悪を滅ぼす者 16
この件について、少し補足しておこう。
長崎平和公園は、ポツダム動乱の被害者を悼むために建てられた公園である。
が、同時に、とある不謹慎な噂があった。平和記念公園の姿は単なるカモフラージュであり、その実態は中国の侵略に備えての軍事施設であり、地下には最終防衛ライン構築用のドール・マキナが隠されている、というものだ。
そして、それを知っているハカセが黙っているはずがなかった。「これを見てくれ3人とも! 平和記念公園は上から見るとまるで船のような形をしているんだ! 大きさもヤマト型の艦船形態である260メートルに近い! これはやはり地下にヤマト型が埋められているんじゃあないだろうか!? そう考えるとあのヘンテコなポーズの像は艦橋にも見えてくるな!」という言葉にそそのかされて、聖技たち悪ガキ4人組は修学旅行の最中に抜け出して、平和記念像に侵入したのである。
当然ながら途中で見つかって、色んな人たちから死ぬほど怒られた。
以上、補足終わり。
(見たかったなー、ヤマト……。いや、埋まってるのは
眠気のせいか、変なことまで思い出してしまった。
もっと、こう、ずっと起きていなきゃいけないと思うような、そんな理由があった気がする。
その時、バヅンとマイクのノイズ音が講堂に響いた。その音を皮切りに、周辺の雑談が収まっていく。
いよいよ入学式が始まるのかもしれないと、聖技は腕時計を確認した。花山院学園高等部の女子制服には明らかに似合っていない、デカくてゴツい男物の腕時計。薄暗い講堂にバックライトの光が灯る。デジタルの時計は、入学式開始予定時刻の5分ほど前を表示していた。
マイクを持った麒麟が、一人演壇場に出てくる。その姿を認識した生徒たちが、一度生まれた静寂を再び崩していく。麒麟は壇上中央で足を止め、マイクを口元へ持っていき、再びのノイズ音が鳴った。
『―――諸君』
その一言で、ピタリと全員が雑談を辞めた。
『諸君、入学式はまだだが、理事長代行より時間を貰い、今ここに立たせてもらっている。まずは入学おめでとう。諸君がこの場にいることを、私からも祝わせてもらいたい』
少し、ざわめきが戻ってきた。聖技も不思議に思う。これから入学式を行うというのに、先んじて麒麟がどうして出てきたのか。まさか理事長代行より先に「入学おめでとう」と伝えるためではないだろう。
『同時に、諸君に
訃報。死の知らせ。その不吉極まりない言葉に、講堂内の喧騒が過去最高に達した。一体誰が死んだのか。この時この場所で訃報を伝えるということは、それは死んだのが学園の誰かに他ならないからだ。
『―――諸君』
再びの静寂。
『死去したのは、
その言葉を聞いた瞬間、無意識のうちに蓋をしていた昨日の記憶が蘇った。
うっかり事故で転がり込んだ、競技機と比べて遥かに広いコックピット。
モニターに映っていた、各部の色も意匠も異なる
アスファルトを砕きながら走るのは、ドール・マキナ用アサルトライフルによる巨大な銃痕。
まわりの音が、入ってこない。
逃げるブレザーの背中。迫る銃撃。そして、胴体から分断されて道路を転がる肉塊。喉に残る痛みと、ツンとした胃酸の臭い。
麒麟がマイクを通して言葉を伝える。彼女の死を悼むため、これより黙禱を捧げたいと思う。総員、起立。
いつの間にか、他の生徒は全員が立ち上がっていた。座ったままなのは聖技だけで、自分も立ち上がらなければ、と思う。
遅れて立ち上がった瞬間、世界が反転した。
床に倒れている。手足はおろか顔に当たる床の感触すらも分からない。けれども聖技にその自覚はなく、あの時の記憶が頭の中で幾度となくループしていた。パッチワーカー。ブレザー。銃撃。肉塊。胃酸。パッチワーカー。ブレザー。銃撃。肉塊。胃酸。パッチワーカー。ブレザー。銃撃。肉塊。胃酸。記憶の再生速度がどんどん加速していく。最後にはその全てがぐるぐるぐるぐると混ざり合う。
早乙女がすぐ近くから声をかける。ガブリエラが人垣から飛び出して、近付いてきて頬を叩き呼吸を診て脈を測る。麒麟が壇上から飛び降りて、聖技の下へと駆け寄ってくる。けれども聖技は、それらの一切を認識できないままでいる。
そして、そのまま意識を失った。
●
知らない天井だった。
目だけを動かして周りを見る。宙に浮いたコの字型のレール。レールから降りるカーテン。明かりはついていなくて薄暗い。消毒液の臭いがする。
保健室だ。初めて見る天井でもそうだと分かる。分からないのは、どうして保健室のベッドに横になっているのか、だ。
無意識に頭を触ろうと腕を持ち上げたところで、その腕に針が刺さっていることにようやく気付いた。針から延びるチューブを辿れば、点滴がスタンドにぶら下がっている。
「あら、起きた?」
声は、横から聞こえた。ベッドの上に仰向けになったまま、今度は首を動かして、声が聞こえた方向を見る。
金髪をツインテールにした、白人の大人の女が足を組んで座っていた。
恐ろしく整った顔は、
白衣を着ている。なるほど保健室の先生か、という聖技の予想は、その下から覗くセーラー服を二度見させることになった。中等部の制服だ。しかもリボンは赤で、つまりは中学一年生であることを意味している。
その白衣を、セーラー服を下から大きく持ち上げている胸を見て、聖技はある結論を得た。
「あ、中学生のコスプレで楽しんでたところを邪魔してすみません……」
「は?」
こんな顔付き体付きの中学一年生がいてたまるか。少し前まで小学生じゃん。となれば答えはきっとこうだ。この金髪外国人の保健室の先生は、気の迷いかあるいは男子を誘惑するためにか、中等部の制服でコスプレしていたに違いない。ごめんなさい、顔も名前も知らない男子生徒。君のお楽しみはお預けだ。
(ていうかそれ、ネッケツの部屋にあったエロ漫画で読んだ
白衣セーラー服の女が立ち上がった。胸ポケットからペンライトを取り出しながら、聖技の元へと近付いてくる。
「起きれる?」
「あ、はい」
起きた。タオルケットが身体から落ちる。上半身はワイシャツ一枚で、うっすらとその下が透けている。
「……先に言うことじゃないとは思うけど、アンタ、スポブラとかキャミくらいつけたら?」
「あー、うっかりしてました」
母親がうるさいので一応持ってはいるのだが、聖技は正直必要ないと思っていた。特に気にしていないどころか、男の水着で海やプールに行っても女の子だと気付かれないという謎の自信すら持っている。
制服と胸のリボンは、近くにハンガーで掛けられていた。スカートも同様に脱がされていたが、その下に履いていた短パンは無事だ。
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