第24話 毎朝新聞の記事

新聞記者の女性が来た翌朝、目覚ましを止めて二度寝しようとしていた

健司を幸子が手で揺り動かして起こした。


「ケンちゃん。凄い記事になっちゃってるわよ」

「え?」


寝ぼけ眼の健司の前に、幸子は新聞を広げて突き付ける。

サムとサリーの写真が結構大きく載っているのが一目でわかった。

記事のタイトルは、『ワンちゃんたち大手柄! 犬泥棒逮捕!』だ。


トップ記事でこそないが、かなり大きい取り扱いになっている。


サムの写真は、首の所にいつもは付けていないバンダナを巻いて、

かなり、お澄ましした感じの凛々しいポーズを取って写っている。

カメラマンが写真を撮る時に、森田さんの奥さんが、喜んでバンダナを

巻いて、ポーズを取らせたのだろう。


—— しまった。サリーももう少し、写真撮る前に、

   おめかししてあげれば良かったかな ——


記事には、連続犬泥棒の犯人が、7件目の犬泥棒を働いたときに、

その盗まれたトイプードルと友達の桜見台住宅に住む犬達が、犯人の車を

追いかけて追跡し、犯人の家を突き止めた経緯がおおむね正しく書かれて

いた。


残り4頭の行方については、昨日健司が聞いた通り、犯人は黙秘していて

転売先などは分かっていないということが書いてあった。


少し事実と異なるのは、サムの飼い主とサリーの飼い主が、潮風平の住宅

街まで犬を追いかけ、そこで、警察に通報したとなっていたが、

森田さんはパトカーで現地に到着したのであり、警察に通報したのは

スーパーにいた幸子であり、犯人の家を発見してから連絡したのは健司だ。


まぁ、そんな『誰が通報したか』なんかは記事の主要なポイントではないの

で、あの女性記者もあいまいなまま書いたのだろう。


記事では、東浜スーパー桜見台店から潮風平の住宅までの地図も記載され

その何キロにも渡る距離を、柴犬のサムが激走して追跡したことや、

サムを見失ってしまった飼い主(実際には健司一人だが)を

ゴールデンレトリバーのサリーが、匂いを頼りにサムのいる所まで導いた

という賢い犬達の大手柄を、ものすごく褒めたたえていた。


—— 本当はもう一頭、協力犬がいたんだけどね ——


サムが大追跡を始められたのは、バーニーズ・マウンテンドッグのゴン君が

サムのリードを手摺につなごうとしている森田さんの奥さんの足にむかって、

お水がかかるように、お皿を勢いよく踏んだからだと、サムがサリーや

プリンに説明しているのを、風見が丘警察署で待たされているときに、

健司も一緒に聞いていた。


でも、ゴンがわざと水をかけたとは、森田さんが知っているはずもなく、

近くにいた健司でさえ、犯人を追跡するために、サリーのリードを

手摺からほどこうとしていたから、そのゴンの行動を見ていなかったので、

ゴン君のファインプレーはサムから聞くまで知らなかった。


—— そうだ。今度、ゴン君にもおやつを分けてあげないといけないよな。

   でも飼い主の吉田さんに、事情を説明するわけにもいかないか

   どうしよう ——


  ***


健司が毎朝新聞を持ってリビングに行くと、サリーがニコニコ顔で待って

いた。

<<新聞の写真、見た?見た?>>


幸子が健司を起こしに来る前に、サリーに新聞にサリーの写真が載って

いるのを先に見せたらしい。


<<記事を読んで。読んで>>

サリーが新聞を持ったままソファーに座った健司のそばにすり寄って来た。


サリーは簡単な短い標識の言葉などは、覚えているようだが、長い文章を

自分で読むことはできないので、健司に記事を読んでもらいたくて、

うずうずしていたようだ。


サリーが横から新聞を覗き込みながら、早く読んでくれと、健司の顔を

見上げる。大きな口から出した舌からよだれが垂れそうだ。


「サリー。よだれ。よだれ。新聞が濡れちゃうよ」

サリーは舌をペロペロしてから口を閉じた。


「ええっと。サリー読むよ。

 ここのタイトルは『ワンちゃんたち大手柄! 犬泥棒逮捕!』って

 書いてあるんだ」


サリーは喜びの目を健司に向けて、ニンマリした。

健司は続けて、記事をゆっくりと読み上げてあげた。


対面キッチンの向こう側で、幸子が朝ごはんの準備をしながら、

健司がサリーに新聞を読んであげているのを見て言った。


「ケンちゃん。子供に絵本を読み聞かせしてるみたいね。

 サリーちゃんもケンちゃんの言ってることが、分かって喜んでいる

 見たい。すごく賢いわよね」

 

—— うん。全部理解できてるんだよ ——


 ***


朝食が済んで少しすると、吉田恵さんからの電話が有った。

毎朝新聞の記事を見たと言って、とても喜んでいた。

恵さんの旦那さんも、飼っていたゴールデンレトリバーが、犯人逮捕に

協力したことを、随分褒めてくれたといっていた。


恵さんは、自分が梅子お婆さんにサプライズプレゼントとして、新聞を

持って行きたいけど、出産が近いので遠出を禁止されているのだと言う。

そして、健司が梅子お婆さんのお見舞いにいける時でいいから、

新聞を持って行ってあげて欲しいと頼まれた。


健司は、もちろんすぐに病院に行きますと伝えてOKした。


—— 一昨日にお見舞いしたばかりだが、

   こういう嬉しいニュースは『旬』が大事だもんな。

   サリーだって、早くお婆さんに伝えたいだろうし  ——


 ***


風見が丘総合病院に向かう途中、コンビニで毎朝新聞を2部買い足す。

1部は梅子お婆さん用。そしてもう1部は、槇村家の保管用だ。


家に届いた新聞は、サリーが何度も写真を見たがるので、

床に広げて置いてあげていたら、結局、サリーのよだれで何カ所も染みが

出来てしまっていたのだ。


—— 帰ったら家のプリンターでスキャニングして、

   デジタルデータでも保管しよう —— 


 ***


病院に着き、梅子お婆さんの病室に入ると、お婆さんは目を閉じて

休んでいたようだが、すぐに健司に気が付いて、電動リクライニング

ベッドを少し起こした。


「おはようございます。恵さんが、この毎朝新聞の記事をお婆さんに

 見せたいっていうので、また来ちゃいました」


お婆さんは、メガネを取り出して顔にかけて、新聞を健司から受け取ると

感嘆の声を上げた。


「まぁ! これサリーなの?」


お婆さんは絶句したまま、しばらく読んでいたが、途中からは嬉し涙を

ポロポロさせながら、「良くやったわね」と呟いていた。


「サリーちゃんが、お庭の木の所で待ってますよ」


お婆さんのベッドを、窓のほうに少し寄せて、窓を開ける。

サリーは病院の大きな庭の向こう側の木の下で、こちらを見上げていた。

「ウォン」


お婆さんが喜んでサリーに手を振る。


健司が大きな木の幹にリードをぐるっと回してつないでいるので、

サリーは、あまり動き回れなそうだが、木の下で喜んで少しジャンプする

ようなしぐさで、お婆さんに応えていた。


健司は、サリーにお婆さんの声を聞かせるために病室から降りて庭に出る。


スマホにお婆さんがガラケーで電話してきたので、電話をつないで

サリーの耳元に持っていってあげた。


お婆さんは、何度も何度も「良くやったわね」「偉かったわね」と

サリーのことを褒め、サリーは尻尾をブンブン振って応えていた。


その後、健司は庭からスマホでもう少し詳しい『サリーの武勇伝』を

お婆さんに伝えた。


サリーも健司が詳しい武勇伝を、お婆さんに伝えているのが、とても

嬉しいらしく、お婆さんが健司の話に感嘆するたびに、3階の窓に

向かってドヤ顔を見せていた。


 ***


病院からの帰り道。車の中で健司はサリーと話をしていた。

「残りの見つかっていない4頭は、可哀そうだな。

 犯人が早く自供して、見つかるといいんだけど」


<<4頭は私の知らない匂いだった>>

「え? サリー。その4頭の匂いを嗅いだの?」


<<犯人の家の中に、助けた3頭以外に4頭の匂いが有った。

  プリンも知らない匂いだって言ってたし、チチちゃんや、

  おむすびちゃんも、その4頭とは会っていないって>>


「じゃぁ、チチちゃんや、おむすびちゃんがさらわれる前に、

 その4頭はどこかに売られちゃったっていうことかな」


<<そんな悪い人から、犬を飼う人がいるの?>>


「うん。僕もそう思ってネットで調べたんだけどね。

 6頭目までの盗まれた犬が、みんな雌犬だったんだって。


 それに、今はペットショップで販売される犬達には、みんな

 マイクロチップっていうのを入れることになっててね、

 盗んでも、そのチップの情報を調べると元の飼い主さんが

 わかるんだって。


 だから個人客に売るんじゃなくて、悪徳ブリーダーに売るんじゃ

 無いかって、いう推測記事がでてたんだ」

 

 <<アクトクブリーダー?>>


「ブリーダーっていうのはね。ワンちゃん達を沢山育てて、その子供が

 産まれたら、ペットショップなんかに売るという商売をしている人。

 真面目に、大事にワンちゃんを育ててるブリーダーも沢山いるんだけど

 中には、悪い奴もいるみたい。

 たとえば、親犬が病気になるぐらい無理に子供を産ませて、子供が

 産めなくなったら捨てるような。それが悪徳ブリーダー」

 

<<そんなヒドイ! 許せない!>>


助手席に乗っていたサリーの毛が、逆立つほどサリーが怒っているのが

わかった。







次のエピソード> 「第25話 霞台ドッグパーク」へ続く

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