第15話 ボスの診察

朝6時。仮眠していた健司のベッド横で目覚ましが振動した。

幸子を起こさないように、ベルはならないようにして振動モードに

していたのだ。


幸子は昨晩、かなり疲れたのだろう。隣のベッドでまだ寝息を立てている。


静かにベッドから起きて、目をこすりながら洗面所に向かう。

手早く顔を洗ってから、自分の書斎で笠原動物病院に電話をかけた。


病院の二階の自宅で寝ていたらしい笠原先生は、昨晩のがけ崩れのことと

金森家のボスが怪我をしたことを伝えると、診療時間は8時からだが、

先生もこれからすぐに起きて、7時にはボスを診てくれると言ってくれた。


ボスも笠原動物病院で狂犬病の注射などを定期的に受けており、お爺さん

のことも良く知っているとのことだった。


1階に降りてリビングに行くと、ボスとサリーの二頭は、まだうつらうつら

していた感じだが、健司の気配にすぐに気が付いて二頭とも頭を上げた。


「おはようボス。笠原先生が、いますぐにボスの怪我を診てくれるって

 言ってるから、病院へ行こうか」

<<病院? 病院は嫌いだ。つい、この前も痛い注射をした>>


ボスの足を見ると、血がにじんで包帯が真っ赤になっている。


「ボス、でもその足の傷は、たぶん縫わないとだめなんだ。

 化膿したら歩けなくなっちゃうよ」


サリーもボスに病院へ行くように促す。

<<ボス。ケンジの言う事を聞くんだ。これ以上、迷惑をかけるのはお止め。

  ケンジさんは親切で言ってくれてるんだよ>>

<<わかったよ。サリー姉>>


 ***


健司は目覚めのコーヒーを飲んで、出かける準備をして、笠原動物病院へ

行くと、幸子への置手紙を書いておく。


ボスの怪我をした足に負担をかけないように車で行くことにするが、

荷室の大きいステーションワゴンのホンダ シャトルでも

車高が高い車ではないので、ボスには天井がかなり窮屈だった。


笠原動物病院までは、車だとあっという間につく。駐車場に車を入れると、

笠原先生が待ちすでに構えたように、病院のドアの所で待っていた。


車からボスを下ろし病院に入って行くと、先生が感心していた。


「健司君。君は犬達に本当に信頼されてるんだねぇ。

 金森のお爺さんがボス君を連れてきても、病院に入るのは嫌々なんだ

 けど、健司君の言う事は素直に聞いてるね」


「夜中にお風呂に一緒に入って、もう仲良しですから。ね? ボス」

「ヴォン」とボスも小さい声で同意した。


「あっはっは。そうか。じゃぁ僕も慣れてくれないワンちゃんとは、

 一緒にお風呂に入ればいいのかなぁ」


笠原先生は受付も何もせず、すぐに診療室に二人を入れた。

まだ受付のお姉さんも来ていない時間だからだ。


 ***


先生の診察の結果、やはり全身麻酔をして縫う必要があるとのことだった。

ただ、骨にも異常は無いし、太い筋肉が切断されているわけでもないので

傷口を縫えば、比較的早く治るだろうとのことであった。


健司は治療費の事を全く考えずに、診察をお願いしてしまっていたが、

笠原先生は、金森のお爺さんが退院したら、お爺さんに請求するから、

健司君は心配しなくていいよと言ってくれる。


本当に動物思いのいい先生である。犬達が信頼するのも良く分かる。


先生は、全身麻酔をしての処置は、宮部さんという助手の方が来てから

始めるので、ボスが麻酔から覚めて帰れるようになるお昼過ぎに、

健司のスマホに電話すると言ってくれた。


 ***


健司が家に戻ると、すでに幸子が起きて朝ご飯の準備をしていた。


午前中は大量のタオル類の洗濯をしないといけないので、あまりゆっくり

寝ていられなかったようだ。


健司は朝ご飯の後、リビングのソファーでサリーを撫でていたが、

知らないうちにうつらうつらしていた。

10時ぐらいにダイニングに置いてあった携帯電話が鳴った。


—— ボスのお迎えにはまだ早いよな ——


発信者は林田さんだった。

「はい。槇村です」


「あ、槇村さん、昨晩はお疲れさん。

 今、風見が丘総合病院から連絡が有って、金森のお爺さんは、

 朝には意識が戻って、あまり怪我もひどくないとの連絡だったよ。

 明日には退院できるらしい」


林田さんは、お爺さんがボスの事を心配していると、看護師さんから

聞いたので、槇村さんの携帯電話番号をお伝えしておいたと

健司に伝えた。


—— お爺さんが無事で良かった。ボスも喜ぶな —— 


 ***


健司と幸子は、洗濯が終わった大量のタオル類を、ウッドデッキの物干し

竿と、ありったけのハンガーを使って干す。


サリーは幸子と健司が洗濯物と格闘するのを、ウッドデッキの道路側で、

伏せて眺めながら、のんびり過ごし、散歩に来る犬達に昨晩のがけ崩れや

ボスの大活躍のことを話していた。


昼食後、幸子がサリーに話しかけている。

「サリーちゃん。私、洗濯物が乾いたら取り込まないといけないの。

 だから、まだ早い時間だけど、お散歩行く?」


サリーは、ものすごく嬉しそうな顔を幸子に向けて、尻尾を激しく振る。


「じゃぁ決まりね。支度するからちょっと待っててね」


健司は、幸子のコミュニケーション力は流石だと感心する。

まるで普通に会話をしているような感じだ。


健司も一緒に行きたかったが、ボスのお迎えの電話がかかったら、

車で笠原動物病院に行く必要があるので、家にいないといけない。


 ***


笠原先生から電話をもらい、笠原動物病院へ行く。

待合室には狂犬病の予防接種をするために、白い大型犬と飼い主が

待っているのが見えた。


受付でボスを迎えに来たことを伝えると、待合室で少し待つように

言われる。


待合室にいた飼い主は以前、自治会のお祭りの手伝いで一緒だった

島田さんの奥さんだ。犬の方は純白の大型犬だ。


「こんにちわ。おっきいワンちゃんですね。なんていう犬種なんですか」

「この子は、サモエドっていう犬です」


—— サモエド? 初めて聞く犬種だ —— 

純白の毛がフサフサしていて、耳は頭の上にぴょこんと立っており、

とてもかわいい笑顔で、健司を見ている。


「お名前は?」

「シロです」


「真っ白な毛の色ですもんね。シロちゃんこんにちわ。健司でーす」

健司はシロが言葉をちゃんと理解できるのと分かっているので、

ちゃんと挨拶した。


<<ケンジ? サリーと一緒にいる念話の聞こえる人?>>


—— 島田さんの前で、会話はまずいよな —— 

健司はシロにだけ見えるように、ウィンクした。


 ***


がっしりした体格の宮部さんという笠原先生の助手の男の人が、ボスを

連れて診察室から出て来ると、島田さんが驚いた。


「あら? 金森さんの家のボス君じゃないの?」


島田さんは、金森さんのお爺さんやボスのことを良く知っているらしい。

サモエドのシロちゃんも、ボスと仲良さそうに挨拶をしていた。


助手の宮部さんは、、健司にボスの治療の状況や、化膿止めの薬の

飲ませ方を教えてくれる。


左前脚には、傷口を舐めないようにするためのポリエチレン製のカバーが

巻かれており、宮部さんからは、傷口がふさがるまでは外さないようにとの

注意を聞いた。


 ***


車にボスを乗せて幸子に電話する。


幸子はいまサリーと東浜スーパーにおり、ボスに食べてもらえる

ドッグフードを買おうとしているとのことだった。


ドッグフードは、どれが良いのか分からず、困って、結局同じスーパー

で一緒に働いている浦木さんに教えてもらったのだという。


レジを担当している浦木さんという方も、大型犬を飼っているから、

いろいろ良く知っているとのことだった。


「ケンちゃん。病院からボスを連れて、すぐここに来れる?」

「うん行くつもりだったよ。どうして?」


「来たら分かるわ。凄いことになってるの」







次のエピソード>「第16話 大型犬サミット」へ続く

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