不良少女 16
鬼だ。
森の中を、一匹の鬼が疾駆していた。
全長は周辺の木々よりも高く、実に18
肌の色は青紫。額からは2本の角。赤い瞳の周りは黒く、
その肢体を守るのは武士甲冑を模した装甲だ。肌と同じ青紫色だった。
日本政府が発令した軍事力増強計画、スサノオ・プラン。その大本命。レムナント財閥により開発されたドール・マキナ―――マガツアマツ。弐号機のリンドウだ。
聖技はレーダーを頼りにモニターを見た。ところが青紫の機体色は程よく夜間迷彩としての役割を果たし、その姿を視認することはろくに出来ない。
同時に、暗闇の中だからこそより分かりやすいものがある。推進器の光だ。しかしながら、これほどの速度で移動するならば見えてしかるべき光が、リンドウがいるはずの場所からは全く見えない。
「はや、いや、え!? これ本当にキリン会長近付いてきてます!?」
『来てる来てる。もうすぐ戦場に到着だ』
「それは見てれば分かりますけど!」
リンドウは、20キロメートルもの距離を、単純な脚力だけで瞬く間に走破した。
合わせてレーダー上の表示が増えていく。リンドウの移動経路上にも敵機反応が2つ出現。まだ斬撃が届く距離ではなく、しかして銃撃ならば届く距離。
発光が連続した。
ついでに男の声まで聞こえてきた。ヘタクソとか不能野郎とか托卵親父だとか、そんな意味の英語のスラング。どうやら麒麟の射撃の腕は相当に酷いらしく、わざわざ外部出力してまで罵倒が繰り返されている。
各所でライトの光が点り始めた。その光のおかげで聖技もようやくリンドウの姿を見つけて、
「―――え?」
即座に見失った。消えたとしか思えなかった。
リンドウがいた場所からは、赤と白、2色の光の軌跡が廃倉庫街へと続いている。2本の赤の軌跡は2機の敵機それぞれを通っていた。直後にその2機が爆散した。
光の軌跡をさらに追う。その終端に、いた。両手から赤黒いビームソードを伸ばし、身体の各部からは白い光の粒子をこぼす鬼武者の姿が。
『東郷麒麟、戦場一番や―――』
目が合った。そう思った。
『……戦場二番槍!!』
「言ってる場合ですかキリン会長ーーー!!」
リンドウの周囲にいた敵が、一斉に飛び掛かったのだ。リンドウが飛び込んだ場所は、敵機の密集地帯だ。
赤い刃が、奔った。包囲網の中にリンドウの姿は既になく、包囲していた敵、その全てがほとんど同時に爆発する。
(はや―――!?)
またしても見えなかった。異常なほどの超高機動。
ブリーフィングで石川が言っていた。敵を殲滅するだけなら麒麟1人で事足りると。だからルインキャンサーが交戦する必要はないのだと。
敵がさらに出現する。リンドウの周辺の倉庫からも9Yが何機も姿を現し、さらに遠くからもリンドウ目指して攻撃を仕掛けてくる。
ところが、だ。リンドウはそちらには目もくれず、両手のビームソードをブォンブォンと振り回し始めた。
『うぅーむ……。やはりこの手の得物は、どうにも違和感を感じるな』
『重複表現だぞカイチョー』
麒麟は葵からの指摘を無視した。
ビームソードが消える。両手を離す。トンファー状の銃へとグリップが収納された。さらに銃は肘側へとスライド移動する。リンドウの両手が自由を取り戻す。
『やはり私は、こちらの方が性に合う』
そして腰から引き抜いたのは、一振りの実体刀だった。その刀身が暗闇の中、薄く光を帯び始める。プラズマ・スキンを展開した刀―――プラズマ・カタナだ。
リンドウが刀を構える。右腕を折り曲げ、左手は右肩に触れるような位置へと。自然、刀の切っ先は天を向く。
『ーーーーーーーーー!!!』
猿叫。突如の爆音に聖技は思わず麒麟との通信を切断した。そうしたのは聖技だけではない。切断とまではいかなかったが、他の全員もリンドウからの受信音声を最小にまで下げた。
『あー、スター3、聞こえてるー? 耳は大丈夫?』
「あ、はい。聞こえてます。音で死ぬかと思いました。……あの、今日だけでボクは、あと何回死にそうな目に遭えばいいんですか?」
『……これ以上はないはずだから安心してくれ。メインモニターにアルファとベータのマーカーは表示されてるかな?』
確認してみると、確かにメインモニターには『α』と『β』、色の異なる2つの文字が合成で表示されている。
「あ、はい。出てまーす」
『では、そのマーカーのポイントを攻撃し続けてくれ。指示はおいおい出す』
「了解でーす」
●
森の中、隠れるように鬼が身を屈めていた。
マガツアマツ参号機オロスタキス。石川が搭乗する隊長機だ。
そしてその様子を後ろから窺うのは、もう一匹の黒い鬼。リンドウ同様に大袖型の大出力スラスター兼小型シールドを装備しており、短い角は倍に増え4本。右腕にはアサルトライフルを、左腕には巨大な円盤盾を装備している。マガツアマツ肆号機。
無名のマガツアマツ肆号機のコックピットで、全天周モニターに映る光景を葵は見ていた。
次に、自分が来ている耐Gスーツを見た。戦闘機パイロットなどが着用するものだ。麒麟も同じものを着ている。
そしてもう一度、麒麟が、リンドウが戦う様子を見た。異常なほどの機動力だ。葵からしても、まるで瞬間移動をしているようにしか見えなかった。
(
ウンヨウ・スラスタ。それがあの性能のタネと仕掛けだ。
プラズマとビームは互いに反発する性質を持つ。その性質を利用して、自分のプラズマ・スキンに自分でビームを照射する。結果、瞬間的に圧倒的な推進力を得ることが出来るのだ。
(耐Gスーツを着ているとはいえ、オレがアレやったら死ぬんじゃねえのかコレ)
欠陥機扱いされている壱号機などは十分な訓練を組んだ正規軍人が何十人も気絶し、試験が途中で中止になったほどだ。弐号機リンドウや肆号機はその3割程度の出力に抑えられているが、それでも不安は残る。
そういえば、と葵は出撃前のことを思い出した。石川はアストラの隊服のまま搭乗したはずだ。
「……なぁ隊長、アンタ着替えてなかったよな? ウンヨウ・スラスタ使ったら死んだりしねえか?」
『オロスタキスのは最大出力でも弐・肆号機の3分の1程度しか出ないよ。ギリギリ耐えれる』
それでもギリギリかよ、と葵は戦慄する。リンドウと肆号機のカタログスペックはほぼ同一だ。
その時、近くの木々がガサガサと揺れた。闇の中から飛び出して来たのは、
「うおっ!? キモッ!! こわっ!!!」
巨大なクモだった。手のひらサイズどころではない。10メートル以上は軽くある。趣味がら昆虫にはある程度の耐性がある葵ではあるが、流石にこのサイズはビビる。
「クモ型マンティ……!? まさかローズ・スティンガーの近種かぁ?」
『いや、これはアニマキナ。ローズ・スティンガーの端末でもない。……そう言えば、こっちのマニュアルは渡してなかったな』
アニマキナ。動物型機械。金属生命体マンティを模して生まれた兵器だ。
「動物じゃなくて虫じゃねーかっ!!!」
八本の足を動かし、クモ型アニマキナはオロスタキスの元へと移動する。腹を縦に持ち上げるとスリットが開いた。そこから銃器が出てくる。スナイパーライフルだ。
『じゃあ現地実習ってことで。僕が操作する
ナーゲルはドール・マキナから操作されるドローンの総称だ。ロジスティクス・ナーゲルはオールレンジ攻撃を目的としたものでは無く、武器弾薬の補充・交換を行うためのドローン兵器である。
オロスタキスはそのスナイパーライフルを引き抜くと、戦場とは別方向の森の中へと無造作に銃口を向けた。3連射。しばらくして3連続で爆発音。
(……今、ろくに狙わずに当てなかったか?)
それどころか、撃つ方向を見てすらいなかった。
(な~にが『勘違いするな、周りの仲間が優秀だったから』だ。アンタも十分
オロスタキスは廃倉庫街へと逐次狙撃を続ける。目標はリンドウよりもルインキャンサーの方が近い敵機だ。さらには森の中からは多数のミサイルが飛んでいき、ルインキャンサーへの移動経路を妨害していく。
(だいたいナーゲルだってまともに使えるヤツなんて滅多にいねえっつーの)
ドール・マキナは思考によって操作できるが、ナーゲルを思考操作する技術は存在しない。かつては
そしてドール・マキナを動かしながら、ナーゲルを同時操作するのはとてつもなく難しい。例えばサッカーをしながらラジコンヘリを飛ばすようなものだ。
しかも、だ。おそらく石川が操作しているナーゲルは、今の一つだけではない。レーダーに表示される味方機の数はどう見ても10機以上。日本軍から派遣された味方機ではないかと最初は思っていたが、今なら分かる。これは、石川が操作しているナーゲルだ。
(非戦闘員や脱出したヤツをどうやって捕まえんのかって思ってたが、こういうカラクリか)
視覚効果も抜群である。少なくとも葵は、自分よりも巨大なクモに襲われたらその場で気を失う自信がある。ドール・マキナに襲われるのよりも遥かに怖い。
『お、ちょうどいいのがいるね。スター4』
石川から座標を伝えられる。レーダーが表すその場所には4つの敵機の反応。そこから少し離れた場所には、同じく敵機の反応が2つ。
『それじゃあ、一戦交えてみようか』
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