不良少女 9


 妙案、浮かばず。


 新しいタバコに火を付けながら、ボマーズたちにも相談するかと石川は思った。


(3人ならぬ4人寄れば―――いや駄目だな。あいつらにデリカシーを期待する方が間違ってる。まだ僕1人で考えた方がマシか)


 考えるのは後回しにして、次の書類に目を通した。追加で調査させた、聖技の身辺調査資料だ。


 聖技を花山院学園に迎えるにあたり、事前に身辺調査は行われている。だが当時は聖技がルインキャンサーを動かせることはまだ判明しておらず、追加で調査する必要が生まれたのだ。聖技の生い立ちの中に、その要因があるかも知れない、と。聖技が古代マンティ人ではないことが判明した今、念のためにと指示しておいたのは正解だった。


 最初の項目には、こう書かれていた。



・下野聖技は小学四年生の時、山の中に生えていた毒キノコを生食して死にかけたことがある



「………………………………」


 一度、書類から目を離した。肺の中が一杯になるまで息を吸い、虚ろな目をしながら盛大に煙を吐き出す。


 確かに追加調査は必要だが、もしかしてこのレベルの内容がこれから続くのだろうか。そう思うと頭が痛くなりそうだった。


 気を取り直し、詳細を確認する。


 なんでも聖技の育った町にある山には、松茸が生えるらしい。そして山の地主の孫を含めた友人たち4人で松茸狩りをしていた聖技は、そこで発見したキノコを、もちろんどう見ても松茸ではないキノコを、……一人だけ、生食したというのだ。


 山菜採りならそういうこともあるのかもしれないと石川は思う。それでもキノコを生食するのはないとも石川は思う。


 ふと、石川は恐ろしい可能性に気が付いた。


(もしかして、もしかしてだけど、この毒キノコを食べたことでルインキャンサーを動かせるようになったのでは……!?)


 どうやって検証しよう。死刑囚でも連れてきて、同じ毒キノコを食わせて死ななければルインキャンサーに乗せてみようか。いや駄目だと石川は思い直す。仮にこれが正解だった場合、間違いなくルインキャンサーを奪取されてしまう。


 う~~~~ん、と煙草一本分を吸う時間をかけた石川は、ものすごく馬鹿なことを考えていたことに気付いた。別に犯罪者に試さなくたって、この毒キノコを食べて生き残った一般人を使って試せばいいのだ、と。


 とりあえず、可能性がわずかでもあるのなら、と。どうしようもなくなった時の手段の一つとして、頭の隅に記憶しておくことにした。


 それにしても、


(小学生の頃の話だし、高校生にもなった今、流石にそんなことをするはずが)


 瞬間、石川の脳裏を駆ける、下野聖技一味の様々な問題行動の記録―――。


 監視を増やそう。そう思った。帰り道になんかいい感じの棒を拾って帰ったとかいう訳の分からない報告が先週あったし。


「いや監視じゃなかった。護衛だ護衛」


 いや待てよ、と石川は思い直す。


(たしか、星川さんが所属している研究室は植物関係のところだったはず)


 研究室の名前は忘れたが、研究内容は覚えている。生花の長期保存に関する研究をしていたはずだ。


 聖技ならともかく葵であれば落ちているもの、もといその辺りに生えているキノコを拾い食い・・・・してはいけないという常識はあるだろう。


 葵に聖技の面倒を見させよう。石川はそう決めた。


 さらに書類を読み進めていく。小学一年生から中学三年生までの50メートル走の記録に、学校の体育を生理で休んだことがないという記録。初めてプールで25メートルを泳ぎ切ったのは小学1年生の7月6日の授業の時。全然関係なさそうな情報が次々と並ぶ。


(これは関係なさそうだな。これも、これも。これは、えーっと、何々?)



・下野聖技の一人称が”ぼく”なのは、祖母の一人称に影響を受けたからと考えられる



 なんでも、聖技は祖母に大層懐いていたらしく、その祖母の一人称も”ぼく”だったらしい。


 これもハズレみたいだなぁ。そう思いながらも、一応は詳細に目を通す。そもそも何故祖母の一人称が”ぼく”であるのか、それは祖母の夫、つまり聖技の祖父に影響を受けた可能性が高く、そして聖技の祖母は、旧ソ連にて人体実験を受けていた可能性がある。


「……ん!?」


 ハズレだ、と思っていた情報が、イレギュラーバウンドを起こした。


(旧ソ連の人体実験……直訳すると”強化人間”って名前だったっけ? アメリカの人工ディーン・ドライバーといい、名前や目的は違っても、どっちもやってることは大差ないなぁ)


 まず、聖技の曾祖父は軍医だった。このことは石川もすでに知っている。入学前の身辺調査で得られた情報だからだ。


 彼は第二次世界大戦時に旧ソ連への遠征任務に同行し、その時に旧ソ連施設から脱出したと思われる東洋人の少女を保護している。


 保護された少女は当時、日本語を習得していなかった。そして、この少女に言葉を教えたのが、他でもない軍医の息子―――つまり、聖技の祖父であったらしい。


(……毎度のことながらだけど、調査員たちはいったいどうやってこういう情報を集めてくるんだろう?)


 別のことも気になり始めたが、石川は自らの疑問に蓋をした。


 それで、と更に読み進めようとしたが、記述されていたのは既知の情報だった。


「……祖母本人は、8年前に亡くなっている。これ以上の情報は現在調査中、か」


 祖父が没しているのはそれよりもさらに前だし、少女を保護した張本人、曾祖父については言うまでもない。


「やれやれ、上手くいかないものだね。イタコみたいな、幽霊と話せるようになるマンティでもいれば―――」


 自分で言っておきながら、石川はその言葉に苦笑した。確信する。仮にそんな存在がいたとしたら、きっとろくなことにはならないと。


 とりあえず、石川は後で旧日本軍の情報を当たってみることにした。とは言え、当時の記録はポツダム動乱の影響で多くが失われていると聞く。あまり期待はできないというのが、正直な感想だった。


   ●


 残りの調査結果を確認し終わった。結局、有力な手掛かりは他に得られなかった。今回の成果は毒キノコと祖母の2つのみだ。物凄く無駄な時間を過ごした気もする。机の上の灰皿はとっくに満杯になっていた。リセが交換しに来るかと思ったが、


「あー、この時間だと、晩御飯の準備中かな」


 聖技がとんでもない量を食うので、さぞかし腕の振るいがいがあるのだろう。しょうがないな、と満杯になっている灰皿に、石川はさらに吸い殻を追加した。


「さて、お次はっと。これは、星川さんが今朝方に起こした暴行事件の報告書か」


 聖技に突撃インタビューを敢行し、葵に制裁された二人組はどちらも全治半年の怪我、更にはポツダム半島への潜入インタビューを命じられたらしい。これは事実上の死刑宣告だ。ポツダム半島には多くの国がスパイを送り込んでいるが、生きて帰ってくることはほとんどない。彼らを雇っていたマヌケな飼い主からの、レムナント財閥に歯向かうつもりは毛頭ないというメッセージでもあるのだろう。


 そもそもとして、星川葵という少女が、このような暴行事件を起こすということ自体が中々に信じ難いことでもあった。一週間前に葵の妹が殺される事件が起きていなければ、だが。


 聖技同様に、葵ももちろん入学前から身辺調査は行われている。


 外見や言動は不良そのもの。その一方で、生活態度はヤンキーとは到底言い難い。学校は無遅刻無欠席だし、授業態度も非常に真面目。赤点を取るどころか、定期考査では学年総合一位の常連と成績も優秀。喧嘩をしたこともなければ、警察に補導されたこともない。地域のボランティア活動などにも積極的に参加している。重い荷物を持ったご老人がいれば手を貸し、捨てられた犬猫がいれば飼い主探しに東奔西走。違法行為をした痕跡は一つもない。髪を金髪に染めるという校則違反を除いて、ではあるが。


 それらの結果から石川が葵に抱いた印象は、―――ファッションヤンキー。


 あの金髪や言動は、おそらくは弱者を喰いものにするような連中から身を守るための策なのだろう。実際、両親を殺され家を失うまでの葵の将来の夢は『お花屋さん』という、実にかわいらしいものだったらしい。


 ドール・マキナ・マーシャルアーツに選手登録すれば、実質的に軍から保護されたのと同じ状況になる。だが、登録できるのは中学生になってからだ。


(……もしも、もしも両親が殺されたのが小学生ではなく中学生の頃だったら、星川さんは髪を金髪に染めることも無く、粗野な言葉遣いをすることもなく、妹さんによく似た清楚系の、花をこよなく愛する少女のまま選手登録をしていたのかもしれない)


 そんな馬鹿馬鹿しいことを考えた。それと同時に、頭の痛くなるもう一つの問題を思い出した。


「にしても、よりにもよってあの店でバイトを始めるかね……。どうにか気付かないままでいて欲しいものだけれど」


 たぶん、無理だろう。石川はそう思う。だからといって変に隠すのも逆効果だ。そんなことをすればここに何かありますよと言っているようなもので、観察眼に優れた葵なら確実に気付く。そうなれば、葵は石川たちにも不信感を持つだろう。


 あと2年。たったの2年でいいのだ。彼女が学園を卒業し、この土地を離れるまで、どうか気付くことがありませんように。石川はそう願うことくらいしか出来ない。


「あぁーやだやだ。真面目な子ほど損をする。クソったれな世界だよ全く」


 ともあれ、葵のことは喫緊の課題だった。それこそルインキャンサーに匹敵するほどの。


 暴行された二人が死んでいないのは単に運が良かっただけ。今でこそ敵意はポツダム半島からやってくる犯罪者に向いているようだが、これが葵本人や花山院学園の生徒にいつ向かってもおかしくはない。温厚な羊であったとしても、飢えれば相応に狂暴になる。


「早めに飴を与えてやらなきゃなぁ。いや、羊の場合は塩? まぁどちらでもいいか。……となるとやっぱり、星川さんも参加させるべき、か……」


 一番最後の書類を確認する。それは、作戦計画書だった。以前より打ち合わせを重ねていた、アストラが出撃しなければならない作戦任務だ。


 変更点にはルインキャンサーの出撃を求める旨。右上には今日の日付である2004年4月12日。そして書類の中央付近には、こう書かれていた。



 ―――決行予定日、2004年4月19日



   ●


「シュンコウ! アオイが睡眠不足と栄養失調でぶっ倒れたわ!」


「やっぱり出撃は見送るかなぁ~」

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