第16話 大型犬サミット

健司が東浜スーパーの駐車場に車を入れて、スーパーの入り口の方を

見ると、幸子の言った『大変なことになってる』の意味を一瞬で理解した。


いろんな種類の大型犬を連れた飼い主の一団が、店の前で井戸端会議を

しているのだ。幸子とサリーもその中にいた。

幸子が健司の車に気が付いて、手を振っていた。


「ブフォ!」窓からその様子を見たボスも興奮している。


ボスを後部ハッチから降ろし、一緒に大型犬の一団のほうに進む。

飼い主たちも、大型犬たちも駐車場から歩いてくる超大型犬のボスを見て

にこやかに出迎えてくれた。


幸子が状況を簡潔に説明した。

「皆さんはお爺さんとボス君とは、ドッグラン仲間なんだって。

 あ、こちら浦木さん。私の同僚で東浜スーパーで働いてるの」


幸子の話によると、浦木さんも今日はスーパーのお仕事は休みの日で、

犬の散歩がてら買い物に来ていて、たまたま幸子と会ったらしい。

大型犬を飼われていて、ボスに食べさせるドッグフードを選ぶのに

困っていた幸子にアドバイスをくれたらしい。


その時に、昨晩の災害の話をしたのだそうだ。


浦木さんが補足した。

「ここに集まったメンバーは、車で30分ほど走った所にある

 霞台ドッグパークというドッグランに良く行ってるんです。

 そこで、金森さんのお爺さんやボス君と、良くお会いするし、

 かなりお世話にるんです。

 昨晩、金森さんのお宅が大変なことになったと聞いて、

 皆に電話したらみんなびっくりして、集まって来ちゃって。

 まるで『大型犬サミット』になっちゃったの」


浦木さんは明るくて、おしゃべりだった。

それぞれの飼い主が、健司に自分と犬の紹介をした。


浦木さんの奥さん 

  (飼い犬)

  グレートデン        メス5歳 ナツコ

   背が高く筋肉質だが、比較的細身の犬だ。

   元気にパキパキ話す浦木さんとは対照的に、とても落ち着いて

   いて温和な感じ。眼をよく見ると仲間の大型犬と会えて

   嬉しそうだった。


梅本さんの奥さん 

  小柄な奥さんだがスポーツマンなのか、日に焼けている。

  (飼い犬)

  セントバーナード      オス4歳 ヨーゼフ

   アルプスの少女ハイジに出てきたのと同じ名前なので覚えやすい。

   『ハイジに出てきた子ですね』と言うと、みんなにそう言われる

   と笑っていた。


吉田さんのお爺さん 

 健司や幸子が桜見台に引っ越して来る前は、自治会の会長をして

 いた方と聞いたことがあった。金森のお爺さんと年が近く、

 ドッグラン仲間になる以前の古くからのお友達らしい。

 金森さんの家には、しょっちゅう犬を連れて遊びに行っていると

 言っていた。

  (飼い犬)

  バーニーズ・マンテンドッグ オス6歳 ゴン

    黒と白にタン色が少し入った顔の、くりくりした目の

    表情がとても可愛い犬で、ボスとも頻繁に会うので、

    かなり仲良しのようだ。


柴田さんの奥さん

 少し無口そうだがニコニコして挨拶してくれた。

  (飼い犬)

  グレート・ピレニーズ    メス2歳 レイナ

    白いふさふさの毛をして、全体的にもこもこしている。


この初対面の大型犬4頭と、ゴールデンレトリバーのサリーと、

イングリッシュ・マスティフのボスを加えた6頭が、それぞれの

匂いを嗅ぎ合って、犬達も嬉しそうにワサワサ挨拶している。


<<ボス。潰された家の中に飛び込んでお爺さんを助けたなんて、

  無茶しすぎだぜ>> 

とバーニーズマウンテンドッグのゴン。


<<爺さんが死ぬかもしれねぇと思って、夢中だったんだよ。>>

ボスが答えている。


<<でもお爺さんが、無事で良かったわね>>

グレートデンのナツコ。


<<ケンジが警察や救急車呼んでくれたからな、すぐに病院に連れてって

  もらえたんだ>>とボス。


健司にも、ボスが自分のことを言っているのは聞こえていたが、他の

飼い主たちの前で、犬達の会話に加わることはできず、単にその巨大な

6頭のワサワサした動きと挨拶に目を細めていた。


ナツコ、ゴン、ベートーベン、レイナの四頭は、ボスとの挨拶が終わると、

健司に挨拶するために順番に集まって来たので、健司は自分の手の甲の

匂いを嗅がせてから、体や頭を撫でた。


その健司の足もとで「キャン、キャン」という鳴き声が聞こえる。


<<私もいるのよ!>>

健司がハッと足元を見ると、ちっちゃなヨークシャテリアがいる。


<<みんなオッキイ子ばっかり。オッキイ、オッキイ>>

ヨークシャテリアは興奮して足元でぐるぐる回っている。


飼い主は佐々木さんという方で、大型犬の飼い主が集まっているのを

見て、井戸端会議に加わって来たようだ。


ヨークシャーテリアの名前はラミちゃんらしい。


佐々木さんは、ラミちゃんが大型犬に踏まれ無いように、抱き上げて

それぞれの大型犬と挨拶をさせていた。


  ***


健司は、皆さんが気にしている金森さんのお爺さんの状況の説明と、

今日のボスの治療の説明をしたあと、昨晩のボスが大活躍した話をする。


ボスのお爺さん救出劇を聞き終わると、ドッグラン仲間の皆さんは、

ボスに偉かったわねと、撫でたり、手を叩いて褒めたりする。

ボスのほうも大勢に褒められて嬉しそうにしていた。


「そういえば、さっき笠原動物病院でもサモエドっていう大型犬に

 会いましたよ」


「え? 島田さんとシロちゃんに会ったの? 

 そうか、家に電話したら留守だったのは、病院に注射に行ってたんだぁ」


—— そうか、島田さんとシロもドッグラン仲間だったんだな ——


浦木さんの話では、この桜見台住宅には約500戸あるが、およそ2割ぐらい

の人が犬を飼っているので、約100頭は犬がいるはずだと言っていた。

日本の平均よりもずっと、人口密度ならぬ犬口密度が高い住宅地のようだ。


そして、今日ここに集まった6頭以外にも、かなりの数の大型犬が

もいるらしい。


—— そう言えば我が家のご近所さんにも、秋田犬の小春ちゃんや、

   シベリアンハスキーのベルがいるし、ボルゾイのクララにも

   ここで会ったことが有る。 

   すごい数の大型犬がいるんだなこの住宅地 —— 


吉田さんのお爺さんは、金森のお爺さんの退院の情報が入ったら、

自分にも連絡が欲しいとのことだったので、健司は吉田さんのお爺さん

と携帯番号の交換をしておいた。


 ***


『大型犬サミット』が解散してからも、幸子は興奮していた。


「あんなにいっぱい大型犬来るなんて、すごいね」


幸子と健司はスーパーの入り口の長椅子に座り、自動販売機で飲み物を

買って休憩する。幸子は買ったばかりの買い物袋から、馬肉ジャーキーを

出して、サリーとボスに少しずつ食べさせた。


<<私、これ初めて食べる味>> サリーが嬉しそうだ。

<<爺さんが良く買ってくれるやつだ>>とボス。


健司のスマホが鳴った。発信番号は、登録していない番号だった。


「はい。槇村です」

「あ~私、金森といいます。うちのボスがお世話になっているそうで」


金森のお爺さんが、病院から電話をしてきたのだった。


ボスはここにいますと言って、スマホをボスの方に向けると、お爺さんが

ボスに呼びかけ、ボスは『ヴォン、ヴォン』と嬉しそうに応えていた。


お爺さんの話では、まだ、いろいろ精密検査をしている途中で、

退院は明日になるとのことだ。


アメリカの息子さんとも連絡が取れたらしい。息子さんはお爺さんの家が

潰れてしまったことにかなり驚いていたが、すぐには帰国できないとの

ことだそうだ。


ただ、ちょうど、がけ崩れで潰れたお爺さんの家の隣には、息子さんの家が

有るので、お爺さんには息子さんの家の鍵が、見つかるようならば、

息子さんの家に入って暮らせば良いと伝えたらしい。


明日の午後ボスを引き取りに来ると、お爺さんは言って電話を切った。

横にいた幸子に電話の概要を伝える。


「金森のお爺さんは、息子さんの家に暮らせるのね。良かったわ。

 でも、お爺さんは夜中にパジャマ姿で救急車に乗ったんでしょ?

 息子さんの家の鍵は、持ってないんじゃない?」


「そう言えば、『鍵が見つかるならば』なんて言ってたな」

「あの土砂に埋もれて潰れちゃった家の中にある鍵を探すの? 

 それって無理じゃない?」


「そうだよなぁ。どうすんのかな。

 まぁとりあえず、さっきの吉田さんに連絡しておこう」





次のエピソード>「わんこメモ 5」へ続く

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