新しい命

第30話 恵さんの出産

5月半ばになり暑い日が増えてきた。


梅子お婆さんのお見舞いに行ったあと、夕方のお散歩も済んで、

サリーはウッドデッキの道路に近い側でのんびりしている。


健司がサリーのために作った日除けの下で、直射日光を避けながら、

道を歩く人や、散歩する犬達を見るのがサリーのお気に入りの過ごし方だ。


宅配便の車が槇村家の前に停まると、サリーは目を輝かせながら、

モフモフの体を弾ませて、門へと急いだ。


 ***


健司が呼び鈴を聞いて玄関を開ける。


「お届け物でーす」


<<ケンジ。届いた届いた。早く早く>>

サリーが待ちわびた荷物を早く見たいので、門の所で健司が来るのを

待っていた。


恵さんの出産祝いをネット注文していたのが届いたのだ。


先日、梅子お婆さんに生まれる赤ちゃんは女の子の予定だと教えてもらい、

ネットで沢山のギフト商品の写真の中から、サリーが選んでくれたのだ。


サリーが健司のパソコンのモニターに表示される沢山の写真を、かぶりつく

ように眺めまわしながら選んだものだ。


選ぶのに、あまりにも一生懸命になり過ぎたサリーは、ベロを口にしまう

のも忘れていて、健司が慌てて非難させたキーボードにはよだれが

いっぱい垂れていたのだった。


サリーがどうしても実物を見たいというので、恵さんのマンションに直接

送るのではなく、槇村家に届くようにお届け先を設定していた。


 ***


健司がギフトラッピングされた荷物をサリーに見せたが、

サリーはどうしても中の品物を直接見たいという。


「しょうがないなぁ。じゃぁ開けるから、リボンや包み紙を

 よだれで汚しちゃだめだよ」

<<分かってる。分かってる>>


健司が後で包み直せるように、慎重にギフトラッピングを外している途中、

仕事を終えた幸子が帰宅した。


「ただいまぁ。まぁ。お待ちかねの荷物が届いたのね。

 来週が出産予定日よね。間に合って良かったね、サリー」


リビングの床の上で、包み紙を破らない様に慎重にテープを剥がす健司の

横で、サリーが、少し興奮しながらウロウロしているのを見て幸子も微笑んで

見ている。


「ほら、こんな可愛い箱だぞ」

ベビー用品店のなんともかわいらしい箱が包み紙から出て来る。


「クーン」「まぁ素敵な箱ね」


幸子もソファーに座って、箱の中身を見ようと待っている。

子供の出来なかった健司と幸子にとって、ベビー用品は遠い存在だったので

幸子も興味津々だ。


「じゃぁーん」

健司が箱の蓋を開けると、幸子もサリーも感嘆して目をパチクリとする。


ピンク色のベビー服には、肩に赤いリボンがついていて、

おなかの所にはワンちゃんのアップリケがついている。


「きゃぁぁ。かわゆい!」

「クーン。クーン」<<ステキ、ステキ>>


「サリーがパソコンのモニターにかじりつくようにして、一生懸命に

 選んだんだ。きっと、恵さんも赤ちゃんも気に入ってくれるよ」


「そうね。せっかく箱を開けたんだから、サリーに横に立ってもらって

 一緒の写真をとって、同封して置いたら、恵さんも喜ぶんじゃない?」


「それいいな。サっちゃんナイス!」


箱を中身が見えるように壁に立てかけて、サリーにその横でお座りして

もらう。


「サリー。ほらこっち向いて。そう」

スマホのシャッター音が聞こえると、サリーは健司駆け寄って、自分にも

写真を見せてくれとせがむ。


「どう? 良く取れてるでしょ」

<<とてもいい>>


「えーっと、写真プリント用の光沢紙がどっかにあったよな。

 ちょっと探してプリントして来るね。プレゼントによだれ垂らしちゃ

 だめだよ」

「ウォン」<<分かってる>>


幸子が箱の蓋、包み紙、リボンをダイニングテーブルの上に避難させたが、

サリーがあまりにもプレゼントのベビー服に喜んで目を細めて見ているので

壁に立てかけたままにしておいた。


しばらくして、健司がプリントアウトした写真と、他にも何かを持ってきた。


「へへぇ。A4の写真用光沢紙が有ったから印刷しちゃった。どう?」

「わぁ、サリーもお洋服も可愛いく写ってる」

「ウォーン」サリーが小声の遠吠えをして感嘆した。


「それと、送り状代わりにこれ作ってみた」

「送り状?」


健司が幸子にプリントアウトしてきた紙を見せる。

『サリーが頑張って犬泥棒をやっつけたお礼で、ギフトカードをいただいた

 ので、恵さんの赤ちゃんへのプレゼントを購入させてもらいました。』

と書いて有り、その下には大きな字で

『私がこのお洋服を選びました』と大きく書いてある。


「この下に、サリーにサイン代わりにを押してもらおうと思って」

健司が黒いインク瓶を幸子に見せた。


「きゃぁ、それ面白い。恵さんが泣いて喜びそう」


 ***


健司はサリーの前足についたインクを、濡れ雑巾で拭き取りながら、

満足げに言った。

「どうサリー。いい感じだろ?」


サリーとベビー服の写った写真と、サリーの足形サイン入りのお手紙を

床に並べた前で、サリーが行儀よくお座りをしてニコニコしている。


サリーの足形は、初めての挑戦にしてはとてもきれいに押せた。

『私がこのお洋服を選びました』という文字の下に、ちょうどいいバランスで

サリーのおっきいが可愛い肉球マークが押されている。


「インクが渇いたら、写真と一緒にプレゼントの箱に入れて、

 恵さんのマンションに郵送するからね。

 恵さんも箱を開けたらビックリするぞ。他の人には決して準備できない

 サリーならではの贈り物になったね」


<<嬉しい、ケンジ本当にありがとう>>


 ***


一週間後、健司のスマホに恵さんからのメールが届いた。


「生まれました! 元気な女の子です。

 槇村さんとサリーからのプレゼントの、素敵なお洋服を着せられる

 ようになるのが楽しみです!」


というメール文章と、添付された写真には、病院のベッドの上の恵さんと、

その横で、目を閉じて静かに寝ている赤ちゃんの写真だった。


さっそく、メールと写真をプリントアウトして、幸子とサリーに見せに行く。

二人とも赤ちゃんの可愛さに大騒ぎだった。


健司が渡した写真を、幸子がサリーに見せながら、まるで会話をしている。


「お鼻の感じは恵さんによく似てるよね」

「クーン」


「まだ、ちっちゃいからプレゼントのお洋服が着れるのは、もう少し

 経ってからになるから、『着せられるようになるのが楽しみです』って

 メールに書いてあるのよ」

「アゥーーーン」


「サリー。そんなにすぐに着て欲しいって言っても、まだこんな赤ちゃんよ。

 着るっていうよりも、包まれる感じになっちゃうからね。

 でもたぶん、あっという間に大きくなって、着れるようになるわよ」


「クォーン」


健司は二人のいつもながらの素晴らしいコミュニケーション能力を見て

笑っていた。






次のエピソード> 「第31話 ミニドッグランオープン」へ続く

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