悪を滅ぼす者 4
「……まぁ、おっこっちゃったもんはしょうがない」
痛みに耐えながら腕時計を確認する。完全な暗闇の中では何も見えず、無意識にバックライト機能のボタンを押そうとして気付く。いつもの場所に、ボタンの感触が無い。壊れたかな、と思ったが、
「あ、そうだった。これお母さんの方のだ」
聖技が今身に着けている女物の腕時計は、母親からの誕生日プレゼントだ。そして聖技はこの他に、もう一つ腕時計を持っている。
ゴツくてデカくて黒色でバックライト機能がついた、ゾウが踏んでも壊れないことで有名な、男物の腕時計だ。聖技の男友達の1人、ネッケツがプレゼントしてくれたものだった。聖技がもっぱら普段使いしているのはそちらである。
あるのだが、聖技とネッケツは中学の卒業式の日にケンカ別れしてしまい、それからまだ仲直りもしていなくて、だから今日も、その腕時計を使う気にはなれなかったのだ。
(……変な意地張らなきゃよかった。ネッケツのやつだけ全然連絡してこないしさー。どうせハカセかメカマンからケータイの番号聞き出してるくせに)
町長の孫のハカセと、家が大地主のメカマン。どちらもネッケツ同様、聖技の男友達だ。地元では名の知れた悪ガキ四人組で、行動力と権力と財力と技術力が揃っていると悪名高い一団である。
「……あ! そうだケータイ!」
携帯電話なら時計の機能がついているし、バックライト機能だってもちろんある。ガバリと起き上がり携帯電話を取り出そうとズボンのポケットに手を突っ込み、
「ハハハハハ! 文明の利器の勝利だよネッケツくん! これに懲りたらさっさと電話してきてボクに謝って」
ポケットには、携帯電話が無かった。
「――――――、は?」
血の気が引いたのが、自分でもはっきりと分かった。
「え、あれ? ケータイ、べつのとこになおしちゃったかな?」
痛みも忘れて立ち上がり、別のポケットを確認する。ズボンの逆側。ズボンの尻側。パーカーの左右。
「あー、そっかそっか。きっとバッグの中に入れちゃったんだ」
ウエストポーチを小さく開き、中身がこぼれないように慎重に中に手を突っ込む。暗闇の中、脳外科の手術でもしているかのような慎重な手つきで中身を確認していく。
もう何年も使っている、マジックテープの財布。
数日前から住み始めたマンションの鍵と、遠く離れた実家の鍵と、長崎修学旅行の時に買ったキーホルダー。
入学式を明日に控えた、花山院学園の学生手帳。
「……………………ウソ」
思わず漏れた声は、自分が出したとは思えない程に冷たかった。
辺りを見渡すが、自分の体の輪郭すら見えない程に闇は深い。上から漏れる小さな光は、電池切れ寸前の懐中電灯の方がまだ明るいだろう。
それでも諦められるはずが無い。聖技はその場で四つん這いになって、腕を大きく振りながら探し始めた。
聖技がこうまで必死になるのは、携帯電話が大切だから、だけではない。というより携帯電話自体はどうでもいいとまで思っている。実家や友達の家の電話番号は覚えているし、いざとなったら公衆電話でも使えばいい。
聖技が大切にしているのは、携帯電話に付けていた”友情ストラップ”だ。
●
友情ストラップ。それは世界に4つしかない、聖技とネッケツとハカセとメカマン、一人の少女と三人の少年の、性別を超えた友情の証である。
今から5年前の事。1999年は7の月。世間ではノストラダムスの大予言が連日のように話題になっていた当時、聖技の住んでいた町では、町おこしとしてあるイベントが開催された。
UFOを呼ぶ、というイベントだった。
そのイベントの中心にいたのが、何を隠そう聖技たち悪ガキ四人組である。
「もしかしたら、恐怖の大王というのは宇宙人かもしれない」
その年の春休み、知的好奇心溢れる少年は伊達メガネをクイッと押し上げながらそんなことを至極真面目な顔でつぶやき、続いてネッケツが、「よし、じゃあUFO呼ぼうぜ」と言い出した。
その一週間後、町おこしの開催が告知された。
ハカセは当時から町長の孫であり、その孫を目に入れても痛くないと日頃公言するジジイを
聖技たちは片っ端から国際電話をして、ついにはアメリカから有名なチャネラーを呼ぶことにも成功した。
メカマン家の私有山でキャンプをして、数日掛かりで巨大なミステリーサークルを作ったりもした。
そしてついに迎えたイベントの日、小学校の校庭で、キャンプファイヤーを中心に、大人も子供も手をつないで輪になって
ベントラー ベントラー スペースピープル
ベントラー ベントラー スペースピープル
ベントラー ベントラー スペースピープル
ベントラー ベントラー スペースピープル
結局、どれだけベントラーしてもUFOが現れることはなかった。けれどもあの時の楽しさは、5年が経った今でも、まるで昨日のことのように思い出せる。
そして全部が終わった頃に、メカマンが、無口で職人気質な少年が、しれっと作ってくれていたのだ。四人でこっそり作ったミステリーサークルと、UFOの形を模したアクセサリーが付いたストラップを。
ネッケツ、ハカセ、メカマン、そして聖技。小学校の頃からの腐れ縁。中学では一緒の部活で、ついには全国大会での優勝を果たした、悪友四人組だけの、世界に4つしかない宝物。
それが、友情ストラップである。
●
その宝物のストラップを、聖技は携帯電話に付けていたのだ。携帯電話そのものよりも、ストラップの方が何百倍も大切だった。
そして、勢いよく振った聖技の手に、あるものが触れた。
「あい゛っだぁ!!?」
固くて重いものにぶつけただけだった。骨が折れたかと思うような衝撃が体の芯を震えさせる。ぶつけた場所をもう片方の手で押さえながら、ゴロゴロと床を転げまわった。歯を食いしばり、涙目になりながら痛みを堪える。
「ふーっ、ふーっ、っつぅ~~~~~~……」
荒い息を吐き、ぶつけた方の手をプラプラと振りながら、この辺だったよね、とさっきぶつけた辺りに、ぶつけなかった方の手を慎重に伸ばす。
指先が、触れた。
続けて掌も。
ひんやりとした冷たさ。コンクリート製の壁のようだ。
「あークソ……。一体なんで、こんなことに……」
壁を背もたれに座り込んだ。友情ストラップを探すのを諦めたわけではない。ハカセに前に言われていたアドバイスを思い出したのだ。
『猪突猛進はやめろよ聖技。そんなんじゃ勝てる試合も勝てなくなる。いいか、困った時は最初に、ゆっくり考える時間があるかを考える。そんで、時間があるなら考えて動く。時間が無いなら考えながら動く』
言われた通り、聖技はまず、ゆっくり考える時間があるかを考えた。
一番の懸念は、やはり向日葵の安否だ。
しかしながら、今の聖技が向日葵に対してに出来ることは、何もないのだ。
向日葵が携帯電話を持っていないので聖技から連絡を取ることは出来ないし、番号を教えてもいないので向日葵から連絡が来ることもない。そもそも、アーバンジャミングの影響下では電話は通じない。
ドラマじゃないんだから、仮にこの瞬間地上に戻れたとしても、運命的な再開をするはずもない。次に会うのは、きっと早くて明日の朝の電車のホームだろう。
けれども念のために、と聖技は立ち上がった。上を向き、両手で作ったメガホンを口に当て、
「ヒマワリちゃーん!! 聞こえるー!? 聞こえるならー!! 先にシェルターにー!! 避難しててー!!!」
地上から、返事はなかった。
たぶん、ゆっくり考える時間は、ある。そう結論した聖技は、先ほどと同じように壁を背にして座り、今の状況を整理することにした。
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