小さい命たち
第26話 悪徳ブリーダー
霞台ドッグパークの帰りの車の中、健司は運転をしながら、潮風平の
ホームセンター『ビッグホーム』の近くで、さらわれた子犬たちの念話を
キャッチしたら、どうすれば良いのだろうと考え込んでいた。
—— 今回は、現行犯を追跡したとは言えないし、警察を呼ぶ根拠がない。
まさか犬達に聞いたとも言えないだろう。
子犬たちの居場所が見つかっても、その後どうすればいいのか ——
考え込んで無口な健司をいぶかしがって、幸子が聞いた。
「ケンちゃん、何かあったの? さっきから渋い顔してる」
「え、あ、いや、ビッグホームでウッドデッキに日除けをつけるために
何と何を見ればいいのかを考えてたんだ」
「もう、危ないから運転に集中してよ」
バックミラーでサリーがどうしているのかを、ちらっと見たが、
いつもなら、車の外の景色を見て嬉しそうにしているサリーは、
この時は後部座席を前に倒して広くしてある荷室で、伏せの姿勢で
目を閉じていた。
—— そりゃぁ、ドッグランではしゃぎすぎて、疲れてるよな ——
***
健司は先日、サリーが犬泥棒の犯人(新聞記事では下村聡というらしい)
の家で、見たのは小さなペットサークルだけだったと言ったことから、
推測すると、犯人の下村は盗んだ子犬を長く飼うことはせず、
ちょこちょこと悪徳ブリーダーに渡していたのではないかと推測していた。
となると、潮風平の下村の家から近いビッグホーム潮風平店の周辺に
住んでいるブリーダーというのは辻褄が合うと思った。
そんなことを考えているうちに、潮風平が近くなってきた。
—— まずは、悪徳ブリーダーの家を特定してから、
どうやって、子犬たちを助けるか考えよう ——
***
ビッグホームの駐車場に入る。
店に向かって左側は、ファミリーレストランだから悪徳ブリーダーの家が
有るとすると、右側の細い道路を挟んだ向こう側の数軒の家のどれかだ。
駐車場のそちら側には、庭石やブロックなどを売るエクステリアコーナー
が見えた。
—— あそこなら、家がかなり近い ——
車を降りようとする幸子に声をかけた。
「サっちゃん。僕はあそこのエクステリアコーナーで、庭用のレンガや
玉砂利を見たいから、先にお店に入ってて」
「分かった。じゃぁ私は洗濯ハンガーとか、いろいろ買うものが有るから、
先に行くね。サリーちゃんはどうするの?」
「えーっと。エクステリアコーナーは歩かせてもいいと思うんだ。
お店の中は、ペット用の大きなカートが有ったと思うから、
それに乗せられれば入れると思う」
「え? 抱っこして乗せるの? 大変よ」
「何か方法を考えるよ」
後部扉を開けると、サリーは真剣な顔をして降りて来た。
これから、子犬の捜索をして助けるんだという気持ちが、顔に現れている。
「サリー。まず、あのエクステリアコーナーでウロウロしてみよう」
<<分かった>>
ビッグホームに狭い道路を挟んで隣接する家は、4軒あり、そのうち
3軒はエクステリアコーナーの、レンガを置いてある所がとても近いので、
レンガを見る振りをしながら、サリーを連れて歩き回った。
特に、子犬の念話が聞こえるわけではない。
「ワォーン」サリーが一声、大きな声で吠えた。
<<だれか聞こえる?>>
何も聞こえない。
「ワォーン」
サリーの遠吠えに、他の買い物客たちの視線が集まった。
健司はサリーの頭を撫でる振りをして、他の客と目を合わさないように
顔を伏せた。
<<だれか、聞こえたら返事して。私、サリーって言うの。
おチビちゃん。いたらお返事して!>>
<<お外に誰かいるの?>>小さい雌のワンコの念話だ。
念話はなんとなく来る方向も感じるのだが、おそらく大きな通りから
2軒目のほうだ。
<<聞こえたのね。悪い奴にさらわれた子犬を探してるの。
私はサリー。あなたのお名前は?>>
<<え? 誰? 誰と話してる?>>別の子犬の念話も聞こえる。
<<お外の犬。わたしマリリンよ。助けて欲しいの。お家に帰りたい>>
健司は『マリリン』という名前に聞き覚えが有った。
ネットで調べているときに、今回の犬泥棒に連れ去られた子犬の犬種と
名前の一覧が出ていたのだ。確か、見つけたときの連絡先として、
飼い主の名前と電話番号も記載されていた記憶が有る。
健司は念話ができないので、大声で話しかけるわけにも行かない。
何か聞きたいことが有ったら、サリーに念話で聞いてもらうしかないだろう。
スマホで、その記事を懸命に探した。パソコンで探した時はすぐに
出てきたが、スマホの画面が小さいのでなかなか見つからない。
<<マリリンちゃん。あなたのホントのお家は何処なの>>>
<<わたしのおうちは、風見が丘7番地よ。おうちに帰りたいの>>
マリリンは、明らかに潮風平のこの家を自分の家では無いと言っている。
—— 犬泥棒に関する詳しい記事を見つけた ——
マリリンは、風見が丘7番地の今野さんという家の白いトイプードルで、
風見が丘のコンビニでさらわれたと書いてある。
「サリー。マリリンに飼い主は今野さんかどうかを聞いて」
サリーは頷いて聞いた。
<<マリーのおうちはコンノさんの家なの?>>
<<そう。サリーさん何で、わたしのおうち知ってるの?>>
—— 間違いない ——
「サリー。あと3頭ベッラちゃん。ポポちゃん。クッキーちゃんが
一緒にいるのかも聞いて」
<<マリリンちゃん。そこにベッラちゃん、ポポちゃん、
クッキーちゃんは一緒にいるの?>>
<<みんないる>>
<<マリリン。外の人と話してるの? 外のひと、私クッキーよ>>
「クッキーは村住さんのおうちの家だ。風見が丘3番地」
<<クッキーちゃんはムラズミさんのおうちの子よね>>
<<そう。村住玲子が私のママ>>
その後も、サリーは悪徳ブリーダーの家の中の情報を詳しく聞いた。
●犬はさらわれた子犬4頭のほかに、お腹の大きいメス3頭と、
子供を産んだばかりのお姉さん犬が2頭、その子供たちが全部で5頭
いる。つまり全部で14頭もいる。
●悪徳ブリーダーは、鮫島という名前の男で、独り住まい。
●ドッグフードと水は沢山くれるが、おやつも散歩もなしで、
全員が狭いケージに入れられている。
お姉さん犬たちは、もうかなり健康状態が悪そうだ。
●鮫島は、生まれた子犬たちの写真を撮り、パソコンで作業をしており
先日、子犬1頭をつれて何処かへ出かけ、子犬は戻ってこなかった。
●生まれたばかりの子犬5頭の犬種は良く分からないが、
2頭と、3頭が兄弟同士らしい。
サリーと同じように犬達は、『犬種名』についてはずいぶん無頓着
なので、子犬たちが表現する犬の『姿』から、類推するだけだが、
2頭のほうがトイプードルで、3頭がポメラニアンのようだ。
<<ケンジ。このあとどうするの? あの家に踏み込む?>>
「サリー。そんなことできないよ。
犬に聞いたという情報では、警察は呼べないし、さらわれた子犬たち
の写真でも取れれば、いいんだけど」
健司とサリーは、エクステリアコーナーを出て、狭い小道側の出入口から
ビッグホームの駐車場を出て、鮫島家の前を少しうろついた。
敷地の外から見えるような窓は、お風呂場かトイレの窓で、子犬たちの
いる部屋の窓は道路からは見えなかった。
「くっそー。ここまで突き止めたのに、証拠が無いと何もできない」
健司は何かの役に立つかもしれないと思い、鮫島家の様子を、スマホで
何枚か隠し撮りしておいた。
—— そうだ。警察は無理でも、あの毎朝新聞の女性記者なら、
不確かな情報にも食いつくかもしれない ——
健司は、サリーに頼んで、鮫島の家の中の子犬たちに、何とか助けるよう
考えるから、希望を持って数日間、待つように伝えてもらった。
「サリー。いい考えが有るんだ。今日は一度、家に帰って作戦を練ろう。
あの女性記者が動けるように、情報をあつめてから、記者に送ってみよう」
<<分かった>>
次のエピソード> 「第27話 おとり捜査」へ続く
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