第19話 お見舞い
翌日、健司が二階で仕事をしていると、吉田恵さんから連絡があり、
梅子お婆さんの病状を教えてくれた。
心筋梗塞で緊急入院をしてから、カテーテル手術を受け、心臓は今の所は
問題なくなったとのことだが、その過程で、様々な検査をした結果、
体のあちこちで『癌』が進行しているのが見つかったとのことだった。
お婆さんは、これから別な病棟に移って、癌の検査や治療に入るのだという。
だから、サリーはまだしばらく預かってほしいというのが、
恵さんの電話の要件だった。
また恵さん自身も、赤ちゃんの出産がもう間近で、なかなか見舞いにも
来れなくなるので、お婆さんのことをとても心配していた。
風見が丘総合病院に行けば、お婆さんに面会ができる状態だと聞いたので、
健司も時々お見舞いに行きますと伝えて電話を切った。
—— サリーにお婆さんの癌のことを言うべきか? どうしよう ——
健司は一瞬迷ったが、サリーにもちゃんと伝えるべきだと思った。
***
「サリー。恵さんから電話だったんだけど、お婆さんは心臓の手術は
うまくいったんだけど、他にも重い病気が見つかって、
まだ退院が先になるんだって」
<<重い病気? お婆さんは具合が悪いのか?>>
「お婆さんは、今は比較的安定しているけど、体のあちこちに癌が
見つかったんだって」
<<ガン? それは直るの?>>
「大変な病気には違いが無いけど、今は昔と違っていろんな治療方法が
有るみたいだよ。ただ、お婆さんはお歳がいってるから、体に負担の
ある治療は難しいのかもしれない。
これから、いろんな検査をして治療方法を決めるって言ってたよ」
<<痛い注射をするのか? お婆さん可哀そうだな>>
—— 犬にとっては、病院=注射 というイメージなんだろうな ——
「恵さんも出産が近くて、あまりお見舞いに来れないって言ってたから、
今度、僕も風見が丘総合病院にお見舞いに行こうと思うんだ」
<<それなら私も会いに行く>>
—— そうだよな。僕よりもサリーのほうがお婆さんに会いたいよな ——
「でもサリー。病室にワンちゃんは入れさせてくれないかもよ」
<<窓の外からは、お婆さんを見れないの?>>
「うーん。行ってみないと、病室がどこかもわからないんだ」
***
ダメ元でサリーを車に乗せて、風見が丘総合病院に行くことにする。
東浜スーパーに立ち寄って幸子にお見舞い用のお花を選んでもらい、
病院へ向かった。
病院の駐車場に車を止め、サリーには車の中で待ってもらい、
受付で立花梅子お婆さんの病室を聞いて、3階の病室へと向かう。
お婆さんの病室は個室だった。
—— うーん。やっぱ、お金持ち ——
お婆さんは健司を見ると嬉しそうに手を振った。元気そうだ。
お花を見せて、病室の棚の上に置いた。
「健司さんには、本当にご迷惑をかけて申し訳ありませんねぇ。
サリーは毎日いい子にしているかしら」
「サリーはとてもいい子ですよ。僕のほうがサリーに癒されてます。
今も駐車場までサリーも来てるんですけど……」
お婆さんの病室は、南側に大きな窓があり、カーテンを開けると下には
病院の綺麗に手入れされた庭が見えた。沢山の花も咲いている。
—— お庭にサリー連れて行けば、ここから見えるのかな? ——
ナースステーションに行き、お婆さんの飼い犬を、病院の庭に連れて
入っても良いかを尋ねると、庭は入院患者や、外来患者も自由に散歩
できるようになっているので、犬にはリードをつけて、走り回らせ
なければ良いと言われた。
お婆さんの病室に戻り、お婆さんが窓の外を見えるように、ベッドを
少しだけ窓に近づけて、電動リクライニングを操作して上半身を
起き上がらせた。
健司は、お婆さんの目線から、庭の見える範囲を確認する。
「あの大きな木の所にサリーを連れて行きますから、ここから見ていて
くださいね」
「それなら、せっかくだから窓を少し開けてくれませんか?」
お婆さんの言う通り、窓を開けて、健司は駐車場に向かった。
***
庭からお婆さんに会えると言うと、サリーは急いで車から出て、
そわそわしている。庭に向かうサリーの後ろ姿は、喜びで満ち溢れ、
大きなお尻がいつもより、大きく揺れていた。
—— 久しぶりにやっとお婆さんと会えるんだから、
そりゃ楽しみだよね ——
患者さんたちが楽しめるように、病院の庭はよく管理されていて、
散歩道のような通路の両側の花壇には綺麗な花も咲いていた。
病室から見えた庭の奥の大きな木を目指す。
大きな木の所まで行き、振り返ると3階の窓に、
ベッドの上から首を伸ばして手を振っているお婆さんが見えた。
サリーもすぐに気が付いて、3階を見上げて尻尾を激しく振っている。
「クーン。クーン。ワオン」
<<良かった。お婆さん少し痩せたみたいだけど、元気そうだ>>
「ああ、顔色は思ったよりも良かったよ」
その時、健司のおしりのポケットでスマホが振動した。
スマホを出すと、発信者は立花のお婆さんとなっている。
3階を見ると、お婆さんがガラケーを持って手を振っていた。
—— あ、個室だから携帯使えるんんだ ——
スマホをサリーの耳の所に持って行く。
お婆さんが電話で『サリー元気かい?』と呼び掛けている。
「クーン。クーン」
サリーはお婆さんの声を聞いて、泣きそうな顔になっている。
お婆さんの窓のほうを向いて、またいっそう強く尻尾を振った。
健司は、お婆さんとサリーの再会の邪魔をしないように、しばらく
見守っていたが、サリーが永遠に帰ろうとしなかったので、
『お婆さんも疲れちゃうと、体に良くないから』と
切り上げるようにサリーに促した。
スマホでお婆さんには、窓を閉めるために、もう一度病室に行きます
と言って、健司はサリーを車に連れて行った。
***
桜見台住宅に戻る車の中で、サリーはかなり饒舌だった。
<<お婆さんの病室から、あんなにお花が沢山のお庭が見れるから
良かった。お婆さんはお花が好きだし、若いときはお庭にも
立派な花壇があったのよ>>
「へ~。そうだったんだね」
<<お婆さんの声も元気そうで安心した>>
—— サリーが嬉しそうで良かった。よっぽど嬉しかったんだな ——
「あ、サリー。うちのインスタントコーヒーの残りが少ないから、
東浜スーパーに寄って、買って行くからね」
健司は東浜スーパー桜見台店の駐車場に入った。
次のエピソード> 「第20話 サムの大追跡」へ続く
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