第21話 犬泥棒のアジト

健司の車は、サムを追って潮風平の交差点を左折して静かな住宅街の

中に入った。


サムも車も見えない。


住宅街の中の道は、沢山の細い道と交差しており、犯人の車やサムが

何処へ行ったのかは、健司にはわからなかった。


サリーが運転席の健司に顔を向ける。

<<ケンジ。ドアを開けて。私が車を降りて匂いを探す>>

「わかった。気を付けて」


<<このリード外して欲しいの。足に絡まって歩きにくいから>>


健司はサリーの首輪からリードを外し、助手席のドアに手を伸ばして

ドアを開けた。

サリーが外に出て、道路に残ってる匂いの追跡を始める。


<<ケンジ。こっち。サムの匂いがする>>

サリーが右の小路に入って小走りを始める。健司は車でサリーを

轢いてしまわないように注意しながら、徐行で追いかけた。


向こう側から、ヨークシャーテリアを散歩させている女の子が歩いてくる。

潮風平の住宅地の犬はサリーの知り合いでも無いはずだが、


サリーが声をかける。

<<こんにちわ。私サリー。友達のサムという犬を探してるの。

  こっちに来たはずなんだけど>>


<<こんにちわ。さっき茶色の知らない犬が、公園の所を曲がって、

  走っていったわ>>


<<ありがとう>>


ヨークシャーテリアを散歩させている女の子は、リードも付けず一匹で

歩いているゴールデンレトリバーを、目を丸くして見ていたが、

その後ろから来る車に気が付いて、自分の飼い犬が車に轢かれないように

ヨークシャーテリアを抱き上げて、道端に避けた。


少し進んでから、小さい公園に沿って左に曲がる。

おそらく、これがヨークシャーテリアの教えてくれた公園なのだろう。


<<サムがいた!>>

サリーが公園の向こう側にいるサムを見つけて走り出す。

サムは、黒い門のある家の前でウロウロしているようだ。


サムもサリーが走って近づいてくるのに気が付いた。

<<ここだ! この家に入ったんだ!>>

とサム。


<<あの灰色の車を見失ったんだけど、あの車の排気ガスのクセェ

  匂いは確かにここに入ってる。敷地の奥に灰色の車があるから

  あれだと思う>>


サムはスライド式の黒い門の前で、匂いを嗅ぎながら右往左往している。

家の前までは来たが、門が閉まっていて中に入れないから困っている

ようだ。


健司は少し手前で車を道の脇に止めて、歩いてサリーとサムに近づいた。

サムはかなり走ったので、まだ息が荒く、ぜぇぜぇ言っている。


確かに黒い門の向こうの奥に、あの灰色のワゴン車が停められていた。


車の運転席に人影はない。

犬泥棒の犯人はもう車を降りて、敷地の奥の家に入っているようだ。


—— ここが犬泥棒のアジトか! ——


「ワォーン」サムが吠える。

<<プリン聞こえるか? ここにいるのか?>>


プリンの返事はなかった。


「ワォーン」サムが吠える。「ウォンウォーン」サリーも吠えた。

<<プリン。サリーよ聞こえないの?>>


やはり、プリンの返事はない。


敷地の奥の家とは距離があるし、窓も閉まっているので、鳴き声も

念話も届かないのかもしれない。


<<ケンジ! 門を開けてくれ。俺が中に入ってプリンを助ける>>

サムが興奮気味に健司に寄り添ってきた。


「サム君。まずは警察を呼ぼう。サリーの話では、犯人はナイフを

 持ってるから、慌てて中に入るのは危険だ。

 君のおかげで犯人のアジトが分かったんだ。あとは警察に連絡すれば

 お巡りさんが来て、対処してくれるはずだ」


健司はスマホを出し幸子に電話する。


サムを追いかけてきたら、犯人の車らしい灰色の車のある家を見つけたと

伝えた。


幸子の話では、東浜スーパーに警官が到着して、トイプードルをさらわれた

松本さんと、犯人の車を追いかけて行った柴犬の飼い主の森田さんから

事情聴取している所らしい。


幸子は、スマホをお巡りさんに渡すから、健司が直接話をしたほうが良いと

言って、スマホを警官の所に持って行く。


健司は幸子のスマホに出た警官に、自分は犯人の姿は見なかったが、

松本さんのトイプードルがさらわれた直後に、犯人の車らしい灰色のワゴン

車が、猛スピードで東浜スーパーの駐車場を出て行くのを見たと伝えた。


そして、その灰色のワゴン車を追って来て、今は潮風平の住宅街にいること

を伝えた。警官が詳しい住所を聞くので、キョロキョロと周囲を見渡し、

近くの電柱に書いてあった住所を伝える。


犯人の車の中のトイプードルの匂いを追いかけてきた柴犬もここに来ており、

間違いなく、この家に有る灰色のワゴン車が、犬泥棒の車に違いないとも

補足しておいた。


警官は、『近くの派出所からパトカーを向かわせるから、君は何もしないで

そこで待つように』と健司に注意をする。


電話を切って、サムとサリーにお巡りさんの言ったことを伝えた。


<<ケンジ! なぜ、すぐにこの家に入ってプリンを助けないんだ>>

サムはまだ興奮している。


健司はしゃがんでサムの胴体をさすりながら、なだめるように話した。

「サム。他人の家に勝手に踏み込むと、こっちが訴えられるんだ。

 お巡りさんが来たら事情を説明して、お巡りさんに対応してもらおう」


<<サム。ケンジの言うとおりよ。

  私は犯人が、ナイフでプリンのリードを手際よく切ったのを見たわ。

  かなり、ナイフを使い慣れてる。たぶん危ない奴だと思うわ>>


<<そんな奴、俺が噛みついてやる!>>「グルルル」


「サム。だめだ。お巡りさんを待つんだ」

健司はサムを抱きかかえるようにして懸命になだめた。


 ***


少しして、パトカーが静かに走ってきた。回転灯は点けていない。

桜見台から来るには早すぎるので、先ほど電話した警官が、近くにいた

別の警官に伝えたのかもしれない。


健司が手を挙げて合図すると、健司よりも少し年上ぐらいの警官が

一人降りて来る。


やはり東浜スーパーに行った警官とは違う方だったので、健司は

東浜スーパーから、ここまでの出来事を、最初から詳しく説明した。


「なるほど。君はそのトイプードルが盗まれた直後に、

 あの灰色のワゴン車が、東浜スーパーから出て行くのを見ただけで、

 犯人を見たわけでもないし、トイプードルがあの車に乗せられたのを

 直接見たわけではないんだね」


—— しまった。自分がはっきり見たと言えば良かったか。

   まさか、『この犬が見てました』と説明できないし —— 


「あ、でも、この柴犬も、友達のトイプードルの匂いを追いかけて、

 ここまで走ってきたので、トイプードルがこの家に運び込まれたのは

 確かだと思います」


「『友達のトイプードルの匂い』ねぇ。その柴犬は、何か別の美味しい

 匂いに釣られて、車を追いかけただけかもしれないじゃないか」


<<なんだと! このヤロウ>>とサム。

健司は、怒ってお巡りさんに向かおうとするサムのリードを引いて、

引き止めた。


「それでも、犬がさらわれた時に、あの車が東浜スーパーの駐車場に

 いたのは絶対に確かです。ですから、犬泥棒の犯人を見なかったか?

 というように、聞いてもらうことはできないですか?」


「そうだなぁ。犯人の事情聴取としてではなく、犯行現場を見ていないか

 どうかの協力願いということなら、話を聞けるかもな」


警官は、渋々、犯人の家の呼び鈴を鳴らした。


「なんですか?」機嫌の悪そうな男の声が、インターホンから聞こえる。


「あの~。東浜スーパー桜見台店で、先ほどお買い物をされていたと

 思うんですが、スーパーの駐車場で少し事件があったので、

 犯行現場を見ていないかどうかを、お伺いしたいんですが?」


少しして、奥の家の玄関が開いて、男が門の所にいる警官の姿を見て、

めんどくさそうに出てきた。

白い作業服風のつなぎを来ている。四十歳前後だろうか。


<<あの人よ。間違いない>>

<<アイツか!>>

健司の横でサリーとサムが興奮している。


健司はしゃがんだまま、興奮するサリーとサムを両脇に抱えて、

二頭を制止していた。






次のエピソード> 「第22話 犬泥棒との対決」へ続く

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