第31話 ミニドッグラン オープン

ある日、金森のお爺さんから電話が有り、金森家ミニドッグランを

オープンさせるから、遊びに来て欲しいと連絡が有った。


さっそく、サリーと一緒に散歩がてらに金森さんの家まで歩いて行く。

遠目にも何か景色がかなり変わったのがわかった。


—— え? フェンス? いつの間に—— 

驚いたことに敷地の周囲の柵が、ぐるり一周すべて背の高いフェンスに

なっている。


「ちょっと見ていない間に、こんなフェンス造ったんだね」

<<誰かもう走ってる。あ、ラブとピースだ>>


「え? Love and peace? すごい名前の犬だね」


<<姉妹の二頭で、ラブがお姉さん、ピースが妹なの。

           同じ1番地の市島さんの家の犬よ>>


金森家の前の道路を、フェンスに沿って歩いていると、そのラブちゃんと

ピースちゃんが、サリーに気が付いて走り寄って来た。

大きなコリーだ。


黒、白、茶色のトリコロールカラーで、首から胸にかけての白い毛が

ふっさふさの感じだ。両耳がピンと立ってスマートな顔立ちが綺麗な

二頭は跳ねるように走っている。


<<サリー。お久しぶり>>

<<あ、サリーそちらはケンジさん?>>


<<ラブ、ピースこんにちわ。そう、この人がケンジ>>

「こんにちわ。えーとどっちがラブちゃん?」


<<ラブです>>

「ラブちゃんよろしくね。ということは君がピースちゃんだね

 よろしくね」


<<よろしく。噂のケンちゃんに会えてよかった>>


健司は二頭のコリーに、フェンス越しに手の匂いを嗅いでもらい、

自分の匂いを自己紹介した。


「えーっと、入り口はどこかな?」

<<向こう側。お隣のお爺さんが住むことになった家に近いところよ>>

ラブちゃんが教えてくれる。


ミニドックランは、思っていたよりも立派で広かった。

お爺さんが畑を作っていた所まで、整地して芝生を植えてあるので、

以前の広い庭が、さらに倍ぐらいの広さになっている。


もともと家が建っていた所に、パラソル付きのテーブルが2セット置いて

有り、その一つに金森のお爺さんと、市原さんのお爺さんがコーヒーカップ

を持って座っていて、健司に向かって手を振り、入り口のほうを指さした。


パラソルテーブルの手前には、大きなイングリッシュ・マスティフのボス君

が伏せて休憩しているのが見えた。


入り口はラブ&ピースが教えてくれた通り、金森さんの息子さんの家の

敷地に近い場所にあった。フェンスの一部に扉がついている。


金森のお爺さんが走ってきてくれて、扉を開けてくれた。

「こんにちわ。立派なドッグランになりましたねぇ。驚きました」


「ああ、犬泥棒の話が合っただろ、だから急遽フェンスを高くして

 この入り口には、暗証番号式の鍵もつけたんだ」


「すごいですね。あっという間に全周囲に高いフェンスついてて

 驚きました」

—— さすが、お金持ちは、やることが違う ——


「私も歳で、もう畑を作るのも疲れたし、あとは犬達とゆっくり過ごせる

 ようにと思ってね。それにボスを霞台ドッグパークに連れて行くのも、

 往復時間がかかるんで、だいぶ、おっくうになって来たから」

 

ボスが健司とサリーに挨拶するために近くに歩いて来ていた。

「あ、ボスこんにちわ。すごいドッグランができたね」


「ヴォン」<<ああ、走り過ぎて、もう疲れたけどな>>


<<ケンジ。リード。リード。>>

サリーが走りたくて、リードを外せと催促をしている。


「サリー。ごめんごめんリード外すね」

健司が首輪からリードをはずすと、サリーは喜んで走って二頭のコリーの

所へ向かい、ボスもそれを追いかけて行った。


健司は市島さんに会釈をしながら、パラソルテーブルのほうへ行こうと

すると、金森さんのお爺さんが言う。


「健司君はコーヒー飲むかい? 持って来るよ」

「あ、すみません。コーヒー中毒って言われるぐらい好きなんです」


「じゃぁ、パラソルの所で待ってて」

お爺さんは隣家の側のフェンスの扉を開いて、隣家に入って行った。


「市島さん。こんにちわ」

「ああ、槇村さん。久しぶり。犬泥棒の新聞見たよ。車で追いかけたのは

 健司君なんだって? よく泥棒の家まで追跡できたね」


「いや、僕はただ森田さんの家の柴犬のサム君を追いかけてたような

 もんで、サムを見失ってからは、サリーがサムの匂いを嗅ぎ分けて

 道を教えてくれたから…」


「ああ、立花さんのとこのゴールデンレトリバーね。

 あの子、とっても賢いもんねぇ。うちのあいつらは、オテンバ過ぎて

 悪さばかりするよ。サリーちゃんの爪の垢でも飲ませたいよ」


市島さんは、ドッグランで走り回るコリー二頭を目を細めてみていた。


「でもコリーって、優雅な感じのするワンちゃんですよね」


「ああ、よく言われるけど、うちのラフコリーは結構ガサツな所もあるよ」

市島さんは笑っている。


「え? ラフコリー? コリーとはどう違うんです?」


「米国ではコリーがラフコリーを指すけどね、他の国では、『コリー』は、

 ボーダーコリーや、シェトランドシープドックまで含めた9種類ぐらいの

 犬の総称のように使う場合も有って、ラフコリーというほうが、

 正確らしいよ」


「そうだったんですか。知らなかったなぁ」


「槇村さんは、立花さんとこのサリーを預かったり、怪我したボス君を病院

 に連れていったりと、ずいぶん大型犬と相性がよさそうだね。

 君も犬を飼ってたことがあるのかい?」


「いえ、全然飼ったことなかったんで、何もかもわからず。困ってますよ。

 時々サリーのほうに教えてもらってます」


「あっはっは。そうかい。でもボスなんて、すぐには人に懐かない子

 だと思ってたけど、槇村さん、よく病院につれて行けたね」


「がけが崩れて家が土砂で埋まってた時に、金森のお爺さんを助けようと

 して、林田さんや森田さんと、ここに来てたから、ボスにも信頼され

 たんだと思いますよ。それに一緒にお風呂に入ったし」


「え? 何だって? あの超巨大なイングリッシュマスティフと一緒に

 お風呂に入ったの? すごいね」


そこに、金森のお爺さんが、コーヒーポットとカップなどをお盆にのせて

持ってきてくれて、コーヒーを注ぎながら話に加わった。


「うちのボスは、あの災害の後は、かなり大人しくなってね。

 ここの住宅地の人たちにも、あんまり吠えなくなっったんだ。

 林田さんや、健司君に助けてもらったのを恩に来てるんだと思うよ」


「ボス君の犬小屋にも岩が激突してバラバラになってましたからね。

 彼もずいぶん怖い思いをしたんだと思います。

 太い杭を引き抜いて、うちの方まで逃げて来てたぐらいですから」


「それでも、金森さんを助けるために、ボスは崩れかけてる家に

 飛び込んだんだろ? すごいよね。

 うちのラブとピースだったら、怯えてがけ崩れから逃げてるだけだな」


「ええ、ボスが金森さんを咥えて外まで引っ張り出して来たから、

 レスキュー隊の人もみんな驚いてましたよ。

 あ、コーヒーいただきます」


金森さんが、淹れてくれたコーヒーを口に近づけると、インスタントとは

まったく次元の違ういい香りだ。

「わ、すごくいい香り」


「今回のことでは、健司君や、住宅地の皆さんには本当にいろいろと

 助けられたよ。だから、このミニドッグランをみんなに使ってもらい

 たいんだ」


金森のお爺さんは、自分が留守の時でも自由に使っていいと言ってくれ、

ミニドッグランの入り口の、暗証番号式の鍵の番号を教えてくれた。


「4115」ですね。 健司はスマホにメモを残した。


メモしなくても覚えられるよ。「良いワンコ」だから。

と金森のお爺さんが笑う。

「4115だと、ヨイワン」だな。市島さんが突っ込んだ。


しばらくするうちに、金森のお爺さんとお友達の吉田さんのお爺さんが、

バーニーズ・マウンテンドッグのゴン君を連れてやってくる。


健司は、吉田さん達をお迎えするために、フェンスの入り口へ行き

扉を開けた。


吉田さんはミニドッグランを見渡しながら、ゴンのリードを外して

金森さん達に手を振りながら、パラソルテーブルへと向かった。


健司はゴンと話をしたかったので、吉田さんが少し離れてから言った。

「ゴン。この前の犬泥棒のときは、サムが犯人を追いかけられるように

 してくれて有難うね。おかげで犯人を捕まえられたよ」


<<ああ、別に大したことはやってない。サムの飼い主に水かけたら、

  たまたま上手く行っただけだ>>

ゴンはバーニーズ・マウンテンドッグ特有のくりくりした目で、

ニコニコして健司を見つめ、いたずらっぽくニヤッと笑った。


その後も、金森さんのドッグラン仲間が続々と遊びに来て、大型犬の

大集合となった。






次のエピソード>「第32話 恵さんと赤ちゃん」へ続く

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