悪を滅ぼす者 3
「だ……!? 第一次!? 三次も二次もすっ飛ばして!?」
放送された内容に、
合成音声の放送が終わると、さっきと同じサイレンが再び鳴り始めた。サイレン音に負けじと大声で、動く様子の無い
「ヒマワリちゃん、立って!! 逃げるよ!! ヒマワリちゃん!!!」
反応はない。どうする、と聖技の胸中に焦りが募る。叩けば目を覚ます? 逆に状態が酷くなって暴れ回るかも? 見捨てるなんて選択肢は最初からない。
(……背負って、連れて行こう)
聖技は背中を向けると、向日葵の左右の腕を持って、順に肩に乗せるように動かした。身体を後退させ、項垂れた向日葵の頭もなんとか肩に乗せて、実にあっさりと立ち上がる。
意識の無い人間は重く感じる、という話を聖技は聞いたことがあったが、予想していたよりも随分と軽い。食が細いとは言っていたが、軽すぎて逆に不安になるほどだ。
「うーわ軽すぎ。食い倒れデート開催決定。3年かけて健康的に太らせちゃる」
軽口一つ、聖技は走り出した。
サイレンは未だに鳴り響いている。周りにはもう、人の姿は一人も見えなくなっていた。
「ハッ、ハッ、みんな、訓練、され過ぎ、でしょ!」
ガチャガチャと、腰で揺れるウエストポーチの重さがわずらわしい。
(急がないと……!)
向かう先にはシェルターがあるはずだが、聖技はその正確な場所を知らない。だから先行する人の後を追わなければならない。警報中に悠長にシェルターを探す余裕なんてあるはずがないし、まさか避難訓練よろしくシェルターの前に集まって、校長先生の話が始まるのを待っていたりはしないだろう。
息を切らせながら走り、建物の角を曲がる。瞬間、聖技の目に飛び込んできた。
鋼鉄の巨人―――
「うっ……!?」
聖技は慌てて足を止めた。距離は十分に遠い。全速力で近付かれでもしない限りは問題ない。
問題ない、はずだった。
「いやっ! いやああああ!!?」
「うわっ! ちょ、ヒマワリちゃん!?」
力なく聖技に背負われていたはずの向日葵が、突然暴れ始めた。バランスを崩して尻餅を着くと同時、向日葵が背中から離れてしまい、
「あぁああぁぁぁあああああ~~~~!!!!」
しまった、と思った時には遅かった。後ろを向いた聖技が見たのは、悲鳴を上げながらドール・マキナから遠ざかる方へと走り出した向日葵の背中だ。
「待って、ヒマワリちゃん!」
起き上がり、急いで後を追った。聖技は脚力には割と自信があったが、鍛冶場の馬鹿力というやつなのか、向日葵に全く追いつけない。
ふと、ドール•マキナの様子が気になった。今の騒動で注目されて、後ろから追いかけてきてやしないかと不安に襲われた。
そして後ろを振り返った瞬間に、聖技は強い光で目を焼かれた。聖技が見たドール・マキナは、まるで目障りな蜘蛛の糸を木の棒で払うかのように、電信柱から延びる電線をビームソードで切り払っていたのだ。
「うっ、くっ……!?」
走る足が鈍り、思わずふらつく。目の奥がチカチカと瞬き、目の焦点が定まらない。ふらふらと、建物の壁かあるいは塀か、今の聖技の目では判断が付かないものへと近寄って、
「は?」
唐突に、階段を踏み外したような嫌な感覚に襲われた。
●
それは、5年前の、なんてことのない日のはずだった。
あの日も、同じサイレンが突然鳴り響いたことを覚えている。
学校のシェルターに避難して、まだあの頃は髪を染めていなかった姉と合流したことを覚えている。
サイレンが鳴り止んで、周りの友達がみんな親に迎えに来てもらって帰宅しているのに、いつまで経っても誰も迎えに来なかったことを覚えている。
青い顔をした教師が飛び込んできて、車で二人を運んでくれたことを覚えている。
覚えている。半壊した、自分たちの家を。一階の生花店を営む表側は完全に潰れて、無数の花が周囲に飛び散っているのを。多くの人が行き交ったせいで踏み潰され、元が何の花だったかどころか、それが花であったことすら判別が出来なくなっているのを。半壊した家の中から、冷たくなった両親が運び出されるのを。
そして、覚えている。泣き喚く自分を、一つしか違わない姉が、力一杯抱きしめて、言ってくれた言葉を、向日葵は、5年が経った今でも覚えている。
―――安心して、ひまわり。私が、……ううん、オレが、お前を、守ってやるから。
●
暗闇の中、聖技は目を覚ました。
周りからは、トンネルの中のような奇妙な反響音が響いている。
(何が、あったんだっけ……?)
頬。コンクリートのような冷たさを感じる。
腰。ウエストポーチが腹と地面の間に挟まっている。
全身。ひっきりなしに痛みが伝わってくる。
(あー、思い出した。ヒマワリちゃんを追ってたんだ)
後を追わなければ。そう思うものの、身体中が痛くて動けそうにない。
「……え、あれ? 身体が痛くて動かないって、ボク、もしかしてココで死ぬ?」
そのことに気付くと、急に恐怖が襲ってきた。
動けよ、と願いながら身体を動かしてみる。
動いた。うつ伏せの体勢から仰向けに。
ほっと安堵した。どうやら、身体が動かなくなるという最悪の事態は避けられたらしい。
「……なんだろう、あの白い点」
視線の先に、小さな白い点が見えていた。それ以外は完全な暗闇だ。
「あ。あれ、もしかしてボクが落ちた穴……?」
とんでもなく小さく見える。100メートル走の時にスタート地点から見る、ゴールにいるタイマー係と同じくらいの大きさだと聖技は思う。もし穴の大きさがタイマー係と同じだとするのなら、
「ボク、100メートルも落ちたってこと……!?」
よく生きてたな、と素直に思った。同時になんで生きてるんだろうとも思い、
「……実はボクは本当は死んでいて、今のボクは幽霊だったりして。…………、幽体離脱~~~♪」
身体を起こす。軽く死にたくなるほどの激痛が襲った。
「ぐおおおおおおお……!? い、生きてる! この痛みは間違いなく生きてる……!! ていうか痛すぎて逆に死にそう! これで死んだら詐欺だろオメー!?」
絶叫しながら見悶えた。
結論。身体は動く。でも、しばらくは動けそうにない。
荒れた息を落ち着かせて、ゆっくりと、意識しながら丁寧に呼吸する。ひっひっふー。ひっひっふー。これが出産時の呼吸法だということは聖技も知っている。でも産むときって凄い痛いって聞くし、痛みを和らげる効果もあるんじゃないかなーと思う。
だんだんと、痛みが治まってきた気がする。それと同時に、なんで100メートルも落下して生きているのかも思い出してきた。何度も何度も、柱か何かにぶつかったのだ。ぶつかっては減速して、また落下しては何かにぶつかって、それを何度も繰り返しながらこんな深さまで落ちてしまったのだろう。
少しずつ、頭が働くようになってきた。そして100メートル落下したという情報に対して、ものすごく今さらな、当たり前のようなことを理解する。
「……え? じゃあ何。ボク、100メートルも登らないと、地上には戻れない、ってこと……!?」
軽い絶望感が、再び聖技を襲った。
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