不良少女 7


「ラプソディ・ガーディアンズ、ラプソディ・ガーディアンズ……なんか、物凄く久しぶりにその名前を聞いたような~?」


 あ、思い出した。


「売れないJ-POPバンド!」


「ハズレだ馬鹿」


「……ラプソディ・ガーディアンズは、西暦2000年に警察庁主導で設立した多国籍防衛部隊だよ」


「たこくせきぼーえーぶたい」


「日本は軍用ドール・マキナによる犯罪が世界の中でも突出して高い。何故かは分かるかい?」


「あ、ポツダム半島?」


「そう、正解だ」


 かつて大韓帝国と呼ばれていた土地は、現在は世界中から集まった様々な犯罪者たちによって実効支配されている。世界で最も治安が悪い土地として有名だ。


「……ん? あれ、警察? そういうのって、普通は軍の仕事じゃなかったですっけ?」


「うん、それも正解。けれどもそれには大きな欠点があってね」


「欠点?」


「軍を動かすためにはね、総理大臣の命令と、国会の承認が必要なんだ。つまり、即応性に著しく欠ける」


「そくおうせいにいちじるしくかける」


「なぁ、災害派遣と治安維持は知事の要請だけでいいんじゃなかったか?」


「災害派遣はそう。でも治安維持の方はまだだね。今も国会で審議中。あの分だと近々通るとは思うけど」


 石川は、敢えてその内情までは説明しなかった。つまり、妨害を繰り返していた親中政治家の大半が神の怒り事件発生でローズ・スティンガーによって殺され、生き残りと親露政治家だけでは止められなくなってきたから、ということを。


「それで、だ。軍だと初動が遅いんで、すぐに動かせる部隊を警察側で用意しよう、という話が当時出てきた。そこで試験的に作られたのが、ラプソディ・ガーディアンズ。長いんでラプガンって呼ばれたりしてたね」


「ブッピガン?」


「ピはどこから出てきたの? で、このラプガンなんだけれども、多国籍部隊ではあるものの、軍隊ではない。つまり、他国の軍から戦力を提供してもらうわけにはいかないんだ」


「そうなんですか?」


「色々と力関係がねー。米軍がバックアップにと空母を一隻用意してくれたりはしたんだけど、書類上は日本軍を経由したりして、まぁ、面倒な手続きが増えるんだよ。それじゃあラプガンを作った意味がない」


「そういや東京湾にまだ浮かんでるよな、アメ公の原子力空母。部隊はとっくに解散してんのによ。なんでだ?」


「花山院学園の敷地内にある病院に、レムナント・インダストリアルのご令嬢が入院してるんだよ。その警護でとどまってる」


「アメリカ最大の軍産複合体、そこのお姫様か。名目としちゃあ十二分だな」


「えーと、それじゃあ戦力は民間企業から集めたんですか?」


 聖技がそう言うと、石川はものすごく疲れた溜息を吐き出した。


「民間、かぁ……。民間なら、良かったんだけれどねぇ……」


「え? 何あったんです?」


「王子サマだよ」


 石川の代わりに葵が答えた。


「ドイツの皇子とか、イギリスの王子。そいつらが新型機こさえて参加してきやがったんだ」


「えぇ……? なんでぇ?」


「そう珍しくもねえよ。王族と軍が深い関係にあるのは普通だ。まぁ、日本の場合は数少ない例外の一つなんだがよ」


「はぁ。でもそんな、偉い人たちがわざわざ危ないことしなくてもいいんじゃないですか?」


「そう! その通りなんだよ! あんなことになるんなら軍と連携していた方がまだ楽だった! 毎回毎ッ回面倒ごとを起こしやがって! 挙句の果てに教皇殺しファザー・ファッカーだ!!」


 葵に胸ぐらをつかまれても温厚なままだった石川が、鬼のような形相で顔に血管を浮き上がらせていた。どうやら相当に苦労したらしい。葵がこっそりと耳打ちする。


「……そのドイツの皇子サマだけどよ、ラプガンが解散した後、ローマ教皇を暗殺して、国際指名手配犯になってる。逃走をほう助したんでイギリス王子も一緒にな」


「ホージョってなんです?」


「手助けって意味な」


「あなるほど」


 葵は一瞬悩んだ。くっつけんな、一息入れろ、とツッコミを入れるか否かを。藪をつついて蛇を出したくは無かったので、結局何も言わないことにした。


「……それで、だ」


 石川が落ち着きを取り戻したようだ。灰皿の中、タバコの吸い殻は数本増えていた。


「ドイツ皇子にイギリス王子。インド将軍の双子の息子。それに麗奈ちゃん……あーっと、ウチの獅子王閣下のことね。ラプソディ・ガーディアンズの中核となる人たちが当時は高校生でね、彼らの受け入れ先として使われたのがここ、花山院学園なんだ」


「はぁ」


「だから、花山院学園の生徒を、民間組織や警察の戦力にするという前例は既にあるんだよ」


「……何の話でしたっけ?」


「……花山院学園に入ったら軍にも入れるのか、っていう、下野さんの疑問の答え」


「……あぁ!」


「オイたぶん分かってねーぞこいつ」


「……まぁ、星川さんは理解しているでしょ? ならそれでいいよもう」


「しっかしまぁ、あの伝説的な指揮官がこんな老け顔の冴えないオッサンとはなぁ……」


 石川は、物凄く深くため息をついた。


「勘違いしてほしくないんで言っておくけれどね、別に僕は凄いわけじゃないよ。周りが優秀だったんだ。僕が隊長を任命されたのは単に都合が良かっただけ。警視庁長官の息子で、獅子王閣下の従姉弟、そして花山院学園の生徒だったからね。というわけで、君たちも是非とも優秀な人間になってくれ。僕の仕事を無駄に増やさない程度には。……さて、」


 石川はタバコの火を消すと、改めて姿勢を整えた。聖技はティースタンドへと伸ばしていた手を戻す。葵は足を組みかえる。


「星川葵、下野聖技の両名は、レムナント財閥が開発した新型ドール・マキナ、マガツアマツのテストパイロットを務めてもらう。その功績をもって特戦隊へと出向、軍属になる予定だ」


「はい先生」


 ピッと姿勢よく聖技が手を上げた。


「先生じゃないけど、何かな下野さん」


「なんで急にDBの話したんですか?」


「おいDBってなんだよ」


「え? DBって言いません? ドラゴンボール」


「いや知らねえ。いや名前は知ってるけどよ、読んだことねえ」


「えーもったいないですよー! 今度持って、ってしまった全巻地元だ……!」


 ついでに言うと全て聖技本人の物ではない。聖技の幼馴染たち、ネッケツとハカセが二人して集めたものだったし、本が置かれているのもメカマンの部屋である。


「つかなんで急にその、ドラゴンボール出てきたよ?」


「だって隊長が急にギニュー特戦隊とか言うから」


「言ってない言ってない、ギニューとか言ってない」


「おーい二人ともー? 雑談はストップしてー?」


 二人は話すのを止め、石川はコホン、と咳を入れた。


「特戦隊というのは、特殊戦技査定教導隊の略称だ。スサノオ・プランで開発された新型機の試験運用や評価をしてもらう予定の新部隊さ。……まぁ、実はまだ発足自体していないんだけれど。名前も変わるかも」


「じゃあその、特戦隊っつーのが出来次第、オレらは出向?」


「そうなるね」


「学園は?」


「もちろん通いながらで問題ない。あ、5月の大型連休は空けといてね。一足先に人型飛行免許を取りに行ってもらうから」


「階級は?」


「特務准尉。いくつかの特権がある代わりに、准尉本来の権限に色々と制限がある」


「特権と制限っつーのは?」


「うーんと、……例えばだけれど、下士官や兵士に対して指揮命令権を持たない」


「……まぁ、当たり前っちゃ当たり前だな。逆にンなもん寄越されても困るし」


「まだ詰めてる途中らしくてね、……特戦隊の発足が遅れてる一因でもあるんだけれど。あぁ、その代わり、軍の本来の命令系統からは独立した形になるよ」


「すいません、どういうコト?」


「例えば上官から命令を受けても、拒否権があるってこと」


「はぁ」


 言われている意味が聖技にはよく分からなかった。もっと図と絵と漫画とか使って説明してほしい。


 石川はまたタバコに火をつけた。深く吸って、大量の紫煙を吐き出して、


「さて、急ぎ足だったけれど一通りの説明は終わりだ。詳細はおいおいね。それでだ、星川さん。君にさっそく、重要な仕事を頼みたい」


 明らかに”重要な仕事”を頼むような態度に見えないまま、石川は持ち込んでいたファイルから大量の書類を取り出した。葵の前へと広げると、どの書類も細かい文字がびっしりと書かれている。


 嫌そうな顔をした葵を見て、石川はいやらしげにニマニマと笑った。


「み~んな大好き、楽しい楽しい書類仕事の時間だよ~」

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