不良少女 8
大人数用の三段ティースタンドに並べられていたサンドイッチにケーキにスコーン。それらは綺麗さっぱり空になっていた。そして最後に残ったミニケーキを聖技が口に放り込むのと、
「おやつ!」
そう言いながらプラムが入室したのは同時だった。
聖技はプラムを見た。
プラムは聖技を見て、ティースタンドにもう何も残って無いのを見て、もう一度聖技を見た。
「プラムの分は!?」
聖技はあっという間に咀嚼して飲み込んで口の中を空にした。
「ごめんプラムちゃん。全部食べちゃった」
本当に聖技一人で全部を食べた。葵も石川も、一つも手を付けなかった。
「ウ、ウソでしょ……? 6人分用意したってリセから聞いたわよ!?」
書類から顔を上げた葵は、ティースタンドを確認した。本当に、綺麗さっぱり残っていない。
「なぁ聖技、オレたちさっき昼飯食ったばかりだよな……?」
「あ~まだもうちょっと入りますね~」
「どうなってんだお前の胃袋」
「逆にボクはアオイ先輩の方が心配です。お昼も全然食べてなかったし。少食過ぎません? ダイエット?」
「したことねぇよオレ。する必要もなかったし。……で、」
葵はちらりとプラムを見て、再び書類に視線を戻し、数度瞬きした後、もう一度プラムを見た。今度は凝視だった。
誰だコイツと言おうとして、
「うお、デッカ……!?」
背が高い。葵は女子の中でも長身の方だが、プラムはそれより頭一つ分は高い。乳もデカいし尻もデカい。なぜか中等部用の紺のセーラー服を着ていて、サイズが合っていないのかヘソが見えている。おかげで太っているわけではないことまで見て取れる。制服の上は白衣。なんで?
「あ、アオイ先輩、この子は」
「いや待て聖技、当てて見せる!」
何よりも、強い既視感を覚えたのは顔だ。どこかで見たことがある、なんて考える必要すら無かった。この女からは感じないが、王者のごとき威圧感を放つ相手と、葵は一年前に相対している。大人びた顔立ちなのに金の髪をツインテールにしていて絶妙に似合っていない。威圧感がないのはこのミスマッチな髪型のせいだろう。
びしりとプラムを指差し、確信を持ってこう言った。
「獅子王家の隠し子だな!!」
「ハズレよバカ」
プラムはすげなく言った。
「ヒントを上げるよ、星川さん。彼女の名前はプラム・マハーラージャ」
「隊長、それ答えじゃないですか?」
「あー、インドの将軍の血縁関係か?」
「今のヒントになってないヒントで何が分かったんですか!?」
「ほら、さっきの説明でも出て来たろ。ラプガンに参加した、インドの将軍の双子の息子。そいつらがマハーラージャ兄弟って呼ばれてたんだよ」
「正解よ。プラムはプラム・マハーラージャ。アガルタで医療スタッフをしているわ」
ムフーとドヤ顔で胸を張る。張られた胸の布地は悲鳴を上げていた。「兵器開発アドバイザーだよ……」と石川が小さな声で訂正した。
「なぁ、なんでこいつ中等部の制服着てんだ?」
「そりゃあプラムちゃん、中学一年生ですし」
葵はプラムの顔を見た。次に豊満な胸を見て、スカートを持ち上げる尻を見て、再び顔に戻って髪型を見た。一応、言葉を選ぶことにした。
「……その
「なんでよ!? 確かにもうグケーたちよりプラムの方がおっきいけれど!!」
グケーって誰だよと一瞬思う。すぐに脳内で愚兄という漢字に変換された。
「なぁ、この
「そんなに似てるんです?」
「おう、クリソツ。隠し子を養子に出したとか托卵したって言われたら信じるレベルで」
「タクランって何です? お漬物?」
「う~ん、確かにレイナとは血が繋がっているって言えば繋がっているかも」
「ところでプラムちゃん、ここに来た要件は?」
会話の最中で石川は口をはさんだ。
「あ、そうだった。はいこれシュンコウ。プラムが頼まれてたヤツと、ボマーズたちから渡してって言われたヤツ」
「うん、ありがとう」
そう言ってプラムが渡したのは3冊のファイルだ。2冊は薄く、1冊は分厚い。そして、
「ニッシッシ~、ザ~ンネンだったね~。アンタの予想、大ハズレよ」
「はぁ」
気のない石川の返事に、プラムは不満げに唇を尖らせた。
「あぁ、そうだ。プラムちゃんの分のお菓子は別にとってあるってリセちゃんが。ここで食べる?」
「う~ん、いいわ。あっちで食べる。にしても、流石のセイギも3人分を平らげたわけじゃあなかったのね」
「3人?」
「え? だって6人分を用意してて、シュンコウと、アオイと、プラムの分を引いて、3人分」
全員が無言になった。プラムは石川を見る。石川と葵は聖技を見る。聖技は3人から視線を逸らす。
石川は、ゆっくりと口を開いた。
「……下野さん1人で、6人分食べたよ」
「……ねぇ、セイギの異常な食事量も診察した方がいいかな」
●
「覚悟した方がいいですよアオイ先輩。プラムちゃん、お尻の穴のしわの数まで数えますからね」
「おいおいマジかよ。とんだヤンチャガールじゃねえかよ。高貴なお嬢様方は知らねえかもしれませんがよ、ケツの穴は隠しポケットじゃあねえことですわよ」
「ちょっと、あんなことするのはセイギにだけよ」
「なんでボクだけ特別扱い!?」
「なんでも何も……」
扉が閉じると、廊下から聞こえていた姦しい声は聞こえなくなった。一週間に渡り休んでいた葵は当然ながら健康診断も受けていないので、プラムが大喜びで葵の分を今からやると言い出したのだ。
応接室に静寂が戻ってくる。ドリンクサーバーの冷却駆動音が低く小さく響く中、ライターに火が点る音が一瞬混じった。
「………………………………。酷い会話だ」
そういえば、と子供たちがいなくなったのをいいことに、遠慮なしに煙を吐き出した。ボマーズたちも石川の存在を気にせず平気で下ネタを話題にしているなぁ、と。少し前まで在籍していた花山院学園では到底考えられないことだった。
男が自分一人しかいないこの状況がそうさせるのでは、と考えたが、
(……いや、よくよく思い出してみると、彼女たちは在学中からああだったな)
淑女らしからぬ話題は環境によるものではない。単に彼女たちに品性が無いだけだアレは。石川はそう結論付けた。
そんなことよりも、と、先ほど渡されたファイル、薄い方の一つを手に取る。その内容は、
(下野さんの身体検査結果。それと追加の身辺調査結果)
まず先に目を通すのは、身体調査結果表だ。身長や体重、視力、聴力、色弱の有無。先ほど漏れ聞こえてきたケツの穴のシワの数と色。全身のホクロの位置と色と大きさ。乳首の色と直径までも書かれていたが、どう考えてもこれは調べる必要はないんじゃないかと石川は思う。
何故か色の情報だけは、全てRBG値で書かれていた。
「……………………」
プラム・マハーラージャは天才である。インド政府直属の特殊教育機関、超人学園からの留学生だ。若干6歳の頃から様々な兵器を開発しているし、インド最強のドール・マキナ、シューニャを完成させたのはわずか9歳の時だ。
天才なのだからどんな色でも脳内でRBG値に変換できるのかも知れないし、RBG値だけでどんな色なのか分かるのかも知れない。知れないのだが、あいにくと石川は普通の人間である。いや決して15歳の小娘の乳首の色を知りたいという訳ではないのだが。逆に知らなくて済むのだからRBG値でよかったのかも知れない。そんなことを石川は思う。そんなことよりも、
(プラムちゃんが調べた限りでは、ミスリル・スティグマは表出していない)
次に目を通したのは、多種多様な内容で構成された血液検査表だ。注目するのはただ一つ、血中ミスリル濃度―――正常値の、範囲内。
煙草を思いっきり吸い込む。大量の紫煙を吐き出す。
結論。
「……下野聖技は、古代マンティ人ではない」
古代マンティ人。その言葉の意味するものを、実のところ石川たちは正確には知らない。その言葉を使っていたドイツ元皇子は現在国際指名手配中で、つまりは行方不明だ。言葉から推察することは出来るのだが、
(ガーランの性格上、こういうところに罠を仕掛けてそうなんだよなぁ……)
だから、その名前を言葉通りに鵜吞みにするわけにはいかなかった。
そして石川の知る限りではわずか二名しか確認されていない古代マンティ人について、共通している特徴が3つある。
一つ目。体表部のどこかに、幾何学図形状の、赤や青といった原色のあざ―――ミスリル・スティグマが存在する。
二つ目。常人の致死量を大きく超過した血中ミスリル濃度を持つ。
三つ目。
石川たちは、こう考えていたのだ。誰も動かすことが出来ないルインキャンサーを下野聖技だけが動かせたのは、本人も知らないだけで、古代マンティ人の有する超能力によるものではないだろうか、と。
―――ニッシッシ~、ザ~ンネンだったね~。アンタの予想、大ハズレよ。
「あー、だーからプラムちゃん機嫌が良かったのか」
多分、聖技がモルモットにされなくて済むのだと判明したからだろう。
だが―――
「……結局、どうして下野さんがルインキャンサーを動かせるのか、分からないままなんだよなぁ」
残念ながらプラムの希望は叶いそうにない。下野聖技は、未だに研究対象のままだ。あの少女を悲しませずにどうやってこの事実を伝えるか。石川はしばし頭を悩ませることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます