悪を滅ぼす者 8


 困惑。混乱。ありえないことが起きている。だって、今聖技が起き上がれば5秒と経たずに乗り込める。


 聖技は思う。今、ボクは試されているに違いない、と。


 きっとそうだ。まだボクは疑われていて、迷い込んだ哀れな一般人なのか、それとも新型機の奪取を目論む地上で暴れるテロリストの仲間なのかを判断するためのテストなのだ。乗り込もうとした瞬間に足元に手裏剣が突き刺さり、ドロンと煙が上がると忍者が現れた瞬間にボクが「アイエエエ!? 忍者!? なんで忍者!?」と驚いて悲鳴を上げて、その様子もバッチリ撮影されていて、そしてその笑撃映像は今後数十年間情報局とかの教材に使われるに違いないのだ。


「……んなわけないでしょ」


 自分で自分の馬鹿な妄想に突っ込んだ。さっさと左右のどちらかの足場を進んで奥に行こう。ハッチが勝手に開き、けれども中に人はいない。つまり、どこかから誰かが操作をしているのは間違いない。さっさと会って地上に返してもらおう。そう思って立ち上がる。


 結論から言うと、聖技の行動は、致命的なほどに遅すぎた。


 ズン、という重く鈍い音とともに、地下格納庫が大きく揺れたからだ。


「な、何!?」


 手すりに身体をぶつけ、痛みに顔をしかめながら上を見上げた。パラパラと細かい破片が振ってくる。


 そして、天井の一部が砕け、落下していった。はるか下の地面に激突する。凄まじい音を反響させ、聖技は反射的に耳を両手で塞いだ。


(崩れる……!?)


 右か、左か。


 考える時間なんて、一瞬たりとも存在しなかった。巨大な瓦礫が、今度は直接足場に激突したからだ。幸いなことに、聖技がいる場所からは離れた場所だった。聖技が出てきた穴に掛けられた足場だ。その部分が崩れてしまい、元の場所に戻るという選択肢がまず奪われた。


 次に、支えの一部が失われたことで足場が大きくたわんだ。瓦礫はまだまだ落下してくる。そして、左右の出入り口に繋がる足場にも連続で激突し、



 足場全体が、完全に崩れた。



 轟音。


 身体の芯まで伝わるほどの音が、地下格納庫の中に響いた。床からは、もうもうと土埃が立ち昇っている。


 その音を、衝撃を、聖技は宙で聞き感じていた。ハッチの縁に手を掛けて、宙にぶら下がった姿勢で。


「ぐ、ぬっ、こんのぉ……! ファイットォー! いっぱぁあああつ!!!」


 気合で身体を引き上げると、急に全身の疲れを自覚した。「ふぅー、これでひと安心」と思わず座り込み、


「うわっ!?」


 直後、ハッチが閉じた。


 そして、バシュ、という空気が漏れる音と共に、コックピットに転げ落ちた聖技の視界は、再び暗闇に覆われた。


「……いや、まだセーフ。セーフだし。これは流石に不可抗力だし」


 上下がひっくり返った姿勢で、聖技は呆然と呟く。


 体を起こす。コックピットシートの上で姿勢を正し、両の手を胸の前でクロスさせ、勢いよく左右に振り、


「セェエエフッ! コックピットに入っただけでまだ動かしていないからセェエエエフッッッ!!! ねえハッチ開けた人! セーフだよねボク!? ちゃんとそう証言してよね!?」


 闇に向かってそう叫ぶ。が、誰からも、何の反応もなかった。


「通信オフってる? いやでもどう考えても勝手に触ったらマズいよなー。そもそも暗くてどこにあるのか分かんないし」


 再びの暗闇の中、すぐ手前のモニターが、ぼんやりとした光をともした。


 覗き込む。青黒い背景色の中、白い文字で、こう書かれている。



 ―――Welcome To The Messiah World......



「ようこそ、救世の、世界へ?」


 その光を皮切りに、他のモニターが灯り始める。うっすらとした光ではない。明確に、どこに何があるのかが分かる光量で、


「うっわ広っ! めっちゃ快適!」


 聖技が最初に得たのは、そんな感想だった。


 実は聖技は、中学生の頃にドール・マキナに乗って戦っていた経験がある。


 学徒兵というわけではない。ドール・マキナを使ったスポーツ競技の一つ、ドール・マキナ・マーシャルアーツの選手だったのだ。頭文字を取ってDMMAと略される、国内でも人気の高い競技だ。


 DMMAで用いられる機体は4メートルと小さく、コックピットの居住性は最悪。オマケに未来ある学生の安全性を確保するためにという理由で宇宙服の出来損ないのようなパイロットスーツを装着しなければならず、ただでさえ狭いコックピットはさらに狭くなる。


「……さっきのセーフ、競技機でやってたら絶対ぶつけてたな」


 聖技はそう言いながら、コックピットの中を見渡した。


 ドール・マキナを用いたスポーツは幾つかあるが、その中でもDMMAという競技は、特に軍部との関与が深い。それもそのはずで、この競技はドール・マキナの操縦適性に優れた少年少女を効率的に発見するために軍部主導で導入された、という背景があるからだ。


 競技で使われる機体は軍の訓練機に幾つかの機能制限セーフティを組み込んだものだし、コックピット内部の機能も、現行軍用機で実際に使われているものの簡易版オミットモデルだったりする。


 だから聖技にも、コックピットの配置の8割くらいは、何を意味しているのかを理解することが出来た。


 方位情報指示器HSI垂直状況指示器VDIが起動している。


 最初に光ったモニターは、多分だけれども戦術情報表示器TIDだ。『Welcome To The Messiah World......』という文字は未だに表示されており、末尾でカーソルが点滅中。


 レーダー情報RDPモニターには、当然ながら何も表示されていない。


 火器管制制御FCSパネル。これはヤバいだろうから見なかったことにする。


 ムービングマップMMDのモニターは沈黙したままだ。地下にいるせいでGPSが働いていないせいかもしれない。


 通信装置は全てオンだった。つまり先ほどの聖技の要求は相手に聞こえているはずで、けれども何の返答も聞こえてこない。


 グリップ部分に銀色ミスリルが露出した、HOTAS型操縦桿。もしこれを握れば、機体に組み込まれた精神感応金属ミスリルと聖技の脳波や生体電流が感応し、名前も知らないこのドール・マキナを、自分の身体のように動かせる。つまり、触るな危険、というやつだ。


 そして、なぜか横の壁にサイン色紙が立てかけられていた。気取ったように崩れまくっている文字のせいで、誰の名前が書かれているかは全く分からない。かろうじて聖技が読めたのは、恐らくこのサインを送られた人の名前であろう『Dear 野亜六華』という部分だけだった。


 用途が分からない物もいくつかあったが、一番の謎はこのサイン色紙かもしれない。他に私物らしき物は何もないので、この色紙の存在だけが異様に浮いているように聖技は思う。


「……さて、どうしたもんかな」


 もう底無し沼に腰どころか首の辺りまで沈んでいる自覚はあるが、まだギリギリ助かるんじゃないかとも思う。操縦桿が越えては行けない一線なのは確実だが、逆に考えれば、これにさえ触らなければ言い訳は出来ると思う。


「あ、そうだ。コイツが軍の機体なら、監視カメラに接続できるはず。地上の様子が分かるかも」


 確か、そんな機能があったはずだ。競技用の機体からは外されている機能だが、メカマンのやつがどこからか必要な部品を手に入れて、部活で使っていた機体に組み込んでアクセスに成功したことがある。当然ながら軍にバレて学校に連絡が入って、


「すんごい怒られたのは覚えてるんだけど、肝心の操作方法はどうだったかなー?」


 うろ覚えで、メインモニターの操作パネルをいじり始めた。しばらく大量のボタンと格闘して、


「お、これかな」


 映った。同時に表示されているカメラ名はStation.Ome。青梅駅を出たところの一帯だ。人の姿は無く、動くものもない。ドール・マキナの姿も映ってはおらず、テレビのチャンネルを変える感覚で別のカメラに切り替えていく。


 そして、見つけた。聞いたこともない地名のカメラだった。見たこともない街並みの中で、3機のパッチワーカーが我が物顔で闊歩している。


 そして、

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