悪を滅ぼす者 19
「……で、話の続きしていいかな?」
「こ、この流れでまだ続けるんですか……!?」
痛みで息を荒らしながら、聖技は石川に抗議の声を上げた。
「続けないと終わんないよ。で、えーと、どこまで話したんだっけ?」
「まだなんも話してないわよ。アンタとルキの紹介しただけじゃない」
「……そうだったね。さっさと片付けようか。ボマーズ」
パチン、と石川が指を弾くと、巨大なモニターの表示が切り替わった。
薄暗い格納庫の中、複数のライトに照らされて、一機のドール・マキナが映っている。
その瞬間、聖技は目を見開いた。聖技はその機体を知っている。知らないはずがない。だって、画面に映っていたのは、
「ルイン、キャンサー……」
が、
「……なんで、四つん這いのままなんです?」
聖技が乗り捨てた時の姿勢、そのままだった。
もうちょっと、こう、なんというか、かっこいい登場のさせ方をさせてもいいんじゃないだろうかと、こんな状況であるにもかかわらず、聖技はそう思ってしまう。そのくらい情けない姿だった。
「いい質問だね、下野さん。石川ポイントを1点あげよう」
「スイマセンいらないです。知らない人から物貰うなって親に言われてるんで」
「連れないねえ。ルインキャンサーがあの状態なのは簡単さ。
「…………え?」
「未完成機なんだ。完成前に開発者が死んで、いや、殺されたんだ。テストパイロットとかも同じくね」
石川は一息入れた。煙草を吸って煙を吐き出し、実に面倒くさそうに続きを話す。
「”ルインドライブ”。ルインキャンサーに搭載された新型動力。なんでもマリウス・ジェネレーターをも超える代物らしい。ルインキャンサーを調査して、このルインドライブを解析なり複製なり出来るようにするのが、僕たちアストラの仕事の一つだ」
そりゃそうだろうな、と聖技は思う。
マリウス・ジェネレーターは、世界最高のドール・マキナ用動力と評される装置だ。このマリウス・ジェネレーターによって、マリウス教は世界最大の宗教となった、というのは聖技でも知っている。
そして、マリウス・ジェネレーターの製法は、3年前に起きた神の鉄槌戦争、ヨーロッパ全土を巻き込んだ戦争の中で失われてしまったということも。
だから、マリウス・ジェネレーターに変わる新たな動力が必要とされるのは明らかだった。
「……が、困ったことにね、誰も動かせなかったんだよ。ルインドライブすら動かない。メンテナンスモードにも出来ないから、下手に解体するわけにもいかない。下野さん、君はどうやってルインキャンサーを動かしたんだい?」
「そう言われても……。勝手に起動してたんですけど」
「うーん、地上の戦闘を検知して自動起動したとかなのかなぁ……。あ、そうそう。君の嘔吐物も掃除しといたから」
「あー、それはなんというか、その、ご迷惑をおかけしました……。ていうかソレわざわざ言う必要あります!?」
下段から噴き出す声が聞こえた。
「ちょっとイッシー! 女の子のゲロの話するなんてデリカシーなくなーい?」
女の声だ。妙にくぐもって聞こえた。
「君たちにデリカシーの話はされたくはないなぁ……」
「あたしらデリカシーはないけどデカシリーはあるからね! あっはっは!」
下段からいくつもの品の無い笑い声が聞こえて、石川が「そういうところだよ……」と返事をして、深々とした溜め息を吐いた。
「うちのボマーズが下品で申し訳ない……。あー、ボマーズっていうのは、アストラのメカニックチームのことだよ。人手不足なんでオペレーターも兼任させてるけど、本業はメカニック」
「はぁ……」
「……さて、下野聖技さん。僕たちからの要求には、もう見当がついているだろう」
石川が立ち上がる。酷く疲れた目で、すっかり隈が浮かんだ目で、絶望の闇の中にようやく表れた唯一の希望の光を見る目で、聖技を見下ろしながら、こう言った。
「……アストラに入隊して、ルインキャンサーの解析に協力してもらいたい」
もう駄目だ。もう限界だった。意を決して聖技は手を挙げる。何かな、という視線を石川が向けたので口を開く。
「……あの、おしっこ漏れそうです」
だって仕方が無いじゃないか。保健室で目を覚ました後、トイレにも寄らずに来たんだから。
●
トイレに案内された。洋式トイレだ。やっぱりお金を持ってる学校は違うな、と聖技は思う。聖技が通っていた小学校も中学校も、女子トイレは全部和式だったのだ。実は例外が一つだけあって、職員室に一番近くて生徒の使用は禁止されていて学校で一番綺麗なトイレだけが洋式だった。大人って汚い。聖技を始め学校中の生徒がそう思っていた。
ケツ丸出しになって便座に座る。出るわ出るわ猛烈な勢い。人生で一番大量に出てるんじゃないかとまで思う。滝尿。
(さて、と……)
どうにか手に入れた一人だけの時間で、尻を丸出しにしたままで、聖技は考えを巡らせる。
(アストラって……宇宙とか、星の、って意味の英語だっけ)
思う。自分はこのまま、このアストラとかいう謎の組織に協力して良いものなのだろうか、と。
(レムナント財閥って、たしか学園の運営してるグループだよね)
だったら学園の地下にレムナント財閥の秘密基地があることは、何もおかしくは、おかしくは……、
(いやおかしいでしょどう考えても)
なんで学び舎の地下に基地があんだよ。
それ以外だと、高性能バッテリーメーカーとして有名だ。例えば、DMMAで使用される競技機のバッテリー動力は、このレムナント財閥製なのは聖技でも知っている。
そして、それ以上に聖技がよく知っているのは、もう一つの顔の方だ。つまりは父親の仕事でもある、医療分野。ミスリルを利用することで、元の手足と同じように、思い通りに動かせる機械義肢、ミスリル・リムス。このミスリル・リムスにおいて、世界最大手を誇るのがレムナント財閥だ。
(で、そのレムナント財閥が管理しているルインキャンサーを動かすために、レムナント財閥が運営している学校に、ボクは入学させられた。……ん?)
いや、それはおかしい。だって順番が逆だ。聖技がルインキャンサーに乗ることになったのは、花山院学園に入学することになったからだ。だから、ルインキャンサーとは別に、何か別の理由があるはずなのだ。
(スサノオ・プラン絡みとか?)
駅から学園に向かうまでの道中、麒麟が教えてくれた話を思い出す。花山院学園に多くの留学生がいるのは、スサノオ・プランで募集した外国人技術者たちの子供を受け入れているからだ、と。レムナント財閥はスサノオ・プランと関係があるのは間違いない。
(うーん、分かんないな。あとで聞いてみよう)
小便はもうとっくに止まっている。けれども便座に座ったまま、ケツを丸出しにしたままで、聖技はなおも考える。
思う。
アストラに参加したら、昨日みたいに、また戦うことになるのだろうか、と。
(それは、まぁ、別に、
だってそうじゃないか。DMMAをやっていたのだ。花山院学園に入らなければ、軍事高等学校に進学して、その後は軍に入隊するか士官大学に進んで、いずれは本当に戦闘用ドール・マキナに乗って戦場に出る日が来たはずなのだ。その予定が、何年か早まっただけだ。
(今度は、ためらわない。グズグズしていて、また誰かを死なせるのは、もう御免だ)
自分が人でなしだとは、思いたくなかった。
戦う力があるのだから、戦う力を持たない人たちを守るべきなのだと、そう思った。
戦う覚悟なんて、もう昨日のうちに決めているのだ。
(だから、ヒマワリちゃん。ボクは、行くよ)
アストラに、参加しよう。
そして、聖技は最後に思う。あんまり長いことこうしていると、ひょっとしてウンコしてんじゃねーのアイツ、と思われるんじゃないか、と。
そろそろ出よう。トイレットペーパーを取ろうとして、気付いた。
壁に、変なパネルが取り付けられていた。パネルには『大』とか『小』とか、『強』とか『弱』とか、『おしり』とか『ビデ』とか『止』とかが書かれたボタンが付いている。
(なんだろ、これ。まさか基地の自爆ボタンとか?)
それこそまさかだ。そんなものがあるんだったら聖技をこのトイレに案内したりはしないだろう。なんだか無性に気になった。ボタンがあればとりあえず押してみたくなる。知的好奇心に満ちた悪ガキの本性が呼び覚まされる。
押してみよう。そう心の中で思った時には、既に行動は終わっていた。
ウィーンと、何処からか何かが動く音がする。
一体何が起きるんだろうとちょっとワクワクする。
きょろきょろとトイレの中を見回すが、何か変わったところは見当たらない。
奇襲だった。無防備な尻へ、最大出力によるピンポイント攻撃。悲鳴を上げて飛び上がった。
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