悪を滅ぼす者 18


 中に入って最初に目に入ったのは、壁一面に設置された巨大なモニター画面だった。


 出入口からは上下に段差が分かれている。下の段に並んでいるコンソールには、4人のオペレーターが座っているのが見える。オペレーションに必要なのか、4人とも顔に何かをかぶっているようだ。こちらを向いていないので、それが何かまでは分からなかった。


 プラムは「連れて来たわよー」と言いながら上段側へと進み、聖技もその後を追う。と、知った人がそこにいた。


 長い黒髪のポニーテール。切れ目の美人顔にすらりとした肢体。そして、腰に差された一振りの日本刀。花山院学園生徒会長、東郷とうごう麒麟きりん。けれども聖技の知る花山院学園高等部のブレザーではなく、見たこともない制服に身を包んでいる。


「会長!? え、なんですかその恰好!?」


「おお、下野しもつけ。どうだ、似合うだろう? もう起きて平気なのか?」


「プラムが診た感じでは大丈夫よ。それよりキリン、あんたセイギに”手続き”のこと言ってなかったでしょ」


「……はっ、しまった! 私としたことが!」


「なーにが『私としたことが』よ、このうっかりサムライ」


「……うっかり侍はよせ、プラム。私にも一応、生徒会長という立場があってだな」


「はいはい。それよりあの馬鹿は?」


「リセが今呼びに行っている。まもなく来るだろう」


「あの、会長? プラムちゃん?」


「ん?」


「なんだ、下野?」


「ここ、何?」


「何って、さっき教えたじゃない。もう忘れたの? 地下秘密基地、アガルタよ」


「いやそうじゃなくって!? なんで学園の地下に秘密基地があるの!? あとなんで生徒会長までここにいるの!? なんでボクここに呼ばれたの!? 誰か説明してくれよぉ!?」


 もう訳が分からなかった。昨日からテロに巻き込まれて、戦闘に乗り込んで、ションベンを漏らして、


 ―――あー、うち、DMMA部ないよー。


 早乙女に、そう言われたことを思い出す。



「なんでボク、この学園に入学させられたの?」



 最大の疑問。全ての始まりは、そこにあるのではないかと聖技は思う。


「―――そりゃあもちろん説明するよ。そのために、こんな場所まで来てもらったんだからね」


 声は、奥の方から聞こえた。麒麟とプラムが立つ場所よりも先から、どことなく疲れを感じさせる男の声だった。


 足音が近づてくる。現れたのは、すっかり擦り切れた雰囲気の男だ。もう何ヶ月も家に帰らず会社に泊まり込みで生活し続けてきたサラリーマンのような、ぼさぼさの髪に無精ひげを生やした、目元にはひどい隈が浮かび、頬は痩せこけた、顔色の悪い男だった。くたびれたスーツがよく似合いそうだったが、着ているのは麒麟と同じ意匠の制服だ。のりが利いていて、その荒んだ風貌とは全く一致していない。


 そして、その男以上に目を引くのは、男の後ろに控える少女らしき人物だ。黒いおかっぱ頭で服は割烹着。頭には白い三角形型のデバイスが二つ。何よりも視線を吸い寄せるのは、その顔だ。白の狐面で顔を隠している。頭のデバイスはまるで獣耳のようにも見えてくる。


「やぁやぁ久しぶりだね、下野さん。僕の事、覚えてるかな?」


 男は司令官席の椅子に腰を下ろす。そのままノータイムで煙草に火をつける。久しぶり、と言われて聖技は思い出した。母校の中学で起きた、真っ昼間からの幽霊騒ぎのことを。そうだ、間違いない。三者面談ならぬ五者面談。聖技と父親と大森と防衛大臣と、そして花山院学園から来たという、


「面接官の、幽霊おじさん……?」


 プラムが噴き出した。いや、プラムだけではない。下段に座るオペレーターたちだろう、クスクスという笑い声が下から聞こえる。


「ほらーそこー笑うなー。まったくもう。……覚えてくれていたようで何よりだよ」


 男は疲れた笑みを浮かべ、紫煙を吐き出すと、吸い殻が山盛りになった灰皿に灰を落とす。


「改めて、自己紹介をしよう。僕は石川いしかわ春光しゅんこう。レムナント財閥ドール・マキナ開発部実働部隊、通称”アストラ”。その小隊長さ」


 現実感がまるでない。夢でも見ているんじゃないか、と聖技は思う。


 学園の地下に存在する秘密基地。


 聞いたことも無いドール・マキナ実働部隊。


 大人にしか見えない医師免許を持っている美少女中学生。


 刀を持ち歩き学園最強を名乗る生徒会長。


 学園の周りを警備する90式戦車。


 他に乗客がいない専用線の電車。


 その時、どこからか音も無く、司令官席の机の上に何かが飛び乗った。黒猫だ。そして、


「にゃ。吾輩はルキであるにゃ。よろしくにゃ、新入り」


 猫が、喋った。


 猫が喋るはずがない。つまり、そうか。宇宙の全てが……うん、わかってきたぞ……ははは……。


「やっぱり夢かぁ……」


 一体いつから夢だったんだろう。


 保健室で、目が覚めたところから?


 教室で早乙女の隣に座ってウトウトしていたところから?


 電車の中で寝落ちしたところから?


 それとももしかして、自分の部屋のベッドの上で、実はまだ眠っているのかも知れない。


「早く起きないと入学式に遅刻しちゃうぅぅ~~~」


 頭を抱えてその場でグネグネと身もだえる。夢って一体どうやったら起きれるんだっけ。寝つきが良すぎる自分の体質が今ばかりは恨めしい。


「落ち着け下野。これは現実だ」


「夢に決まってるじゃないですかだって猫が喋ってるんですよ!!? それとも何ですか! プラムちゃんは月のプリンセスの生まれ変わりだとでも言うんですか!? だからセーラー服着てるんですか!?」


「何を言っとるんだ貴様は……?」


「なんでプラムも巻き込まれたの? ……まぁ、セイギが混乱するのも分かるけどね。プラムもルキが初めて喋った時、夢か集団幻覚かって思ったもん。それでもうすっごい大騒ぎになったし」


「あー、下野さん。マンティ、って言って分かるかな?」


 石川からの問いかけに、聖技は荒れた息のまま答えた。


「マンティって、ローズ・スティンガーのこと?」


 石川はゆっくりと首を横に振った。


「確かにローズ・スティンガーはマンティの一種だけどね。そうではない。いわゆるのことさ」


「あ、あー。なんか、授業で習った、ような……?」


 嘘だ。見栄を張った。実は全く覚えていない。


「実は全く覚えていないって顔だね」


「アッハイ、その通りですスイマセン……」


「別にいいさ。基本的にアメリカにしか生息していない生物だからね、マンティは。ローズ・スティンガーと、このルキは例外だけれども」


 石川はまだ残っている煙草を灰皿で押し消して、机の上にいるルキを掴み上げた。


「ニャ、クルペッコ」


 謎の言葉を発し、ルキと呼ばれた黒猫っぽい姿をした謎の生き物は、大人しく石川に持ち上げられている。そうしていると普通の猫にしか見えない。わきの下を持たれて、身体を長く伸ばしている。


「長く生きたマンティは、特殊な能力を獲得することがあるのさ。例えばだけれど、聞いたことはないかな? ローズ・スティンガーは、人の姿に変形するって」


「あ、はい。それはあります」


「僕の知る限りだと、ほぼ完璧なステルス能力を獲得したマンティもいる。ルキの場合は見ての、いや、聞いての通りさ。人の言葉を発する能力を獲得した、というわけだ。リセちゃーん」


 リセと呼ばれたキツネ面の人物が石川に近付くと、石川はリセにルキを預けた。腕の中にルキを抱いたまま、リセは背を向けて去っていく。ちょっと触ってみたいと聖技は思っていたが、残念ながら今回はお預けらしい。


「ちなみにあの猫、少なくとも300年は生きてるわよ」


「さんっ……!?」


 プラムの言葉に聖技は目を見開いた。


(300年前って何だっけ。戦国時代?)


「さて、下野さん。これで夢ではないと、分かってもらえたかな?」


「いや全然。不思議のアリスかよ。お次はタキシードの不審者ウサギ?」


「あー、……プラムちゃん。なんかいい方法ない?」


「知らないわよ。キリン、アンタつねってやったら?」


「ふむ」


 麒麟が一瞬で聖技の後ろに移動した。そのまま腕を掴み、捻りながら、背中側に回して、


「イダダダダダダダダダッ!? 極まってる極まってる!! これつねるって言わないつねるって言わない!!!」


「ん!? 間違ったかな?」


 解放された。


「全然違いますよ!!!」


 半泣きになりながら抗議すると、石川は再び煙草に火をつけ、煙を吐き出し、聖技を見ながらこう言った。


「……で、下野さん。これで夢じゃないって、分かってもらえた?」


「あーもー分かりましたよ! 夢じゃないですよ夢じゃ! だからちょっと会長また腕掴むのやめてくださいって待って待って待ってあいったぁああああーーー!!!!??」

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