第25話 霞台ドッグパーク

犬泥棒の事件が有った週の週末、

健司と幸子はサリーを連れて霞台ドッグパークに来ていた。


山村さんにいただいた回数券を出して入ろうとしたが、回数券は

犬1頭と飼い主1人分のものなので、人間が二人なら追加料金300円が

必要と言われた。


「知らなかったぁ。人と犬と両方にお金がかかるシステムなのねぇ」

幸子がちょっと渋い顔しながら300円を支払う。


サリーは受付に来た時から周囲にいる様々なワンちゃんたちに興味津々で、

キョロキョロして興奮気味だ。


芝のドッグランという広大な芝生の区画と、森のドッグランという小さい林

をまるごと犬の遊び場にしたようなドッグランの二つがあり、チケットを

見せれば2つのドッグランを何度も行き来できるシステムになっていた。


飼い主たちが休憩できる屋根付きの休憩所や、ドッグランの隅っこの

パラソル付きテーブルや飲み物の自動販売機も有った。


まずは芝のドッグランのほうに入る。

サリーのリードを外してあげると、サリーは喜んで走り出して行った。

あっと言う間にかなり遠くまで行って、他のわんちゃんたちが追いかけっこ

をしている近くまで行く。


他のわんちゃん達が、サリーと匂いを嗅ぎ合って一通り挨拶が終わると、

サリーも追いかけっこの輪に入っていた。


—— サリーは社交的だから、見ず知らずの犬とも

              すぐに仲良くなっちゃんうんだなぁ——


「サリーが楽しそうで良かったわね」

「ああ、本当に楽しそうだ。

 こんな広いドッグランが有るなんて、知らなかったなぁ」


健司と幸子は、自販機で飲み物を買い、芝のドッグランの入り口付近にある

パラソル付きの丸テーブルに座って、遠くで走り回っているサリーを

見つめていた。


「もうちょっと近いところに有れば、毎日来れるけど、車で30分、

 往復1時間かかると思うと、どうしても週末だけになっちゃうわね」


「そうなんだ。それで金森さんが、ミニドッグランを作りたいって

 思ったんだな」


「なーにそのミニドッグランって?

 あ、言って無かったっけ? あのがけ崩れで壊れちゃった金森さんの

 家の有った所ね。あそこの区画全体に芝生を植えて、桜見台の

 知り合いの犬達が無料で遊べるミニドッグランにするんだって」


「お爺さんはどうするの?」

「隣の息子さんの家を増築して、同居することにしたんだって。

 お爺さんの年齢を考えると、そのほうがいいだろうって、

 息子さんご夫婦が考えたらしい」


「そうなんだぁ。金森さんの家の区画にミニドッグランができたら、

 ボス君も嬉しいわね。毎日走れるし、ドッグラン仲間の犬達が散歩の

 途中で寄ってくれたら一緒に遊べるものね」


「たぶん凄い人気が出ちゃうよ。

 この前、芝生を植えに業者が来てたからその芝生の根っこが定着した

 ころに、サリーも招待するってお爺さんが言ってくれてたんだ」


「それ楽しみね。またあの大型犬が集まってすごいことになりそうだけど」


 ***


健司はスマホを出して、サリーの生き生きした様子の写真を撮ったり

動画を撮影したりもした。梅子お婆さんに見せたら喜ぶだろう。


しばらくして、サリーがハァハァ息を切らしながら、健司と幸子のいる

パラソルテーブルの所まで走って来る。

<<気持ち良かったぁ>>


「まぁ、サリーちゃんニコニコしてほんとに楽しそうな顔してるわね」

幸子がバッグから、サリー用のお水の器を出して、持ってきたペットボトル

からお水を注いだ。


サリーはあっという間にお水を飲み切って、少しだけ伏せをして休憩して

いたが、ハァハァいう息が落ち着いてくると、再び走り出して行く。


幸子は日に焼けるのが嫌だからパラソルの下にいるというので、

健司は幸子を残して、近くで動画を撮るためにサリーを追いかけた。


「サリー待ってよ」


サリーは仲良しになった犬達の所に行ってから振り返り、健司が来るのを

見て尻尾を振っている。


<<ほらさっき話をしたケンジが来るよ。みんな挨拶して>>

サリーが他のわんちゃん達に、もう健司のことを紹介済のようだ。

白い柴犬、茶色の柴犬、秋田犬、なんとかスパニエル、そしてパグ、

なんとかテリア、健司の知らない犬種の子もいる。


白い柴犬が真っ先に駆け寄ってきた。<<こんにちわ>>

「ああこんにちわ。僕は健司です。お名前は?」


<<私こゆき。これ本当に聞こえるの?>>

「小雪ちゃん。聞こえるよ。なんで聞こえるのかは、良く分から

 ないけど。よろしくね」


健司は小雪に自分の匂いを嗅がせてから、なでなでしてあげる。

小雪が健司と話をしているのを見て、他のわん子達が一斉に健司の近く

へ寄ってきて、わさわさのもみくちゃ状態になった。


<<おれ。柴タロウ>><<俺どんべえ。ホントに聞こえるのか?>>

<<こんにちわ。ラッキーです>><<ケンジさんっていうの?>>

<<おやつ持ってる?>><<ビビちゃんもナデナデして>>

皆が一斉にしゃべりだし、流石に健司にも聞き取れない。


サリーが横で笑っていた。


健司は沢山の犬に囲まれながら、ひとつ良いことを思いついた。

「ねぇ。みんな犬泥棒の話って、聞いたこと有る?

 みんなの近くの友達の犬がさらわれちゃったっていう子いない?

 もしくは、さらわれちゃった、わんこ達の念話を聞いた子はいない?」


<<知らなーい>><<犬泥棒ってなに?>><<何の話?>>

—— だめか。収穫なしか ——


<<そう言えば、うちの近くで『助けて、助けて』っていう

  念話が聞こえたことが有る>>

白い柴犬の小雪ちゃんが言った。


「え? 小雪ちゃんの家は何処なの?」

<<うちは、潮風平の住宅地よ>>


—— 潮風平! 犯人の家の近くだ ——


「その『助けて、助けて』っていう念話、何処で聞いたのか詳しく

 わかる?」

<<あれは、近くのホームセンターに行った時よ>>


「えーと、潮風平のホームセンターって、『ビッグホーム』のこと?」

<<そう。そこの駐車場を歩いているときに聞こえた。

  たぶん、駐車場の隣の敷地の家の何処か>>


<<その念話は一人だった? それとも沢山?>>

サリーが追加で小雪ちゃんに質問した。


<<聞いたのは一人だけ>>


「小雪ちゃんありがとう。

 サリー。今日、帰り道に潮風平のビッグホームに寄ってみようか?」

<<それがいい>>


「そろそろ、僕はサっちゃんのとこに戻るけど、他のワンちゃんにも

 サリー聞いてみてくれる? それから、森のドッグランにも行って

 あっちでも情報収集しようか」

<<うん。そうする>>


「じゃぁ、みんなまたね~」

健司が立ち上がって、パラソルの所に戻ろうとしたが、まだ健司とお話を

したいワンコ達が群がって、ワサワサとまわりついていた。


健司がワサワサ状態から逃げ出して、走ってパラソルの所まで戻って

来ると、その様子を見ていた幸子が笑っていた。


「嫌ぁまいった。まいった。録画するどころじゃないね」


「ケンちゃんって、なぜかワンコ達に人気あるよね」


「僕って何か美味しい匂いでもするのかな」

—— 本当は念話が聞こえるからだけどね ——


「オタク臭? それともオヤジ臭かな?」

「まだ30歳台の夫に向かって、嫌なこと言わないでよ」


しばらくして、サリーも仲良しになった犬達に別れを告げて、パラソルの

所に戻って来たので、森のドッグランのほうに移動することにした。


 ***


森のドッグランでは、心地よい木陰のある林の中を、飼い主達も歩き回って

おり、わんちゃん達は、木の周りをぐるぐる回ったりしながら、

飼い主と一緒に歩いたりしている。


健司と幸子も林の中を散歩することにした。


サリーにそっと耳打ちする。

「いろんなワンちゃんに、潮風平のビッグホームに行ったことがあるか

 聞いてみてね」

<<ケンジ。わかってる『聞き込み』ってやつでしょ。

  テレビドラマで良くやってる。>>


—— なんだ『聞き込み』なんていう言葉まで知ってるのか ——

健司はサリーの頭を撫でた。


サリーは木々の間を縫って走って行く。

そして出会ったワンコと挨拶をしているのが見えた。


—— 『聞き込み』はあの名探偵犬に任せようか —— 


途中で、桜見台の梅本さんと島田さんの奥さんが、おしゃべりしながら

歩いてくるのと出会う。


セントバーナードのヨーゼフ君とサモエドのシロちゃんは、

少し離れたところで遊んでいたが、健司たちに気が付くと近づいて来て、

健司に撫でてもらおうと、すり寄って来た。


梅本さんや島田さんによると、セントバーナードのヨーゼフ君とサモエド

のシロちゃんは、寒い地方が得意な犬種なので、日陰の無い芝のドッグラン

よりも、森のドッグランのの適度な木漏れ日の中で遊べるほうが好きらしい。


—— そりゃぁそうだ。あのワンコ達には日本は暑すぎる ——


梅本さんと島田さんは、毎朝新聞のサムとサリーの記事を見たと言って、

犬泥棒追跡の話で盛り上がった。


幸子が梅本さん、島田さんにスーパーの監視カメラで見た映像の話を

しているときに、健司はそっと離れて、ヨーゼフとシロに話をする。


二頭も、潮風平のビッグホームに行ったことのある犬がいないかの

『聞き込み』に協力してくれると言ってくれた。


 ***


霞台ドッグパークからの帰り道、運転している健司に、

後部の荷台部分にいるサリーが『聞き込み』の情報を伝えた。


<<ビッグホームに行ったことのある複数の犬が、

  『助けて』と『お家に帰りたい』という念話を聞いたと

  言ってたわ。おそらく間違いない>>


助手席には幸子がいるので、健司はサリーに返事しにくかったが、

その代わりに、幸子に言った。


「サっちゃん。帰りに潮風平のビッグホームに寄りたいんだけど」

「え? いいわよ。何を買うの?」


「もう5月で、だんだん暑くなって来るだろ?

 ウッドデッキの一部にサリーのために日除けの屋根をつけて

 あげたいんだ。今日はまだ材料買わないけどね。その下見だけ」


「いいわよ。私もあそこで買いたいもの沢山あるし」


「サリー。ビッグホームっていうホームセンターに寄り道するからね」


「ウォン」






次のエピソード>「第26話 悪徳ブリーダー」へ続く


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