不良少女 19
周囲をゆっくりと見渡す。
頭に血が通う感覚と一緒に、何が起きたのかを理解する。
気絶していた。それを耐Gスーツの
そして、初めて敵を撃墜した。
そして、初めて、
(―――殺した? オレが、自分の手で?)
まるで、実感が沸かなかった。
分からない。全然すっきりしない。
頭では分かっている。向日葵の命を奪った犯人は、誰かによって既に殺されているということを。石川がそう教えてくれたからだ。だから、葵がどれだけポツダム半島から来た敵を殺したとしても、それは妹の仇を討つことにはならないのだと。
―――納得が、いかなかった。
ガンガンガンガンと、金属同士がぶつかるひどく耳障りな音がした。オロスタキスが拍手をしていた。なぜか全身に泥まみれで、身体中に折れた枝が何本も引っかかっていた。
『お見事だよ、スター4。失神した瞬間は肝を冷やしたけど、見事な対応能力だね』
「だからって泥遊びかよ。余裕こいてんじゃねーぞテメー」
『いやこれ、君のせいなんだけど……』
レーダーを見る。先ほどの爆発で、後方を移動していた2機が二手に分かれていた。
『残りの2機だけれど、まだ1人でやってみる?』
「……ああ、やらせろ」
『撃ち切ったでしょ? 弾倉交換しておこうか』
『あ、それなら別の武器も使って欲しいな~。もっと色んなデータ取りたいからさ~』
ボマーズの通信を受けて、森の中から3機4機と
近付いてくると、やはり腹を立てて外装を展開する。その中には、拳銃、アサルトライフル、サブマシンガン、ショットガンにグレネードランチャーと、多種多様な銃火器が並んでいた。
ふと、とある知識を思い出した。日本では人を殺す時、包丁やナイフなどの刃物が多用される。その一方で銃社会のアメリカでは、刃物で人を殺すのは異常者の行動であるらしい、というものだ。
銃という手軽な手段があること以上に、刃物で人を殺すとその感覚が手に残る。人を殺したという実感が、より強くなる。だから銃で殺せるのであれば、わざわざ刃物など使いはしない。
―――納得が、したかった。
探してみるが、リンドウが使っているような刀も、ナイフすらも見つからない。予備のビームソードなら何本もあるが、ビームソードならS.S.S.にも銃剣の位置に付いている。
―――殺した実感が、欲しかった。
「あー、ルインキャンサーの方の格納庫に置いてあったヤツあったっすよね? 肆号機用ので」
『え? あ、あー? ひょっとしてアレ?
「そう、それ。使えんです?」
『えー? でもアレ超大型用だよー? 9Y相手にー?』
「だからっすよ。あんなデカブツをよ、ぶっつけ本番で使わせないでくださいよ。試し斬りしときてぇんすよ」
『射出は可能な状態にしてあります。スター1、どうなさいますか?』
『う~ん、そうだねぇ……』
L.L.L.は強力な武器だ。ルインキャンサーですら一撃で倒せるほどに。表情を変えないまま片手でリンドウにだけ連絡を送った。
『オッケー、許可しよう』
『スター4、受け渡しは上空になる』
『今度は気絶しないようにね~』
「はっ、わーってますよ!」
『敵機交戦まで推定30秒』
『L.L.L.、射出準備へ移行』
『20秒後にコネクション』
『L.L.L.、射出!』
指示モニターに情報が追加表示された。受け渡しの座標と高度。残り猶予時間。跳躍に最適な位置の座標。そこへ向けて、銃を捨てた肆号機が走り出す。5秒とかからず到着し、その勢いのまま跳躍した。
『……あれ? あおいっちって、まだ飛行訓練受けてなくない?』
あ、という複数の声は、葵の耳には入らなかった。
●
二度目の跳躍。今度は気絶しなかった。メインモニターの直下、
交錯するまでの残り時間は、5秒。
3秒。
2秒。
1。
L.L.L.を確保―――
反射的にペダルを踏み込む。両手の操縦桿を前に倒すと、跳躍時には使わなかったウンヨウ・スラスタが稼働した。爆発的な加速が機体を前方へと押し出し、通り過ぎたL.L.L.を追従する。
「ヤンキーが、予習しねえと思うなよ!」
マニュアルは熟読している。先ほど気絶から落下していた時とは異なり、焦りの気持ちなど微塵もなかった。実に冷静な操縦で、葵は生まれて初めて、自分の操縦だけで飛行していた。あ、さっきの五七五だったな、なんて余計なことまで考える余裕すら残っている。
L.L.L.に追いつく。軸合わせヨシ。相対速度合わせヨシ。右腕を伸ばす。戦術情報表示器が激しく明滅していた。さっさとつかめヘタクソ3度目は無いぞと発破をかけてくる。
掴んだ。
「ランサー・コネクトォ!!!」
火器管制パネルにポップアップウィンドウ。Connectedの文字。右腕と右肘のハードポイントが保持したことを示す表示。
巨大な四角柱が分解する。中から現れたのは―――全長60メートル超の、巨大な槍だった。
L.L.L.、正式名称レスト・リーサル・ランサー。
減速。そして降下。
着地予定地点から少し離れた場所からは、激しく点滅する光が見える。敵の対空射撃だ。左腕、
「あ」
『あ』
『『『『あ』』』』
着地は成功した。
槍の穂先が、敵を真っ二つに砕いていた。
無言。そして爆発音。
『ま、まぁ、まだあと1機残ってるからさ、ね?』
「……そうっすね」
L.L.L.を持ち上げた。
つまり、
まだ高負荷だ。脱落や破損の危険を知らせる
「さぁ~て、敵はぁ~、ど~こ~か~なぁ~?」
見つけた。直線距離にて150メートル地点。
左腕の盾を正面に構える。右腕を引き、穂先の先端を合わせた。
L.L.L.、プラズマ・スキン展開。槍の全体が白く光を帯びる。マガツアマツ肆号機の各部も光を帯びる。両肩の大袖型ウンヨウ・スラスタは、肩や腕ではなく、背中から伸びるアームに寄って保持されている。腕の動きには連動せず、独立して思い通りの方向へと機体を押し出してくれる。
ペダルを踏み込む。操縦桿を前へ倒す。地上を横に
―――白
頭が真っ白になった
暴力的なほどの快楽だった
出てはならない類の脳内麻薬が出ていた
喉から声にならない歓びが漏れた
あまりにも甘い、甘い―――
脳を犯す白濁が薄まってくる。けれどももう二度と忘れることは出来ない。葵はもう、数秒前の自分に戻ることは出来ない。もし男だったら射精していたに違いない。そう思えるほどの快感。
「き、ひ、ひひっ」
あぁ―――そうだ。石川は正しかった。まだ白濁の残る思考で、葵はそう思った。
「クロユリ」
あの時に名前を付けろと言われていなければ、きっともっとずっと先になっただろう。この
穂先を持ち上げる。先端には小さな箱が突き刺さっていた。コックピットブロックだ。その中からは、ブスブスと黒い煙が漏れ出ている。プラズマが、中身の死体を焼いているのだ。
月明かりの無い夜の下、まるで首級を挙げたのを見せつけるかのように、
「ああ、そうだ……手前の名前は、クロユリだ……!!」
久しぶりに、否、生まれて初めて、心の底から笑えている気がした。
「キヒ、キヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒイッヒヒヒヒヒヒヒヒヒイッヒイイヒイヒヒヒ!!!」
―――その瞬間を、葵は今でも覚えている。妹に会うためにとバイトを上がって、その途中で鳴り響いた避難警報。
警報が解除されて、はてさてどうやって
その途中で、葵は見た。見つけた。……見つけて、しまった。
乾き始めて粘着性を帯びた血だまり。
顔を背けて近付こうとしない人々。
ヘラヘラ笑いで携帯電話のカメラを向ける人間たち。
そして、その真っ赤な池の中央にいた、腰から下を失って、もうすっかり冷たくなった
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
そうだ。これは正当な行為だ。
両親を、奪われた。
家を、夢を、奪われた。
最後に残った妹までをも、奪われた。
だから今度は、星川葵が、逆に全てを奪っていいのだ。
「全員、ぶっ殺してやる……!」
涙を流している自覚も無く、笑いながら、そう思った。
黒百合。その花言葉は――――――復讐。
――――――第2話
そして、黒百合は手折られた @seinendango
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