悪を滅ぼす者 13


「ど、どうして会長がボクのケータイを!?」


「あー……うむ、紆余曲折あったのだ! そして今は私の手元にある、というわけだ!」


 明らかに何も分かっていないようだった。差し出された携帯電話を、聖技は両手でうやうやしく受け取った。友情ストラップも無事だ。訳もなく泣きそうになった。


「とりあえず、親御さんに連絡するといい。何度も着信があったようだぞ」


「うわっ、本当だ!」


 言われて開くと、ずらりと着信履歴が並んでいた。


 8割ほどは実家や両親の勤め先からの着信で、1割はハカセからの着信。残りは同じ中学の女子たちから。


 メカマンからの着信は無かったが、あの男は電話嫌いだから理解出来る。メールボックスを確認したら案の定で、大量に届いていたメールの大半はメカマンからだ。


 問題はネッケツだ。電話もメールも来ていない。いや、メールが来ないのは分かる。ネッケツは4人でただ一人、携帯電話を持っていないのだから。だけどそれなら家から電話をすればいいだけの話で、そのネッケツの家の電話番号も見当たらない。


(……ふん、冷たい奴め)


 喧嘩してるからって、心配の連絡くらいしてくれてもいいだろうに。


「うーんと……」


 全員に返事をするのは無理だ。家に電話と、いや、今の時間ならもう出勤しているだろうから病院にの方がいいか。あとはメカマンに返信だけはしておこう。小さな町だし、あとは井戸端会議で無事が伝わるはずだ。


 コール音。1コールで出た。


「あ、もしもし? お母さ」


 聖技の声は、携帯電話越しに放たれた怒号によってかき消された。反対側の耳にまで貫通したような気さえしてくる。


「うん、大丈夫。大丈夫だったから。シェルターにも避難してたし」


 間。


「それはゴメンって。でもシェルターの中だと、どっちにしても電波通じないよ?」


 間。


「うん、うん、分かった。伝えとく。その人を待たせてるからもう切るねー」


 通話終了。


「すみません、お待たせしました」


「構わんさ。御母堂の安心を買えるなら、私の時間など安いものだ」


「ありがとうございます。それと、お母さんがご迷惑をおかけしましたって」


「それも構わん。もののついでだ。……ところで、貴様以外に誰か電車に乗ってきた者はいたか?」


「え? いえ、いなかったと、思います、けど……?」


「ふむ、そうか。今のが入学式に間に合う、最後の便なんだが……」


「?」


「いや、なんでもない。行こう。入学式の前に、最低限の案内は済ませておきたい」


 いうや否や麒麟は歩き始めた。聖技は慌てて後を追った。片手で携帯電話を操作して、メカマンに短く「ぶじ」とひらがな2文字だけの返事を送りながら。


 駅校舎を出た。


 桜の花びらが舞っている。


 長くて高い塀が、地の果てまで伸びている。


 塀の向かいには、道路を挟んで等間隔で桜の木が並んでいる。


 そして道路には、ずらりと戦車が一列に並んでいる。


 なんかもう、本来は綺麗な風景だったであろうものが、色々と台無しだった。


「……あの、会長? 何ですこれ?」


「何って」


 麒麟は聖技が見ているのと同じ景色を見て、ふむ、と頷く。


「見るのは初めてか? 90式戦車だ」


 そっちじゃねえよ。


   ●


「うおっ色んな意味でデッカ!!!」


 タッパも高いが乳もデカい。太もももぶっとくて、これはケツもデカいに違いあるまい。初対面の相手に対してものすごく失礼なことを聖技は思う。金髪ドリルロールを多数装備した、聖技と同じ高等部1年の制服を着た女生徒だった。美少女よりは美女という形容の方が似合う風貌だ。


 麒麟に案内されて入った教室の、出入り口に近い席に集まっていた生徒たち、その中心にいた生徒だ。周りには同学年の生徒もいるが、リボンの色が違う別学年の先輩たちに、制服の異なる少女たちの姿もある。初等部や中等部の子たちだろう。


「な、なんなんですの!? 失礼な、薔薇の二重円の会ドッペルローゼンにケンカ売りに来られたんですの!?」


「あははー、ゴメンゴメン。あまりにストライクな好みだったんで」


 言葉足らずだった。聖技の、ではなくハカセの好みである。聖技は知っている、ハカセのお宝である洋モノAVコレクションを。ツーショット写真を送ってやれば心底うらやましがるに違いない。


「ねーねー、一緒に写真撮らない? ほらほらー、寄って寄ってー」


「撮りませんわよ近いんですのよ何なんですのよ貴女!?」


 近付きがてら事故を装ってデカ乳揉んでやろうと思っていたが失敗した、無念だった。さらには周りからは絹を引き裂いたような悲鳴が飛び出し、いかにも外敵を見る目で牽制される。


「おーい、下野しもつけー! 早くも親交を深めるのはいいんだが、まずは貴様を紹介させてくれー!」


 よくはなくってよ、という金髪美女の反論を聞き流し、聖技は教室の中を移動する。床はゆるやかなスロープだ。奥に進むほど低くなり、一番奥の黒板がある場所が一番低い。


(なんか教室っていうより、なんだろ。ミニ映画館? あれに机を足した感じ?)


 少なくとも、聖技が知っている9年間通った木製校舎とは全く雰囲気が違った。椅子はソファーだし、足元には柔らかなカーペットが敷かれているし、おまけに校舎内は土足制。靴を履いたままカーペットの上を歩くと、それだけで違和感を覚えてしまう。


 黒板前、先に教卓で待っていた麒麟の横に立つと、教室の中が一望できた。誰も彼もが聖技に注目して


(いや一人だけ寝てる……。あの子の周りだけ人がいなくて、ぽっかり空いちゃってる)


 花山院学園は小中高の一貫校と聞いていたが、もしかしたら同じクラスに友達がいなかったのかもしれない。小学校とか中学校とかのクラス替え直後に、あまり明るくない子が同じように突っ伏しているのを何度か見たことがある。


 教室に来るまでの道中で麒麟から受けた説明によると、花山院学園の生徒のうち、3割程度が留学生らしい。実際、外国人らしき肌や髪色、顔つきをした者たちは、説明通りの割合だった。


「さて、貴様たち」


 麒麟がそう言うと、ざわついた教室が水を打ったように静かになる。


「彼女は特待生だ。色々と面倒を見てやれ。下野、自己紹介を」


「あ、はーい。下野聖技です。趣味は食べることと、遊ぶことと、寝ることです。中学ではドール・マキナ・マーシャルアーツをやっていました。あ、英語でも言った方がいいのかな?」


 聖技は続けて英語で、同じ内容で自己紹介をした。小さく笑いが起きるが、内容で笑われているのではない、というのは聖技でも分かる。実に日本人らしい発音で、つたない英語を嘲笑されているのだ。


(まぁ、別にいいけどね)


 方言のようなものだ、と聖技は考えている。アメリカ人にアメリカ英語訛りがあり、イギリス人にイギリス英語訛りがあるように、日本人には日本英語訛りがあるのだ。意思疎通が出来れば十分だ。


「下野」


 麒麟に名前を呼ばれた。「はい?」と返事をしながら麒麟を見ると、なぜか左耳の穴に指を差し込んでいた。


「すこし問題が起きたようだ。私は対応に当たらねばならん。あとは勝手によろしくやってくれ」


「あ、はい。分かりました」


「最後に、貴様たち。この下野はスサノオ・プランのオマケで逃げてきた貴様ら腑抜けと違い、『獅子王閣下』が直々に、特待生とするようご指名された生徒だ」


 その瞬間、空気が変わったと聖技は感じた。これまでの見下したような視線から、明確に違うものへと確かに変わった。この雰囲気には覚えがある。


 そう、これは、


(教室に、ハチが入ってきた時の空気ヤーツ……!)


 遠巻きに注目していて、どうかこっちには近付いて来ませんように、という視線を向けられている。


「他の生徒にも周知しておけ。彼女に対する無礼は、閣下への無礼に等しいと思え。……では、あとのことは任せた!」


 言うだけ言って麒麟は黒板の横の扉から外へと去った。出入口ってそこにもあるんだ、という聖技の感想と、揺れるポニーテールを見送った教室中の視線を残して。


 振り返る。教室の中を一望する。


 一番近くの席に座っている、日本人らしき男子グループを見た。ちらりと視線を向けて来たので、にっこり笑うと全力で目を逸らされた。


 反対側、外国人らしき男女混合で白黒混合のグループを見た。即座に目が合ったが、やはり全力で目を逸らされた。


「おーい、ちょいちょいちょい。さっき会長も言ってたじゃん。よろしく頼む~的な?」


 ゆっくり教室全体を見渡すと、ほとんど全員から目を逸らされた。まるでコンビニにたむろするヤンキー連中から目を逸らすヒョロガリオタクみたいだ。


 さて、これからどうするか。聖技は考える。


(……選択肢は二人、かなー?)


 一人目。教室の中段で、未だに机に突っ伏して寝たままでいる女の子。


 二人目。教室最上段に座っている、唯一目を逸らさなかった、逆に聖技をにらんでいる金髪ドリルロールの外国人。ただし、周りにいる外国人たちはすっかり怯えてしまっていて、聖技と万が一にも目が合わないように、視線どころか顔ごと大きく逸らしている。


 うん、一人目にしよう。寝ていたのなら状況をよく理解できていないかもしれないし。二人目の方に行って、周囲を無駄に怖がらせる必要もないだろう。


 中段まで登る。途中に座っていた生徒たちは、かなり大げさに体を引いて距離を取る。まるで病原セイギ菌持ちになったみたいだ。覚えてろよお前らツラ覚えたからな。

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