第23話 姉のやけ酒

「葵彼女できたんだって、どういうことよ空ちゃんを捨てたのか!この二股男!」


 いきなり俺に矛先が向いてきた。


 「いや二股もなにも俺空とは付き合ってないし」


 「そりゃ付き合ってないけど、いろいろとあんなことやこんなことを空ちゃんにしたでしょ!」


 「人聞き悪いこと言うな!特に何もしてないわ!」


 普通に幼馴染として過ごしただけ。


 「何を言ってるの、いろいろさらけ出してきたじゃない、一緒に寝たり、お風呂入ったり、それにあんたの性癖もきちんと理解してくれているじゃない!」


 なんて話をいきなりするのか。

 隣のご婦人が目をぎょっとしたぞ。


 「お風呂入ったりしたのは幼少期のころじゃねーか!さすがに思春期にはしてないし、それにそういえば思い出したけど風香お前俺の部屋に知らない間に入って物色したでしょ」


 「今更気づいたのかよおっそい、どうせ空ちゃんに教えてもらったんだろうけど…………」


 「…………まぁそれはそうだけど…………」


俺は全く気づいてなかった。


 「でもいいじゃんどうせ空ちゃんにいろいろやってもらうんでしょ」


 「やってもらわねーよ幼馴染を一体何だと思ってるんだ!」


 「え、恋人になるでしょ?」


 なにを当然とばかりに、言ってるんだ。


 「それは人によるんじゃない、風香とは違うし」


 「…………その話をするんじゃない」


 「幼馴染の話をするからだろ!」


 「…………はぁ私の話はまぁいいのよ」


 「未練たらたらのくせして」


 「うっせーあほ!」


 あ、ちょっと涙目になってきた。


 「もう早く元に戻れよ」


 「うるさいなぁ!」


 これ以上触れるなってことか。


 「…………それよりお前こそなんで大学のマドンナと付き合うことになってるんだよ!」


 やけくそ気味に来たな。


 「そ、それはまぁいろいろなご縁がありまして…………すごい助けられました」


 「お見合いみたいなこと言うな!え、お見合い?それともマッチングアプリ、とか?」


 あー、彼女ほしいならそういう手段もあったのかぁ。


 「…………ま、まぁそんなとこ?」


 「なによその間は。絶対違うじゃん」


 いやー、だってねぇ?

 出会いがそもそも家のベランダで優雅にコーヒーを飲んで、考えにふけっていたら、隣から顔を出してテスト問題の相談に乗ってもらって、なんやかんや大学のマドンナで、気づいたら居酒屋に連れていかれて、記憶飛ばすほど飲んで、気づいたら童貞失ったかもしれなくて、そして偽装彼氏になっていた、と。


 うん、説明できないな。

 なんなら隣の部屋ってこともばれたら何を言われるかわからない。

 しかも彼氏に振られた直後の人に言うのは。

 絶対恨み言を言われる、嫉妬で。

 うん、間違いない。そのまま泣き言をいうまで付き合わされそう。

 

 でもこういう時にすごい便利な言葉を俺は知ってるんだ。

 どんな時でもこれを言っとけば何とかなるし、相手も察してくれるらしい言葉。


 結婚適齢期の女性まで使う言葉(俺調べ)

 そしてこれを言えば、たいていの人は「あッ、察し」みたいな感じになるらしい。

 必殺の


 「まぁ友達の紹介的な?」


 ドヤっと言ってやった。


 「あんた紹介してもらえるような友達いたっけ?」


 「ぐふっ」


 えっぐいカウンターきた。

 全然必殺じゃないじゃん。


 「ふ、普通にいるわ!」


 「いやまぁ友達はいるだろうけど、じゃなくてマドンナと友達の、ってこと。彼女噂では全然連絡先とか交換しないし、友達も女性しかいないって話よ。そんな人の友達ってどんな人よ、っていうねぇ?」


 …………まぁここはしょうがない。


 「人生は摩訶不思議、だよね?」


 「はぁまぁいいけど、大丈夫?だまされたりしてない?」


 風香が心配そうに俺の顔を見つめている。


 「大丈夫だよ」


 「ほんと?お金とか騙されたりしていない?壺とか買わされたりしていない?」


 めっちゃ不安がるじゃん。


 「大丈夫だよ健全な…………」


 健全か?

 おれあの人との思い出のほとんど、お酒飲んでることしかないんだけど?

 …………いやそういえばデートとかもしたか。


 あとは、料理。

 もう圧倒的料理か。


 うんそれだけでも偽装で付き合った甲斐があったというもの。


 「健康なお付き合いをしているよ!」


 あの鍋は本当においしかった。


 「その間は何!というか今健康って言わなかった?健全じゃなくて?え、どういうこと?何も買わされてないの?」


 「何も買わされてないよ、なんなら割り勘もしてる!」


 「二人で壺を買わされたってこと?!」 


 「いや壺じゃないわ!壺からいったん離れてくれ!普通にスーパーの買い物とか、ご飯とかの話だわ!」


 どんだけ壺にこだわってんねん!

 というか風香が、わなわなと震えてる。


 えっこわ。

 端正な顔立ちが目を見開いてて、控えめに言って鬼のような形相になっているんですけど。


 「え、何その顔怖い」 


 「…………姉に向かって怖いってなによ。まぁそんなことはいいんだけど、え、手料理食べたの?マドンナの」


 手料理?

 

 「そんなのま…………ぁまぁ食べてるよ」


 あっぶな、今毎日って言おうとした。

 部屋隣なの隠してるのにほぼ毎日なんて言ったらばれるよな。


 「今毎日って言おうとしなかった?」


 「いーやしてません?まぁまぁ、って言おうとしましたよ?」


 「ほんとかしら、というかそのどや顔やめては腹立つわ…………はぁ」


 そして風香はまた机に顔を突っ伏した。


 「というか美人で料理を作れるってどういうことよ、私なんて料理できないから食べさせたりできないのに…………わかる?!彼氏に彼女の手料理食べたいなぁって言われて、トライして失敗して、不承不承コンビニのお母さん食堂で出したら絶賛された時の気分!で、たまにうまくいったって思って出しても微妙な反応されて…………ぐすっ」


 うーわ変なスイッチ入ったわ。

 彼氏のトラウマ出たわ。


 「そんな私に比べて?なんか弟は幸せそうに彼女といちゃいちゃラブラブしやがって…………!!」


 今の話にいちゃいちゃラブラブの要素なかったんですけど?

 勝手に被害妄想してません?


 「もう知らない!飲む!」


 なんか見た光景だわこれ。



 その日死ぬほど飲んだ風香と、それに付き合わされた俺は朝まで飲む羽目になった。

 おかしい、始まったの昼すぎなのに。




 「あぁ頭いってぇ」


 窓の隙間から入ってくる陽光が眩しい。

 俺のベッドでは風香が寝ている。



 スマホがなんかめっちゃ光っている。

 にしても頭痛い。


 ピンポーン。


 「…………あーい」

 


 寝起きのボケボケの頭で玄関に出る。



 「やっほ」



 目の前には一ノ瀬さん


 「ひどい顔だねぇ」


 「寝起きっす」

 

 「あーごめん起こしちゃった?」


 「いや起きた瞬間でしたねぇ」


 「ならよかっった、そn――」


 「――あおいー誰か来てんのー?」


 なんか風香が後ろから出てきた。

 眠そうに眼をこすりながら。

 というかその出で立ちがやばい。

 俺のパーカーを着て、足元はホットパンツ。


 つまりなんというか見栄えが悪いよね。


 「あー、一ノ瀬さん彼女は――」


 「――修羅場来ちゃ!」


 だから喜ぶなって。

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