第17話 金森家の発掘
健司は朝一番にリビングの窓を開けて、サリーとボスをウッドデッキに
出した。
サリーはいつも、リード無しでウッドデッキでのんびりとしているが、
ボスはウッドデッキよりも地面の上のほうが好きらしく、太い鎖を引きずり
ながら庭に降りる。
「ボス。近所の人が驚くといけないから、鎖は一応ここに結んでおくね」
<<ああ。俺はいつもつながれていたから別に構わない。そうしてくれ>>
健司は鎖を庭の柵に結ぶように引っ掛けた。もちろん、これは形だけで、
ボスが勝手に逃げないのは分かっている。
槇村家の前を散歩する常連組の犬達は、すでにボスが槇村家に来ていること
を他の犬達からの情報で知っており、それほど驚かなかったが、
飼い主のほうは、ゴールデンレトリバーに加えて、巨漢の犬が庭にいるので、
みな驚きの声を上げていた。
***
朝ご飯を食べ終わって少しして、幸子が仕事にでかける。
健司もテレワークを始めようとして、二階に行こうかと思っていると
サリーが何か言いたげに、窓から覗き込んでいるのに気が付いた。
「何かあったの?」
<<金森家のほうに、重機が集まって来てるらしい>>
どうも、散歩している犬達の情報網『ワンネット』で、金森家の敷地での
動きが有ることを聞いたらしい。
「そうなの? 土砂を取り除くのに集まってるのかな?
お爺さんがまだ退院していないはずなのに動きが早いね。
ボス。僕はちょっと仕事をする必要があるから、お爺さんが迎えに来て
くれてから家の様子を見にいくのでいいかな?」
<<ああ。爺さんが迎えに来てからでもいい>>
***
午前10時ごろ、お爺さんから電話が有り、これから退院して桜見台に
タクシー戻るので、ボスを迎えに行くと連絡が入った。
しばらくして、家の呼び鈴が鳴る。
玄関に出ると、ボスが門のところでお爺さんに撫でられている。
お爺さんが病院から乗って来たタクシーが走り出すのが見えた。
「あ、金森さんこんにちわ」
「どうもご迷惑をおかけしました」とお爺さん。
お爺さんは、健司や幸子が警察や消防を呼んでくれたことも知っており、
ボスを病院に連れて行ったり、世話をしてくれていたことに、何度も感謝し
ていた。
昨日、『大型犬サミット』のあと、吉田さんのお爺さんが、風見が丘総合
病院に見舞いに行き、お爺さんに着替えを届けたらしく、今着ているのは
吉田さんのお爺さんが貸してくれた服とのことだった。
健司は家の戸締りをして、お爺さんと一緒にサリーとボスを連れて、
金森家まで行くことにした。
***
金森家が見える所まで歩くと、庭にバーニーズ・マウンテンドッグがいて
健司達に気が付いて駆け寄って来た。
吉田さんの飼っているゴン君だ。
吉田さんは、ショベルカーを運転する作業車に指示を出して、
敷地内に転がっている大きな岩を敷地の隅にまとめていた。
話に聞くと、吉田さんは昔は土建業を営んでいたらしい。
昨日、電話で金森さんに頼まれて、今日は金森家の敷地の土砂崩れを
復旧する作業のために、知り合いの作業員2名とショベルカー2台を、
手配して作業を始めていたらしい。
お爺さんは、自分の家が見事に土砂に埋もれているのを見て、しばらく
呆然としていたが、少しして吉田さんや、作業員と打ち合わせを始める。
とりあえず、二階のお爺さんの寝室に入ることができれば、タンスの
引き出しに、貴重品や、お隣の息子さんの家の鍵がまとめて入っているので
二階の寝室に入ることを優先しようとの話にまとまったようだ。
ショベルカー2台は、まず初めに二階の窓までの、アクセスルートを
安全にするための作業を開始する。
健司は少し離れた所で、三頭の大型犬とその様子を見ていた。
<<爺さんの家、完全に潰れちまったな>>とゴン。
<<ああ、婆さんとの思い出の家だから、爺さんはつらいだろうな>>
ボスが答える。
健司は犬達が『人間の気持ち』を思いやった、やり取りをしているのに、
かなり関心をした。彼らは立派な家族の一員なのだ。
***
2台のショベルカーが、二階部分の前の土砂を取り除き、窓が完全に現れると、
次はそこまで登るためのアクセスルートの足場を固めて、安全に窓から
入れるようにした。
屋根の上にはまだ大量の土砂が有り、二階部分が潰れる可能性もあるため
作業員やお爺さんたちが、慎重に覗き込んで中の様子を確認する。
ひとりの作業員が、恐る恐る中に入りすぐに出て来ると、手にはタンスの
小引出しをひとつ持っていた。
窓からあまり遠くない所に、あったらしい。
お爺さんが中身を確認すると、お爺さん達と作業員は嬉しそうに
土砂で固めたスロープを降りて来た。
「お隣の家の鍵があったんですか?」健司が聞く。
「ああ、有った。寝室のタンスの引き出しに大事な物をまとめて有ったから、
すぐに見つかって良かった。鍵や通帳や印鑑も見つかった」
お爺さんは鍵や貴重品が見つかって、かなり安堵したようだ。
「それは良かったですね」
お爺さんが隣の息子さんの家の敷地に回り、家の鍵を確認すると、
ドアは無事に開いた。これで、お爺さんは当面の住居に困らないことになった。
心配そうに見ていたボスも、安心した顔を見せて喜んでいた。
金森のお爺さんと吉田さんは、これから作業員と共に、家の周囲の土砂を取り
除く発掘作業を続けるとのことだったので、健司は仕事をすると言って、
サリーを連れて家に帰ることにした。
<<お爺さんの住むところが有って良かった。良かった>>
サリーは帰り道の足取りも軽い。
サリーも小さい頃は、金森家の庭でボスと一緒に遊ばせてもらっていたと
のことで、お爺さんの今後をとても心配していたようだ。
次のエピソード>「第18話 ワンネット本格始動」へ続く
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