緒に寝はしたらしいけど。

 覚えてないけど。


 「というかほんとにいいの?でなくて」


 「一旦大乗――しっ」


 「――また?!」


 耳を澄ませると、がちゃりとドアノブが回る音。


 「なんだぁやっぱ空いてるじゃーん、おーい居留守すんなぁ?」


 ――あいつ鍵開けてきたぁぁ!!


 一ノ瀬さんはめっちゃワクワクしてらっしゃる。


 そうだよねあんたならそうするよね。

 でも大丈夫、こんな時のためにさっきちゃんと仕掛けをしておいた。



 「ってチェーン閉まってて入れないんですけど~……寒いしおなか減ったな~」


 もう早く開けろとばかりの声を出す。

 だけどチェーン締めてる以上、家の中にいるのは確定。

 居留守はもう出来ない。


 となると次に奴がやるのは……。

 まぁメッセージだよね?

 案の定連絡がめっちゃ来てる。

 だから俺はスマホを取り出し、一言。


 ao:【腹が爆発中当面出れず戦いのう、あと30分はみり】


 ほい送信っと。

 緊迫感出るようにあえて誤字っておいた。

 

 fu:【……じゃいつものファミレスで時間つぶしてるから。死闘(笑)終わったらご飯食べよー】


 死闘した後にまた飯食わせようとするのマジ?!


 「全くあいつは本当バカだな¥わ、どうせ賞味期限切れの物いつも通り食べたんだろうなぁ、馬鹿だし、脳みそミジンコだし」


 死ぬほど罵倒しながらも律義に鍵を閉めなおしてくれる。

 その後ヒールのカツカツ音が遠ざかっていく。


 「ふぅ……」


 やり切った。なんとか乗り切ったな、うん。

 コーヒーでも飲もうかな。

 

 「……で、結局誰!浮気相手なの?!」


 今までのうずうずを開放したかのように大きな声で聴いてくる。


 「あー、なんていうか」


 「焦らし、また焦らし? もう私SNSでめっちゃ焦らされるぅぴえんみたいに書こうかな」


 「やめよ?におわせやめよ?というか偽彼氏だと発覚した瞬間に、俺袋叩きにされそうだからやめよ?」


 「じゃあ教えて!」


 そんなおもしろいものでもないけどなぁ。


 「姉だよ姉、単位落として実家強制帰宅の姉」


 「あ、姉?」


 「そ、リアル姉」


 きょとんとした一ノ瀬さん。


 「幼馴染は?」


 「実家」


 この前はいたけどさ。


 「え、じゃあ浮気相手は?元カノは?」


 「そんなのいませーん」


 「なっ……」


 しなしな、と崩れ落ちていく。


 「初修羅場かと思ったのに!」 


 そんなの人生で一回も経験したくないんだけど!


 「こうなったら起こしてやる!韓国ドラマみたいなドロドロ」


 「やめて!」


 俺の胃が持たない。


 そんなわけで姉が来た。


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