事件の余韻

第23話 新聞記者

犬泥棒と対決した翌日。

午前中は何やら沢山の人が、槇村家を訪ねてきた。


まずは、犬泥棒逮捕のニュースを新聞記事にしたいと言って、毎朝新聞の

女性記者とカメラマンが訪ねてきて、健司が朝寝坊して遅い時間に朝食を

とっていのが中断される。


女性記者は健司に名刺を渡しながら、すでに、7件目の被害者なった

お向かいの家の松本さんから話を聞いたと説明した。


松本さんの奥さんが、向かいの家の健司が車で犬泥棒の車を追跡して、

犯人の自宅を突き止めたという話を聞いたので、槇村家に訪ねてきたと

言われる。


健司は犬の念話が聞こえるとは言えないため、昨日、警察署の事情聴取の

時にでっちあげた説明を繰り返すしかなかった。


つまり、潮風平の住宅街までは、柴犬のサムや灰色のワゴン車が見えて

いたので追跡できたが、住宅街の入り口からは見失ってしまったので、

車を止めて、サリーにサム君の匂いを追わせたという話だ。


実際は、サリーのリードを外して、サリーからの念話を聞きながら車で

追跡したのだが、事情聴取された時は、そこは脚色するしかなかった。


女性記者は、ほぼすべての内容をすでに松本さんから聞いていたため、

自分のメモを確認しながら健司の話を聞くだけで、主な用件は、

その犯人逮捕に活躍したゴールデンレトリバーの写真を撮らせて欲しいと

いうことだと、途中でわかった。


「サリー。こっちおいで」


サリーはすでにウッドデッキの上で健司が記者たちと話をするのを、

じっと聞き耳をたてて聞いていたようで、説明する必要はなさそうだ。


嬉しそうに尻尾をブンブン振り回しながら、女性記者の所へ行き、

頭を撫でられて、褒められながら満足そうな顔をしている。

そう、時々見せるあの『ドヤ顔』だ。


犬達はみんな、人に褒められるのがとても好きなようだ。

そういう集団社会生活を本能にもっているのだろう。


カメラマンの要望で、健司の車の横で写真を撮りたいというので、

「サリー。僕は写真は遠慮するけど、君はどうする?」

と問いかけると、サリーは自分からニコニコしながら門を出て、駐車場の

健司の車の前に行ってお座りをし、カメラマンに最高の笑顔を見せた。


「まぁ。まるで槇村さんのお話が全部分かってるようですね。

 すごく賢いワンちゃんですね」

女性記者が驚く。


—— 記者が驚くのは無理もない。

   人の言葉を理解しても従いたくないため『馬鹿なふり』をしている

   犬が多いが、サリーは梅子お婆さんを世話するために、お婆さんの

   言うことを何でも理解し、言われる前に行動するような犬だ——


健司は女性記者に、サリーは他の方から預かっている犬なので、

サリーの写真を記事に載せていいかどうかは、本来の飼い主に確認を

させて欲しいと伝えた。


「え? 槇村さんが飼い主じゃないんですか?」


槇村家にサリーがいる経緯までは、松本さんの奥さんは記者たちには

話していなかったようだ。


女性記者は、本来の飼い主の許可をもらうまでは、写真を載せないから、

許可がもらえるかどうか聞いて欲しいと、健司に言って、OKならば

名刺の携帯電話番号のほうに電話を欲しいと告げた。


女性記者は最後に、警察の関係者から聞いたことを教えてくれた。


今回助けられた小型犬は3頭だけで、犬泥棒の被害はプリンちゃんを

入れて7件あったはずで、残りの4頭は犯人の家にはもういなかったが、

その4頭の行方については、犯人はまだ自供していないとの情報だった。


「それでお伺いしたいんですけど、犯人逮捕の時には、犯人は盗んだ犬を

 どうしたのか、何かヒントになるようなことは言いませんでしたか?」


「いえ、何もそれらしいことは…」

—— 何も言ってなかったよな? ——


その後、女性記者はこれから森田さんの家に行き、サムの話を聞くと言って

槇村家を後にした。


  ***


毎朝新聞の記者とカメラマンが、次の森田さんの家に取材に向かったあと、

すぐに健司は立花恵さんに電話をする。


恵さんには、まだ昨日のことも話できてなかったので、恵さんに昨日の

犯人大追跡でサリーが活躍したことから説明した。


恵さんは、新聞記事へのサリーの写真の掲載については、住所などの

個人情報が出ないならOKだし、新聞記事になったら、梅子お婆さんへの

サプライズプレゼントにもなるので、いいのではないかと言ってくれる。


健司は恵さんとの電話の後に、お婆さんのガラケーに電話するか、お見舞い

に行って直接話をするつもりだったが、恵さんの『サプライズプレゼント』

のアイデアはいいなと思った。


確かに病室で退屈しているはずのお婆さんに、サリーの写真が載った記事を

見せたら、大喜びするだろう。


恵さんとの電話を切ったあと、すぐに女性記者の携帯番号に電話をかけた。


 ***


途中中断していた遅い朝食を再開する。半分かじったバタートーストは

完全に冷え切っていたので、もう一度、トースターに入れて温めしたが、

今度は、焦げすぎてしまった。


焦げたトーストをかじりながら、冷えたコーヒーを飲む。

窓の外をぼぅっと見ていたが、赤い車が家の前に停車して、小型犬の

泣き声が聞こえる。


ウッドデッキのサリーが、尻尾を振りながら門に走るのが見えた。

呼び鈴が鳴る。


訪ねてきたのは、昨日、犬泥棒の家から救出したマルチーズのチチちゃん

と、飼い主の山村さんという奥さんだった。

チチちゃんを助けてくれたお礼に来たという。


すでに昨日、警察署で十分にお礼は言われていたのだが、

山村さんは手に菓子折りと、封筒を持っていて健司に手渡した。


封筒に関しては、『使いかけで大変失礼かもしれないのだけど、もしも

使えるなら使って欲しい』と言って、何やら回数券のようなものを出した。


霞台ドッグパークのドッグランの回数券だった。


山村さんは、チチちゃんを霞台ドッグパークのドッグランに連れて行き、

11回分の回数券を買ったのだが、チチちゃんが怖がりで、ドッグランに

行ってもほとんど、飼い主さんの足元からほとんど離れず、まったく

ドッグランの意味が無いので2回で諦めたのだという。


もしも、健司がサリーを連れて行くことが有るならば、残りの9回分を

使って欲しいと言われる。回数券の有効期限はまだ3か月残っていた。

1回500円だから、4500円分ぐらいあることになる。


健司は当然、霞台ドッグパークに行ったことが無いし、立花家には車が

無かったので、サリーも連れて行ってもらったことは無いと、以前に

聞いていた。


すぐ横で、チチちゃんと戯れているサリーに聞いてみる。

「サリー。山村さんが霞台ドッグパークの回数券をくれたんだけど、

 行きたいかな」


サリーは、満面の笑顔を健司と山村さんに交互に見せて、尻尾を振った。

<<行きたい。行きたい。

  みんなが楽しいところだってお話してた>>


山村さんにはサリーの念話は当然聞こえていないが、サリーの表情を見て

回数券の話を理解して喜んでいるのが、山村さんにも理解できたようだ。


「まぁ。サリーちゃんが喜んでくれるなら、うちで期限切れになっちゃう

 よりは良かったわ」


山村さんは満面の笑顔のサリーの頭を撫でた。


 ***


健司が朝食の片付けをしていると、今度はお向かいの松本さんの奥さんが

呼び鈴を押すのが、キッチンの窓からも見えた。

手には何やら大きな袋を持っている。


松本さんの訪問理由は、やはりプリンちゃん救出のお礼だった。


「サリーちゃんが、何が好きかわからなかったので、東浜スーパーにある

 ものを、沢山詰め込んできちゃった」


健司が渡されたスーパーのビニール袋を覗くと、ペット用品コーナーに

ずらっと並んでいる様々な種類の犬用のおやつが沢山入っている。


「うわっ! こんなに? いいんですか?」

「全然足りないぐらいですよ。プリンちゃんを助けてくれたんだから」


門の所まで尻尾を振りながら来ていたサリーに袋の中身を見せると、

サリーは驚きの表情を見せた後、跳ね上がるように興奮して喜んだ。


「食べ過ぎない様に健司さんが、ちょっとずつあげて下さいね」

「沢山もらっちゃって、すみません。サリーがどれが好きか分からなかった

 ので、毎回悩んでたんです。

 この中でどれが一番好きかを選んでもらえますね」


「フフ。そうですよね。私も大型犬飼ったことが無いから、何がいいのか

 わからなくって、適当に買って来ちゃったの」


松本さんは、これから森田さんのサム君にもおやつのお礼を持って

行くと言って、健司と別れた。


 ***


その日の夕方になると、今度は犬泥棒の家から助け出したおむすびちゃん

という茶色のトイプードルの飼い主の宮島さん夫妻が訪ねてきた。

トイプードルは連れて来ておらず、お留守番させているとのことだった。


お二人は、おむすびちゃんを助けてくれて本当に感謝していると言い、

封筒に入ったギフトカードを健司に渡す。

『家族を助けてもらって、こんなものでは感謝しきれないけども

 気持ちだけ受け取って欲しい』と何度も言って、お辞儀をしていた。


やはり、これから森田さんの家にも行くという。

夕食時間に近かったので、あまり長話せずに、森田さんの家の方向に

白い車で走って行った。


家に入って健司がギフトカードを確認すると、3万円分も入っていた。

「嘘だろ。これ貰いすぎだよ」

と健司が呟くと、夕食の準備をしていた幸子が言った。


「ワンちゃんを家族と思っている人たちにとっては、たぶんそれの何倍も

 お礼しても少ないと思うハズよ。私たちだって、もしもサリーちゃんが

 行方不明になったら、いくらお金がかかっても探そうとするでしょ?」


「そ、そうだね。家族だもんね」


健司はリビングの隅っこの寝床で、のんびりしているサリーに言った。

「サリー。今日は皆から一杯いろんなものを貰っちゃったね。

 ドッグランの回数券に沢山のおやつ、そして3万円のギフトカードだよ。

 サリーはギフトカードで何か買ってもらいたいもの、何かあるかなぁ」


<<メグミちゃんの赤ちゃんのお祝いで、かわいいお洋服>>


サリーはニコニコ笑顔で、すぐに念話で答えていたが、流石に、

このサリーの気持ちは幸子にはわからなかったようだ。


「サリーちゃんには、雨の日のお散歩用のレインコートとか買えば

 いいんじゃない? ピンクの可愛いやつとか」


<<ピンクの可愛いレインコート? 素敵!>>

—— なんだ。それも欲しいのか ——


「よーし。じゃぁ、サリー。今度、霞台ドッグパークに遊びに行って、

 そのあとで、大きなペット用品店でレインコート買おうか。

 僕はちょうど、恵さんの赤ちゃんのお祝いも、探さないといけないから

 霞台にあるショッピングモールに行こうと思ってたし」


健司はサリーの『赤ちゃんのお祝い』というアイデアに同意したことを

サリーに伝えながら、幸子にもその案を伝えられると思って、言ったの

だが、幸子が大笑いした。


「ケンちゃん。恵さんの赤ちゃんのお祝いを買うなら、霞台のショッピング

 モールじゃなくって、東京か横浜のデパートにすれば?

 まだ、出産予定日までもう少しあるから、いつか行けるでしょ?

 それから男の子か、女の子かはもう恵さんに聞いたの? 

 それによって、買うものが代わるのよ」


「え? そうか。今は生まれる前に検査で男の子か、女の子かが

 わかるんだよね。

 それを恵さんに聞いてから、横浜のデパートに行こうかな」


<<私もデパート行く行く! 赤ちゃんのお洋服!>>

とサリーが尻尾を激しく振った。


「サリー。残念だけど、デパートの中は盲導犬ぐらいしか入れないと

 思うから、一緒に買いにはいけないよ」


<<え~。私も選びたいのに>>

尻尾の振り方が急に元気が無くなる。


幸子がいいアイデアをくれた。

「ケンちゃん。パソコンのネット販売で、事前にどんなものが有るのか

 見ておいたほうが良いわよ。私たち子供いないから、何を買えばいいか

 ぜんぜんわかんないでしょ?」


—— それもそうだ ——


「そうだね。じゃぁ、夕食終わったら、パソコンで調べようっと。

 サリーにもどんなのがいいか見てもらおうかな」


<<わーい。見る見る>>







次のエピソード> 「第24話 毎朝新聞の記事」へ続く

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