追跡
第18話 ワンネット本格始動
金森家の一件が有ったあと、犬達が健司に向ける目は大きく変わった。
それまでは、『犬の念話が聞こえる優しい人』であり、友達として仲良く
なっていたが、ボスの助けを聞いて、飼い主を助けるのに協力した話が
桜見台の犬達に伝わると、健司は『優しい人』から『頼れる人』へ格上げ
されたのだ。
ウッドデッキでくつろぐサリーの元には、ワンネットを通じて桜見台の
犬達からの伝言が届くようになる。
その多くは、
『ドッグフードが不味いから、飼い主に改善するよう言って欲しい』
『散歩時間が短すぎるから、もっと長くしてほしい』
『風呂には入りたくないと飼い主に言って欲しい』
など、飼い主への待遇改善要望だったらしい。
そのような要望の伝言に対しては、サリーは、
<<念話が聞こえることは、他の人間には内緒だから、ケンジが、
みんなの飼い主に待遇改善を申し入れることはできないのよ>>
と伝言を返すのに苦労していた。
そのような待遇改善の要望じゃない情報としては、
『第三公園の草むらに誰かの帽子が落ちてた』
『5番地の西側がなんかガス臭い』
などの情報があり、その都度、健司はサリーを連れて散歩に行くふりを
しながら情報を再確認する。
第三公園の帽子は落とし主が分かるように、公園入口の柵にぶら下げ、
5番地のガス臭いのは、健司にはほとんど分からなかったので、
サリーに実際に確認してもらってから、ガス会社に通報をした。
土中のガス管の微妙な破損をいち早く発見して通報したことに、
ガス会社の人からは感謝された。
そのような人の役に立つ情報を連絡してくれたワンコ達には、
健司は丁寧にお礼の伝言をワンネットで返す。
それを繰り返すうちに、お礼の伝言を受け取った桜見台住宅の犬達は、
徐々に自分たちが人の役に立つ『良いことをした』という評価を、
健司からもらうことに喜びを感じるようになっていた。
***
ワンネットの情報には、金森家の工事のニュースもあった。
・今日は家の周囲の土砂が全部取り除かれた。
・崩れた裏山の土砂をトラックで運び出している。
・ドッグラン仲間が協力して、家の中の使える物を運び出している
・壊れた家の撤去作業が始まった。
まどなど、毎日の災害の後片づけ状況が伝えられてくる。
ある日、健司がサリーの散歩の途中、金森家の前を通ると、すでに家は
跡形も無くなり綺麗に整地されている。さらに隣の息子さんの家との間の
柵は一部が外されて、お爺さんが行き来がしやすいようになっていた。
この日は道路に造園業者のトラックが止まり、荷台には大量の芝生が
載せられていた。
息子さんの家の庭に繋がれたボスが、健司とサリーに気が付いて、
「ヴォンヴォン」と嬉しそうに吠えている。
「やぁ、ボス。足のけがの調子はどう?」
<<大丈夫だ。もう血は完全に止まってる。かなりかゆくなってきた>>
「傷口をなめたり、こすったりしちゃだめだよ」
そこに丁度、金森さんのお爺さんが、造園業者を出迎えるために家から
出てきたので挨拶をする。
お爺さんの話では、アメリカの息子さんと良く話をして、
お爺さんは今後、息子さんの家にずっと同居をすることになったらしい。
一人暮らしのお爺さんには、家一軒を建て直すほどの広い家は必要ないし
年齢を考えると、炊事や掃除も大変なので、ゆくゆくは息子さんの家を
少しだけ増築して、簡易的な二世帯風の家にして同居をしたほうが、
お爺さんも、また世話をする息子さんご夫婦も、簡単だとの判断になった
のだと言う。
—— 増築か。元大地主さんで、お金持ちだから、
家がつぶれちゃっても、経済的な心配は何も無いんだな ——
「こちらの、元々住んでいた家のところはどうするんですか?」
「ミニドッグランと、
「え? ミニドッグラン?」
「ああ、全面に芝生を植えて犬たちが走れるようにする。
そのために造園業者にお願いしたんだ。
あと、家の有ったところには小さな東屋とトイレを立てて休憩所にする」
「すごいですね。ボスが毎日運動できますね」
「できあがったら、健司さんもサリーを連れてきてボスと遊ばせて下さい。
霞台のドッグパークほど大きくは無いが、十分に走れる距離は有るから
お世話になったこの住宅地の皆さんのために、無料のミニドッグランと
して使ってもらおうと思ってるんだ」
「それは、凄いですね。みんな喜びます」
—— 無料のドッグランか、これはワンネットのトップニュースだ ——
サリーも嬉しそうな顔をしている。
<<お婆さんも、メグミちゃんも車を持ってなかったから、私は霞台の
ドッグパークに行ったことが無いの。だからドッグランで走ってみた
かったのよ>>
「そうなのか? サリー。じゃぁここが出来たら、使わせてもらおうか。
あと、僕が仕事を休む日に、一度、霞台にも行ってみようね」
<<ホント? 嬉しい>>
サリーのフサフサの尻尾が激しく振られた。
***
散歩から戻り、家の郵便ポストを見ると、まだ朝刊が残っていた。
朝刊の一面には、日本各地の大雨での被害が大々的に報じられていたが、
桜見台住宅の金森家のがけ崩れに関しては、被害が一軒だけだからか、
全く記事は無かった。
家に入り、ダイニングテーブルに新聞を置いた時、気になる記事に目が行く。
タイトルは『犬泥棒の被害6件目』だ。
「犬泥棒?」
記事を読むと、隣の住宅地の風見が丘で、個人宅の庭や、ホームセンターで
店先につながれていた犬が、リードを切られて連れ去られる事件が頻発
しているようだ。
リードは、鋭いナイフのようなもので切断されており、犬が噛み切ったと
いう跡ではないので、人為的に誰かが犬をさらったのだと推測されている。
主に、狙われるのは、若い小型犬だと書いてある。
「サリー。風見が丘で犬泥棒が出るらしいよ」
<<犬泥棒? 誰かが、犬を盗むって言う事? なぜ?>>
「盗んだ犬をどこか遠くに連れて行って闇で転売するんじゃないかって、
記事には書いてある」
<<ヤミ? テンバイ?>>
「盗んだ犬を、どこかで密かに、他の人に売るってこと。
お金儲けのためだと思うけど、ひどいことするよな」
サリーは驚きのあまり、目をパチクりと開けたまま、理解できない様子
だったが、つぶやいた。
<<飼い主から離されて、他所に連れていかれるのか? そんなヒドイ>>
「風見が丘周辺っていうと、ここも十分危ないよね」
健司は家の周囲を散歩する犬たちに、住宅地の住人ではない『怪しい人』
を見かけたら、連絡を回すようにお願いした。
犬がすごく多い桜見台住宅では、少なくとも住人以外がうろついていたら、
犬たちの監視網に引っかかるだろうと思ったのだ。
—— 犬泥棒を現行犯で、捕まえられなくとも、この住宅地には100個以上の
『犬の鼻』がある。犬たちの情報を集めれば、少なくとも匂いの痕跡で
犯人の足取りが分かるのではないか? ——
次のエピソード>「第19話 お見舞い」へ続く
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