悪を滅ぼす者 14
「ねぇ、ここ座ってもいい?」
肩を揺すりながら、そう声を掛けた。
「んおっ?」
相手はびくりと体を震わせて、ゆっくりと顔を上げた。見た感じは日本人っぽい。きょろきょろと辺りを見回して、そうして聖技と目が合った。
「あ、あ~~~、てんこーせい? ふぁ……」
大あくび。目じりに浮かんだ涙を上着の袖で拭う。随分とオーバーサイズの上着だった。袖は余り過ぎで途中で折り曲がっており、指先すら露出していない。
「そう。ボクは
「ん、知ってるー」
「あ、タヌキ寝入り? 自己紹介聞いてた?」
「いんやーガチ寝ー。聞いてなかったけど、でも知ってるー」
●
職員棟への移動中、麒麟は気付いた。
「しまった、私としたことが……!」
教室棟を振り返る。もう結構な距離が離れていて、左耳に入れたイヤホンから今の麒麟の発言について確認する声が聞こえる。
「ああー、そのだな、下野に早乙女を紹介するのを忘れていた。うっかり失念していたな。むむむ……」
イヤホンからの何がムムムだという声を聞きながら麒麟は考える。今から教室棟に戻る時間的余裕は、たぶんない、と。
「まぁ、あいつも閣下が認めたやつだ。何とかするだろう。武運を祈るぞ、下野……!」
イヤホンからは、小さな溜め息が聞こえた。
●
「あたしはーおとめー。よろよろーイギイギー」
「ごめんだけどおとめちゃん、イギイギは無しの方向で」
「あー、じゃー、セイセイー」
「うん、それならオッケー」
聖技は早乙女の隣に座って、ふとある事が気になった。黒板の方へと目をやるが、どうにも目当てのものは見当たらない。
「席順表、みたいなのってないのかな?」
「せぇきじゅうんひょー?」
「うん、そう」
「あー……あぁ、席順表ねー。ないない。派閥とかあるからさー、好きに集まって、好きに座れって感じー?」
「あー、やっぱそういうのってあるんだ」
先ほどの爆乳ドリルっ娘が言っていたのは、きっと派閥の名前なのだろう。
(なんつってたっけ? ろ、ろー、ローゼンメイデン?)
なるほど、と聖技は思う。たしかに見事な巻きロールだった。周りには巻いてない子もいたので、きっとそちらは『まきません』派なのだろう。
「あ、そうだ。ねぇおとめちゃん、これも教えて欲しいんだけど」
「んー?」
「『獅子王閣下』って、何?」
先ほどの、麒麟の言葉が気になっていた。たぶん校長とか、理事長みたいなものなのだろう。そう聖技は予想しているのだが、それにしたって”閣下”だ。ただものではあるまい。
「あー、うーんと、そうだなぁー。どこから説明したもんかなぁー」
うーん、と早乙女は悩み始め、余りまくった袖に顎を乗せ、くぁ……、と欠伸をする。聖技も釣られて欠伸をする。そういえば、電車の中でちょっとだけ寝落ちたけれど、昨晩は全く寝ていないのだ。
そして、聖技が欠伸を噛み殺している最中に、早乙女は言った。
「中国さー、滅んだじゃん? 『神の怒り』事件。ローズ・スティンガーの暴走でー」
ざわり、と教室中がどよめいた。
「あー、周りは気にしなくていいよ。どうもねー、名前を言っちゃいけないー、みたいな変な考えしてるコが最近増えててねー」
「名前って、ローズ・スティンガーの?」
「そう。ローズ・スティンガーのー」
ローズ・スティンガー。
端的に説明するならば―――”神”。それも、人が空想上に生み出した宗教上のものなどでは無く。
現在の科学技術では傷一つ付けられず、噂によると核兵器が何発直撃しても無傷だったらしい。この大地に物理的に存在する、暴威を持って人類の上に立つ
朝鮮人と中国人が滅ぼされたのは、この神の怒りを買ったからだ、と言われている。
日本国民でローズ・スティンガーを知らぬ者はいないだろう。今の総理大臣の名前も覚えていない聖技でも、その名を知っている程に有名だ。数百年に渡り日本を縄張りにしていたが、今は自らの手で滅ぼした中国大陸に住処を移したらしい、とも聞いている。
「獅子王の一族はー、そのローズ・スティンガーのー、巫女? 神官? みたいな役割があってねー。獅子王閣下っていうのはー、今のご当主様ってわけー。ついでにウチの理事長でー、前生徒会長ー」
理事長はついでなのか。そしてあの抜刀斎系生徒会長の前任なのか。聖技は急に不安になった。
「あれ、前生徒会長? あ、もしかして、『総理大臣より偉い女子高生』?」
「フン、それは2年前までの話ですわよ、お馬鹿さん」
そこに割り込んだのは、、聖技でも早乙女でもない声だった。
「あ、ローゼンメイデンまきます派名誉会長」
「
聖技から目を唯一逸らさなかった、金髪ドリルロール爆乳ガールだ。周囲に集まっていた生徒を上段に置いたまま、身一つで聖技たちがいる場所まで降りてきていた。
「ハァ、このような無知蒙昧の輩を選ぶだなんて、閣下は一体何をお考えなのか……」
「おー、おサルー、今回は取り巻きはいいのー?」
「サオトメさん、彼女たちは取り巻きなどではありません。共に生きる悩める信徒の方々ですわ。……それと、その呼び方は止めていただけるかしら?」
「いやーおサルはおサルって感じだしー」
「セイギ・シモツケの時はすぐに変えていたではありませんの!」
「ねぇねぇ、おサルさん」
「貴女までその名前で呼ぶんじゃありませんわよ、セイギ・シモツケ!」
「じゃー名前教えてよ。このままだと、ずっとボクの中ではおサルさんのままだよ? あとフルネームで呼ぶの疲れない? 聖技でいいよ。リピートアフターミー? セイギ」
「……フン! 頭は回らなくても、多少口は回るようですわね、セイギ・シモツケ」
そう言うと、金髪ドリルをばさりと手で払い、胸を張って、聖技の正面に立った。聖技はうおっ、デカすぎ、これがワールドワイドウェブ! とアホなことを考えていた。シャツのボタンが悲鳴を上げているのが心配だった。
「わたくしはガブリエラ・サルヴィア。ドイツ名門貴族サルヴィア家の一人娘にして、ドイツ軍新型機、ツェーンシュトリッヒ・ローヴェ開発メーカーの社長令嬢。そして! 獅子王閣下の! 遠縁に当たりますわ~~~! オーッホッホホホホホ!」
「そんな笑い方する人ボク生まれて初めて見たよ」
「親族って言ってもー、五百年も前のだけどねー。もうほとんど他人じゃーない?」
「ふふん、持たざる者が何を言おうと、やっかみにしか聞こえませんわ!」
「はぁ。まーガブちゃんがスゴい人ってことは分かった」
「ガ、ガブちゃん? まぁ、分かればいいのです。分かれば」
「そんなスゴいガブちゃんに、学園のことを何も知らないボクの疑問に答えて欲しいんだけどさ」
「あら、身の程をわきまえた者は嫌いではありませんわよ。わたくしの知っていることであれば、何でも答えて差し上げましょう」
「おっぱい何センチ?」
「ひゃく―――って何を答えさせようとしているんですの!? 学園関係ありませんわよね!?」
「うおっマジかよまさかの三ケタ。この腰の細さで三ケタはネズミ算講。誉れ高い」
「意味が分かりませんわ!? 誉れ高いって何がですの!? って、ちょっと、こら、腰から手を離しなさい!?」
「じゃあ代わりに三ケタおっぱい揉んでいい?」
「なんでそれで譲歩になるって思いますの!? いいわけありませんわよ!?」
「チッ、通じないか」
ガブリエラは力尽くで聖技の腕を引き剥がした。
「たははー、ごめんごめん。つい欲望から本音の方が。サイズの代わりにカップ数で、じゃなかった。さっき言ってた、えーっと、ドーベルウーマン? って何?」
「ドッペル! ローゼン!! ですわ!!!」
「それそれ」
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