悪を滅ぼす者 15
―――
花山院学園に幾多存在する派閥の中でも、最大の外国人勢力を誇る派閥である。その目的は、マリウス教徒による相互扶助。
マリウス教は世界最大の宗教だ。そのほとんどが非マリウス教徒だった中国人10億人超が失われた2004年現在、世界人口において、ほぼ二人に一人はマリウス教徒と言っても過言ではない。
シンボルは二重円。欠けの無い完全円と、一部が欠けた円を重ねたものだ。完全円はマリウス教を表し、欠けた円は人間を表している。そして
「まー日本には全然いないんだけどねー
「……サオトメさん、いくらなんでも少なく見積もり過ぎです。日本のマリウス教徒数は90万人以上。どう考えても、この学園に18万人も人はいませんわ」
ぐったりと机に身体を投げ出した早乙女に、前の椅子の背もたれに腰かけたガブリエラがそう返す。聖技の母校の中学で使っていた安っぽい木の椅子なら尻が4つに割れそうな座り方だが、この教室の椅子の背もたれは分厚いうえにクッション式だ。尻が割れる心配はしなくてもよさそうだなー、とせっかくの講義を聞き流し、聖技は阿呆なことを考えていた。
「おー、よく知ってんねー」
「まぁ、わたくしが日本にまで来た目的にも関係しておりますので。……残念なことに、マリウス教徒の日本人は、わたくしの知る限りでは在学しておりません。現地での協力が得られない以上、わたくしたちはお互いを助け合う必要があり、そのための組織が
「ちなみに学則で結社の設立は禁止してるからさー。建前上はー、ただの宗教の集まりってだけだよー。あと宗教勧誘も禁止ー」
「ケッシャっていうのはよく分かんないけど、えーっと、どたぷんろーぜん」
「
「いやー、なんかしっくり記憶に残らなくってさー。書き込みドリルとか無い?」
「……なんで急にドリルが出てきたんですの?」
「え、ドリル使ったことない? ドイツにはドリル無い?」
「ドリルくらいありますわよ。ドリルを一体何に使うんですの? そのスカスカ頭に穴でも開けますの?」
「怖っ!? とんでもないこと考えるね!?」
ぶっちゃけ覚えられないのはガブリエラのせいじゃないかと聖技は思う。大ボリュームのおっぱいが気になって頭が話に入らない。誰だってそうなる。ボクだってそうなる。このおっぱいが目の前にあれば。取り巻きがみんな女の子ばかりなのも当然だった。
「これが男子だと近付くだけで興奮冷めやらぬだよ。メロメロボディ」
「急になんですの!?」
胸に伸ばした手を叩かれた。意外と力が強いのか、想像していたよりも痛かった。
「あー、セイセイ、ドッペルゲンガーって知ってるー?」
「え? えーと、そっくり同じ姿の人で、出会ったら片方が消えちゃうってやつだっけ?」
「そーそー、そんな感じー。ドッペルゲンガーのと同じだよ、ドッペルローゼンのドッペルはー」
「……! 完全に理解した。イエー!」
「いえー」
ハイタッチ。早乙女の手は袖の中に隠れているままなので、変にくぐもった音が鳴った。
「どっぺるろーぜんのことは大体分かったよ。じゃあ、留学生の半分くらいは参加してるんだ」
そりゃ最大勢力にもなるはずだ、という聖技の言葉に、ガブリエラは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「……4分の1、いえ、5分の1程度ですわね」
「あれ、それだけ?」
「マリウス教は今ー、真っ二つに割れてるからねー」
「あ、それなら知ってる。カロリックとプロテクション」
「それを言うなら、カトリックとプロテスタントですわ……。どうしてカロリックが出てくるのにカトリックが出てこないんですの? あと、そちらではありません。貴女もご存知でしょう? ガーラン・リントヴルムの『
「……ゴメン、その辺よく知らない。今説明してもらっても、もー頭に入んない」
今度は聖技が苦虫を嚙み潰したような顔になった。実際にはあくびを噛み殺しているだけだが。聖技のその言葉を聞いて、ガブリエラがこれ見よがしに溜め息をつく。
「
「あはは、じゃあ今度また教えてよ、ガブちゃん」
「あいにくと、わたくしはそこまで暇ではありません。
そう言うとガブリエラは背もたれから降りて通路に出る。聖技たちに背を向けて、元居た最上段へと戻っていく。
が、途中で立ち止まった。首だけで振り返り、
「まぁ、もっともぉ? 貴女がマリウス教に改宗なさるのでしたらぁ? その限りではありませんことよ?」
それだけ言い捨てて、高笑いをしながら去っていった。
「……やっぱり、予想通りだったね」
「なにがー?」
聖技はガブリエラの後ろ姿を眺めながら、確信をもって頷いた。
「ガブちゃん、お尻もめっちゃデカい!」
ガブリエラが聖技の名前を叫んだ。フルネームで。怒りを込めた。廊下まで響くような大声だった。
●
入学式が行われる講堂は、多くの生徒で賑わっていた。教室同様に席は指定されておらず、誰も彼もが思い思いの場所に座っている。
今日行われるのは高等部の入学式だけだ。中等部生や初等部生の姿は見えない。
さらには保護者の姿も見えない。警備に地理的条件、そして何よりも保護者側の多忙さもあって、花山院学園の入学式は、保護者であっても参加は出来ないのが通例だ。だから一緒に引っ越し先に来ていた聖技の母親も、入学式を待たずに既に地元へと戻っていた。
講堂の中には、ぽっかりとした空間が生まれていた。聖技と早乙女、人が座っている席を中心に。どうやら生徒会長によって伝えられた”獅子王閣下が直々にご指名なされた特待生”という看板は、既に広く知れ渡っているらしい。チラチラと視線を向けられ、ボソボソとうわさ話をされている。
けれども聖技はそれらを全く気にせず、腹の底から実に深いため息を吐きだしていた。その理由は、
「まさか、DMMA部が無いなんて……」
「ドーンマー。ちょい前まではあったんだけどねー」
「なんでボク、この学園に入学させられたの? DMMAの戦績が評価されたからだと思ってたんだけど。こう、部活動の強化ーみたいな目的で」
「まー元気だしなってー。ちゃーんと理由はあるからさー」
「……ん? もしかしておとめちゃん、なんか知ってたりする?」
「んー。めんどーだから、説明はシュン
「シュン兄って誰? お兄さん?」
「予定ー、将来のー」
(……おとめちゃんにはお姉さんがいて、その人の婚約者とか?)
お姉さん、と考えた瞬間に、ずきりと一瞬、頭に痛みが走った。
(昨日、眠れなかったせいかな?)
珍しいことだった。聖技は自分の寝つきがかなりいいことを自覚している。初めて泊まるホテルの慣れないベッドだろうと、外で暴走族がブンブンとマフラー吹かしながら爆走していようと、聖技は寝床に入れば5分と経たずに眠りにつく。
(なんか昨日、眠れなくなるようなこと、あったっけ?)
あった。そう、パッチワーカーに、ドール・マキナによるテロ事件に巻き込まれたのだ。あんな目に遭えば、流石に眠れなくなっても仕方が無い。
……本当に、そうだろうか?
別に、直接襲われた訳ではないのだ。ちょっと街に出かけたら事件に巻き込まれて、ションベンを漏らして、シェルターで保護されて帰ってきただけだ。
あのくらいなら、長崎の修学旅行で滅茶苦茶怒られた時の方がまだ怖かったように思う。
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