第22話 犬泥棒との対決

白いつなぎを着た男はスライド式の門の所まで来ると、門を少しだけ開いて

警官の前に出た。やはり見るからに危なさそうな男だ。


「なんですか? 事件って」


「先ほど、東浜スーパー桜見台店の入り口付近で、つながれていた犬が盗まれ

 たんですが、あなたは駐車場で怪しい人影などを目撃しませんでしたか?」


「東浜スーパー桜見台店? そんな所、俺は行ってねぇよ」

男は少し警官から目をそらすようにして言った。


健司は聞いていられなくて、横から叫んだ。

「それは嘘だ! 僕はあなたの車がスーパーから飛び出て行くのを見て

 ここまで追いかけてきたんだ! お巡りさん。この人嘘ついてます!」


「なんだぁ? てめぇ。なんか証拠でもあんのかぁ?」


男が健司のほうに鬼のような形相で歩み寄ろうとしたのを、警官が慌てて

制止しようとした。


と、その時。


男が健司に文句を言いながら、門から離れたのを見て、

サリーがいきなりダッシュして、少し開いている門の中に飛び込んだ。


「あっ」咄嗟のことで、健司も止められなかった。

サリーのリードは、さっき車から降ろすときに外したままだった。


「バカヤロウ! 勝手に入るな、このくそ犬め」


男は素早く足元の石を拾って、敷地の奥の家に向かって走るサリーに

向かって思いっきり投げた。 石は勢いよくサリーに向かう。


「サリー! 危ない!」


サリーは敷地の奥の家に向かって走っていたが、健司の声に反応して、

横っ飛びに方向を変えた。


男が投げた石は、サリーの体すれすれの所で、アプローチの石畳に当たり

跳ね上がって、家の窓に向かった。


「ガシャーン」

敷地の奥の家の、掃き出し窓が割れてガラスが飛び散った。


「あの、バカ犬野郎!」

男は自分で家の窓ガラスを割ってしまい地団太を踏む。


サリーは目の前で割れて飛び散る窓ガラスに驚いて、

怯んで立ち止まっている。


その次の瞬間、窓枠の上から垂れ下がっていた大きくて鋭利な破片も、

窓枠からすぽっと抜けて下に落ちた。

「カシャーン」


その大きく開いた窓から複数の小型犬の泣き声が聞こえて来る。

「キャンキャン」「キューン」


サリーはその声を聞くと、さっと飛び上がり、大きな穴が開いた窓から

家の中に飛び込んだ。


「くそ犬め!」

家に向かって走り出そうとする男の腕を、警官がつかんで引き留めた。

「家の中に犬がいるんですか?」


警官は男の慌てる様子や、小型犬の泣き声を聞いたことで『犬泥棒』との

疑いを確信したようだった。


「離せ! あれは、うちで飼ってる犬だ!」


男が警官の手を振り払おうとしていたとき、もう一台のパトカーが、

回転灯を点けて回しながら近づいて来る。


健司には、近づくパトカーの後ろ座席に、幸子の顔が見えた。


そのパトカーは健司たちの前で止まり、運転していた警官、幸子、

松本さんと森田さんの四人が急いで出て来る。


「離せ、この野郎!」


男が警官に掴まれていないほうの手を、素早くポケットに入れ、

それを出したときには、折りたたみナイフを持っており、腕をサッと

振って刃を出した。


—— 危ない! —— 

健司が警官に警告を言う前に、すでにサムが男に飛び掛かって行った。


「グァルル」

サムがナイフをもった男の袖口に噛みつくと、男は思わずナイフを

落とした。


!」森田さんが、目の前でサムが男に飛び掛かったので

大声を上げる。


二人の警官が、慌てて男を取り押さえた。


そのとき、家の中からも大きな音が聞こえる。

「ガショーン」

—— あれは何の音? 家の中からだ —— 


「キャンキャン」「キャンキャン」

窓ガラスの割れた所から、サリーが飛び出して来て、その後に続いて、

小型犬が三頭飛び出して来た。


一頭はトイプードルのプリンで、あとの二頭は白いマルチーズと、

茶色の毛のトイプードルに見える。


「サリー!」

健司が呼ぶと、サリーが三頭を引き連れて嬉しそうに門まで戻って来る。

サリーは、いつものドヤ顔を健司に向けて、自慢げに近づいて来た。


<<ペットサークルを、蹴って壊して助けてきた>>

「あ、さっきの大きな音はそれだったんだね」

<<そう>>


「プリン!ああ良かった」

松本さんの奥さんもプリンちゃんを呼び寄せると、プリンは一目散に

奥さんの手の中に飛び込んでいく。

松本さんはプリンを、抱き上げて頬ずりをした。


森田さんの奥さんのほうは、犯人に向かって唸っているサムを抱き

かかえて、飛びつかないようにしている。


警官二人は、男を取り押さえたまま、唖然として、

サリーや、助け出された小型犬を見ていた。


犬泥棒のほうは、「俺じゃない」というような、何か訳の分からない

ことを叫んで、ジタバタしている。


東浜スーパーから、幸子達を乗せてきた警官が言う。

「スーパーの監視カメラに、お前が犬を盗むところが、バッチリ写って

 いたんだ。もう言い逃れできないぞ。逮捕する」


警官が犬泥棒に手錠をかける横で、健司は近づいて来た幸子に聞いた。

「スーパーに監視カメラなんて、ついてたんだっけ?」


「店先のお花のワゴンから、お花が盗まれて無くなることが有って、

 店長の判断で、つい最近、設置したばっかりなのよ。

 お花泥棒じゃなくって、犬泥棒を先に捕まえちゃったわね」


 ***


健司たち一行は、風見が丘の警察署の一室で事情聴取を受けることになった。


「槇村さん。この前は、金森さんの犬を追いかけて、崖くずれを発見するし、

 今度は森田さんの犬を追いかけて、犬泥棒の家を発見するなんて、

 君は本当に犬と縁があるんだねぇ」


東浜スーパーに駆けつけてくれた警官は、先日、金森さんの件で、

現地で会ったことが有るお巡りさんだった。名前は吉野さんというらしい。


「いやぁ。僕じゃなくて、この子がいつも誘導してくれるんですよ」

健司は部屋の隅で、うとうとしかけているサリーを指さした。


「もう9歳でシニア犬なんですけど、桜見台住宅の中の犬達とは、

 ほとんどみんな顔見知りのようで、どの犬とも仲が良くって、

 この子といるだけで、僕にもどんどん犬の友達が増えるんです」


「サリーは、住宅内の若い犬達を、お母さんみたいに可愛がるものね。

 ほんとに優しい子だわ」

幸子も補足した。


健司は疲れてうとうとしているサリーを起こさないように、

わざと『この子』と、言って名前を出さないようにしていたのだが、

幸子が名前を呼んだので、サリーの耳がぴくぴくッと動いて、眠そうな

目をして顔を上げた。


その、ボーっとしたサリーの顔を見て、警官も幸子も健司もクスっと笑った。


その後も、風見が丘の警察署の一室で、事情聴取が長く続き、もう夕方遅く

なっていた。松本さん、森田さん、健司と幸子、みんな少し疲れていた。


サム、サリー、そしての犬泥棒にさらわれていた三頭は、警官が報告書用に

写真を取ると言って、順番に部屋の隅で写真撮影された後は、

みんなで部屋の隅のほうで、体を寄せ合って目を閉じて休んでいる。


風見が丘周辺でさらわれて来たらしいマルチーズと、茶色のトイプードルは、

念話ではチチちゃん、おむすびちゃんと名乗っていたが、助けに来てくれた

サリーのことをとても信頼し、サリーに抱かれるようにして目を閉じている。


なんだか微笑ましい光景だった。


事情聴取が終わるころ、チチちゃんとおむすびちゃんの飼い主が、それぞれ

警察署に駆けつけてきた。被害届が出されていた犬では無いかと、警官が

連絡したので、自分たちの飼い犬かどうかを確認しに来たのだった。


チチちゃん、おむすびちゃんは、それぞれ飼い主との感動の再会をする。

飼い主たちは、警官と少し打ち合わせとしたのち、それぞれ可愛い家族を

抱きかかえるようにして帰って行った。


森田さんの旦那さんが、奥さんとサムを迎えに来て、健司たちに別れを告げる。

健司、幸子、サリー、そして松本さんとプリンは、健司のホンダシャトルに

乗って風見が丘警察署を後にした。







次のエピソード> 「第23話 新聞記者」へ続く

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