第9話 ちょっときて

 ギャル改め、一ノ瀬さんはそのまま「じゃあねー」とか言ってそそくさと隣の自分の部屋に帰っていった。


 「……あれ? 待てよ?」


 もしかして今日のポトフって…………この載せてしまった写真のお詫びも兼ねてるんじゃね?

 相手が分からないうちに食べさせちゃえば怒るに怒れないだろう、みたいな。そういうやつじゃね?


 


 「はっ?! はめられたっ!!」


 ポトフをうまいうまいと無心で食べた自分の浅はかさに俺は思わず頭を抱える。

 ……これで俺は一ノ瀬さんの偽彼氏に正式になり、ついでに大学のマドンナ教徒のやつらに嫉妬されてしまう。



 「いや待て待て、でもあの写真そもそも俺の顔は映ってなかったんじゃないか?」



 改めて空から来たメッセージを見てみる。

 そこに写っている写真には、ジャージ姿の俺にからみつく一ノ瀬さんの写真。ただ個人を特定するような情報は何一つない。

 唯一あるのはTシャツに、【猫様の奴隷】なんて書いてある特徴的なTシャツを着てることくらいだけど大学にも来ていくわけじゃないから問題ない。

 空の前では良く着てたりしたから、空にはばれたんだろうなーこれ。


 とはいえ人類は皆猫の奴隷であるのは周知の事実だから別にこのTシャツも特段おかしなことが書いてあるわけじゃないんだけどね? あ、異論は聞かないよ。


 「よっし顔は映ってない、 服も特徴的だけど、ジャージでしか着ないし、実際落ち着いてみれば個人情報うつってるものあんまりないな。…………はーあっぶな」


 その辺はどうやらちゃんと配慮してくれたらしい、というかよくよく考えれば写真撮る時はいチーズとか言われてた気もするぞ?

 …………酔ってたからうる覚えだけど。


 「……でもあれだな。うん。悪い気はしない……かも」


 ストーリーにも本音かどうかはあれとして、【ストレス発散☻】て書いてあるし。

 一ノ瀬さんと話したことはそこまであんまないけど、偽彼氏ってのを少しポジティブに考えて見てもいいかもしれない。


 「……とりあえずゆっくりしよ──」



 ──Prrrrrrr


 

 あ、電話だ。


 今日この後は何のホラーでも見ようかなぁ。やっぱSAW?

 そんな風に相手も確認せずとりあえず電話に出て、すぐに後悔した。


 

 【無視はひどいんじゃなーい??】

 

 あ。

 電話主の声を聴いてから思い出した。

 ……普通に空から来たメッセージに返信するの忘れてた、かも。Tシャツ問題について自己完結して満足してなた。


 【あー……すまん返信忘れてた】


 【それと、何なら昨日から私は放っておかれてるわけだけど?】


 それもあ。

 完全に忘れてましたねはい。


 【それもついでにすみませんでした】


 これは俺が悪い。


 【…………で?】


 空とは幼馴染を長くやってきた。

 つまり何が言いたいかは分かる。


 【……ビッグboyで許してもらうことは?】


 【普通さぁ……謝罪ってなったら、もっとおしゃんなイタリアンとかじゃない?】


 【空とそんな店いったことないじゃん。普段はラーメンしか食べてない偏食だし。空をそんなお洒落なところに連れて行っても性に合わなくて気を使うかなっていう俺の配慮だよ?ご飯もおかわりできないしさ?】


 【……あんたさぁ私を近所のがき大将か何かかと勘違いしてるのかな? かな?】


 【うん】


 【……は?】


 がちめの低音ボイスきた。ちょっと煽り過ぎたかもしれない。


 【夜遅くまで私というものがありながら放置した男の台詞とは思えませんね~。 私は健気に幼馴染の男を待っていたというのに。事故にあっちゃったのかな? エナドリの飲みすぎかな? 野良猫にほいほいついていって川に落ちちゃったかな?とか考えたんだからね】


 【……うんそれは本当にごめん。だけど一つ言いたい。 俺の事あほか何かだと思ってない?】


 【うん。糞バカあほんたんだと思ってる。……まぁ流石にちょっと冗談だけど、連絡くらいはしなさい。社会人でしょ?】


 ちょっとっていったぞ。

 ちょっとって。それほとんどあほだと思ってるじゃん。

 

 【それは本当にごめん。後、俺はまだ社会の奴隷ではまだない】


 たとえ将来なるとしても俺はまだ、人生最後の夏休みを謳歌するんだ!!


 【私じゃなかったら許してないよ?全くもう! それにそういう風に現実逃避してるようにみせてちゃんと将来行きたい業界とか調べてるくせに。なんでテストは調べないんだか】


 空の言葉が正論パンチ過ぎていたい。


 【んぐっ……】


 【まぁいいや、それよりも今おしゃんなイタリアン食べたいから来てよ】


 つまりこの電話の本当の意味は呼び出しってことか。

 

 【え、つまりどこ?】


 【え?そんなの自分で考えるのが当然でしょ?】


 ブラック企業の上司みたいなこというじゃん。

 俺が何か言う前に空は続けて、

 

 【じゃ待ってるから、30分以内でよろ♪】


 【…………もしつかなかったら?】


 【頼む量増えちゃうかも??♪】



 ピロン。


 

 電話が切れる。


 【やっぱガキ大将じゃん!】


 じゃなくて!

 まっずい。食べる量h増えるのはシャレにならん。


 慌てて家を出る。

 俺と空はなんだかんだ近くに住んでおり、距離としては駅1駅ほど。

 空の言うおしゃんな店なんて駅付近にしかないだろうからひとまず駅に向かう。   


 それでちょうど10分ほど。

 ただ夕方ということもあり、少し電車が遅れ気味で、最寄り駅に着くのに少し時間がかかった。


 残り15分。


 電車に乗って改札まで行くのに2-3分くらいと考えたら後10分ちょい。

 おしゃんなイタリアン、かぁ。

 食の好みが似てて味濃いもの好きな空が、そこまで多くの店を知っているとはどうしても思えない。


 ってことは候補は2個くらいしかない。

 この辺でイタリアンっていうならあそこだろう。

 みんな高校生の時にはよく行っていた安価でイタリア気分を味わえるサイゼ様。


 「いらっしゃいませー」


 入店したと同時に、店員さんが笑顔で迎え入れてくる。

 ここはどこも変わらないよね。


 「あの、待ち合わせで来たんですけど」


 こういえば普通は、「あぁ、お待ちのお客様ですね」って案内してくれる。

 …………いれば、だけど。


 「…………あ~、ちょ、ちょっとお待ちいただいても」 


 あ、これは……。

 

 この店員さんを待って一人でいる時間がめちゃくちゃ気まずい。店内は空いてるからはたから見たら何してるのあの人状態だ。

 2分ほど待ってもう一度さっき店員のお姉さんが来て。


 「す、すいません。今のところお待ちのお客様はいらっしゃらないみたいですが……」


 申し訳なさそうに伏し目がちに伝えられる。



 うわきまずぅぅぅぅうっ!



 その時、ちょうど救いとばかりに俺のスマホが鳴った。


 

 sky:あと5分(・∀・)ニヤニヤ


 

 「はい?」


 殺意沸いた。


 「え?」


 美人の店員さんが引いた眼でこっちを見ている。

 やばいタイミングが悪すぎる、これじゃお姉さんに威圧したみたいになっちゃう!


 「あっ、すみません。ちょっとお店勘違いしてたみたいです、わざわざありがとうございました!!」


 頭を下げダッシュで店をでる。

 うわはっずぅっ!!


 「あ、ありがとうございましたぁ」


 はいもう少なくともあと1か月、今日の出来事をあの店員さんが忘れるまではここのお店使えない。

 顔が赤くなってるのがわかる、顔から火が出そう。


 もう1度、急いで駅の方に小走りで戻る。


 「まじであの女絶対処す」


 これで俺が思った店にいたらもうマジで許さん。

 最悪ここの店意外にいるなら、いい。俺の知らないイタリアンを教えてくれてありがとうくらいいってやる。

 なんならステーキでもなんでもおごってやろう。


 そうなったらしょうがない。俺がおしゃんな店を知らないからな。

 でもここにいたら……はは。


 駅に隣接したオレンジ色の高級店へ。

 そうみんなおなじみ……ロイホ。


 「あの、待ち合わせで来たんですけど」


 さっきとまったく同じ台詞。ただ今回は店員さんの反応がさっきと違った。


 「承知しております、お席へご案内いたします」


 そう言って、すぐ案内してくれる。

 よかった、同じことを2回せずに済んだ。

 もう一回同じこと店員さんに言われたら、俺もうこの駅もう使えなかった。


 店員さんに連れられ、窓際のテーブル席へ。

 そこにはショートボブでインナーカラーに青を入れた幼馴染の姿。


 「やっほ、駅をさっき走り回ってたねぇ」


 にやにやと悪戯めいた笑みを浮かべる空。

 どうやら俺が汗だくで走っていた様子を飲み物片手に眺めてたらしい。

 

 「あ、あと2分遅刻だよ? 色んな借りもあるしちゃんとおごってね?」


 「おごるのはいい、いいけどさ。一つ言わせてもらっていいか?」


 ぴきるのを抑えながら、ゆっくりと話す。


 「どうぞ? あ、座りなよ、根掘り葉掘りきかせてもらうからね」


 「…………お前おしゃんなイタリアンにいるんじゃなかったのか?」


 空の言うことも無視して俺は再度質問する。

 それに対してこてん、と何を言われているのかわからないとばかりに、首をかしげる空。


 「今俺らがいるのは?」


 「ロイホ……だよ? おしゃんなイタリアンだよ? え? 本当に頭うった?」

 

 何を言っているのか分かってないなこいつ。


 「あの、さ」


 「うん」


 「ロイホはおしゃんなイタリアンじゃなくてフレンチなんだよ!!!」


 ……

 沈黙。


 そして一言。

 

 「……え、まじ?」


 返ってきたのは幼馴染のあほ面だった。


 どうやらマジで知らなかったらしい。


 これルール違反じゃね?払うけどさぁ!!


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 お疲れ様です!

 お読みいただきありがとうございます!もし良ければ、下の☆ボタンで評価していただけたら幸いです。

 忘れちゃってる方もいるかもしれないので一応。


 あと沢山のフォローと応援ありがとうございます。


 まぁ基本この話は頭空っぽにして会話とか楽しんで貰えたら何よりです。なにかわかりづらいところとかあったらお気軽にコメントしてください。

 

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