第28話 救出作戦

ホームセンター ビッグホーム潮風平店の駐車場。

白いホンダ シャトルの運転席に健司が座り、助手席には毎朝新聞の記者の

土田理恵さんが座っていた。


サリーは、ビッグホーム駐車場の端にあるフェンスにリードで繋いでいる。

あのエクステリアコーナーのすぐ横だ。


<<ケンジ。いまマリリンとポポには作戦を詳しく伝えたわ。

  二頭にはケンジに任せて、落ち着いているように言った>>


サリーが、エクステリアコーナーの向こう側に見える鮫島の家の中の

犬達に救出作戦のことを話して、安心をさせたようだ。


もちろん、サリーにこの役目があるのは健司しか知らない。


犬たちの念話は短距離しか届かないため、健司の車の位置では、

鮫島の家の中の犬達の念話は聞こえなかったが、サリーがいる場所なら

聞こえる。だから、サリーが念話の中継役となって、健司に状況を教えて

いるのだ。


 ***


昨晩、悪徳ブリーダー鮫島とのメールのやり取りで、マリリンとポポの

写真を入手したあと、毎朝新聞の土田記者に電話をした。

メールのやりとりを説明し、写真を転送したところ、写真はマリリンと

ポポに間違いないだろうと彼女も判断した。


鮫島の住居が潮風平と書いてあるのも、犬泥棒の下村聡と同じ地区なので

下村がコンタクトしていて不思議ではないと思ったらしい。


もう夜遅い時間だったが、土田記者はマリリンの飼い主の今野さんと、

ポポの飼い主の村瀬さんに写真を転送し、写真を確認してもらったのだ

ということだった。

お二人は自分たちの飼い犬に間違いがないと言ったという。


健司が土田記者に電話を入れてから、30分もたたないうちに、

その返事が来て、今日の救出作戦の実行に、健司も協力をしてくれないか

との依頼になった。


土田記者の見解としては、飼い主達が写真を見て自分の家の犬だと主張して

も、似たような犬は多い。このため写真だけでは確実な証拠とは言えず、

警察はすぐには動いてくれないだろうとのことだ。


写真だけで、すぐに家宅捜索をするような令状は出ないだろうから、

下手にアクションをかけると、証拠隠滅のために、家にいる犬達を

どこかに置き去りにするなどの、『処分』をされる危険性もあると

思っているという。


つまり、写真のトイプードル達が、マリリンとポポだという確実な

証拠を掴むしか助ける方法はないという意見だった。


よって土田さんの救出アイデアは、潮風平のホームセンターの駐車場で、

直接、親犬を見てみたいと鮫島に持ち掛けて、二頭を連れて来てもらい、

二頭の首に入れられているマイクロチップの情報を確認して、

確実な証拠とするというものだった。


—— なるほど。マイクロチップの情報か ——


健司は救出作戦に協力すると土田記者に伝えると、幸子やサリーにも、

いきさつを伝え、明日はテレワークを休むと同僚にメールを送った。


 ***


「遅いわね。もう約束の時間なのに」

土田記者が助手席で時計を見た。


健司はサリーから鮫島の家の中の様子を聞いていたので、

鮫島がマリリンとポポを連れ出すためにキャリアに入れている所だと

いう情報を知っていた。だから、来ることは間違いない。


—— それでも、やっぱり遅いか —— 


サリーから連絡が入る。

<<いま、サメジマが車にペットキャリアを積んでる>>


—— 車? すぐそこなのに? 

   そうか、家の場所を知られたくないから、

   車で来たという振りをするんだな —— 


「もうそろそろ来るんじゃないかな」


そう言い終わらないうちに、サリーの念話が聞こえる。

<<入って来た。黄色い車よ>>


エクステリアコーナー横の入り口から黄色い軽自動車が入って来た。


健司が車を降りて手を挙げると、鮫島は少し離れた場所の

駐車スペースにバックで入れて、車から降りて来た。

小太りで、あまりきれいな服装でもない。


「トイプードルをお探しの昭島さんですか?」

「あ、はい。昭島です」


健司は、本名ではなく『昭島』の偽名でメールをやりとりしていた。

鮫島が警察につかまった後に、万が一仕返しが有ったら嫌だからだ。


「あ、妻も、親犬を見たいと言って来てるんです」


健司が振り向くと、土田記者はすでにハンドバッグを持って車から

降りようとしていた。土田記者は健司よりも少し年上だが、夫婦と

言ったほうが二人で会い易いからという土田記者のアイデアだ。


鮫島は土田記者のほうにペコリと挨拶をしてから、車の後部扉を

開けて、トランクに積んであるペットキャリアーを指さした。


「こちらが今度、交配予定のトイプードルです」


健司と土田記者が、鮫島の軽自動車の後部に回ると、トランクには

二つのペットキャリアーがおいて有り、二人の姿を見た途端に、

マリリンとポポは「キャン。キャン」と鳴いて激しく動いていた。


「元気そうなワンちゃんですね」

「ええ、健康な子ですよ」


「ちょっと、顔が良く見え無いので、キャリアから出してもいいですか?」


健司がマリリンと思われる白いトイプードルのキャリアのほうに寄ると

鮫島がキャリアの扉を開け、犬が外に出ない様に手で体を押え、

顔だけが見えるようにした。


—— それじゃ、マイクロチップを確認できない ——


その時、マリリンが鮫島の手を噛んだ。


「いてぇ!」鮫島が手を引っ込めた途端に、マリリンはキャリアから

飛び出して、ジャンプして近くにいた健司に飛びついた。


「キャンキャン」<<あなたがケンジさん?>>


「はーい。こんにちわ。いやぁ元気な子ですね。それにとても可愛いよ」

健司はこれ幸いにと、マリリンを抱き上げて土田記者にも見せた。


健司はマリリンの顔を良く見るふりをしながら、マリリンの

耳に小声でささやいた。「もう大丈夫だぞ。助けに来たんだ」


<<ケンジさん。お話が聞こえるって、ホント?>>

健司はうなずきながら、マリリンにウィンクして見せた。


「まぁ。ものすごく、かわいこちゃんね。私にも抱っこさせて」

土田記者が手を出したので、健司は土田記者にマリリンを渡す。


鮫島は昭島夫婦が親犬を気に入ったようなので、子犬を買うという

予約がとれそうだと思い、噛まれた手をさすりながらも、笑顔で見ていた。






次のエピソード> 「第29話 救われた命」へ続く

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