不良少女 15


 場面は再び、作戦開始時刻2200に戻る。


 そんなわけで聖技は、裸みたいで一応は裸ではない、しかしながら表を歩けば警察のお世話になること間違いなしの格好をしているのであった。


 複数並ぶ通信用モニター、その1つには葵の顔が映り、別の1つには麒麟の顔が映り、さらに別のモニターには黒い背景に白文字で『SOUND ONLY』の文字だけが映っていた。聖技は別に気にしなかったのだが、葵とプラムとボマーズからの強い要望で、石川だけは映像はオフで音声のみの通信だ。



 ―――バルサン作戦、フェーズ1。ルインキャンサー単機による上空からの奇襲。



 石川は敵の作戦開始予定時刻を午前0時から4時の間だと推測。故に作戦開始時刻は2200―――午後10時ピッタシである。


 月明かりの無い黒の夜、黒の機体が、黒の輸送機から降下する。


「うっひいいいいいいい超こわあああああああああ!!!!!」


 15歳の少女の絶叫と共に。


 悲鳴を余所に、聖技は通信機越しに葵と麒麟の会話を聞いた。


『思ってたより勢いよく落ちるもんなんだな』


『ふむ、そういえば物理の授業でやっていたな。物が落ちる速度は重さに寄らないと。アレクサンドリアだったか?』


『……アレクサンドリアはエジプトの都市の名前で、たぶん会長はアリストテレスって言いたいんだろうけどよ、そいつは重い方が早く落ちるって間違いを主張してたヤツで、落下の法則を発見したのはガリレオ・ガリレイな』


『固有名詞の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは止めてくれ、覚えきれん』


 あ、という声がさらに聞こえた。2人からではない。アガルタからオペレーションをしているボマーズ、その誰かの声だ。


『ねぇこれアレじゃない? 足りてなくない?』


『待ってください計算します。いえ計算するまでもありませんね。間違いなく足りてないです』


「なにがぁ~~~!?」


『聖技ちゃん、落ち着いて聞いて』


「だからなにをぉ~~~!?」


浮力発生フライハイト装置・システムの出力、全然足りてない』


 え、と思った。浮力発生装置はその名の通り、降下時の速度を調整したり、飛行を補助するための装置だ。システムの名前の由来にもなっている希少金属フライハイトは、電流を流すと浮力を発生させる性質を持つ。


 そしてどれだけ大量に電流を流しても、発生する浮力には上限がある。


 モニターに映る浮力発生装置の出力は最大値。つまり、


「設計ミスってやつぅ~~~!!!??」


 SOUND ONLYから聞こえる溜め息。続いて、


『スター3、推進装置の使用を許可する。全力で無事に着地しろ。プラズマ・スキンも展開』


 言われる前に聖技はフットペダルを思いっきり踏み込んだ。背中と足から激しく炎が噴き出す。闇夜に浮かび上がるように、人の形をした光が現れた。


 着地。


 轟音と地響き。


 モニターの1つがピーピー鳴いている。今ので推進剤が空っぽだ。


 鼻から大きく息を吸う。口から大きく息を吐き出す。葵と麒麟へのマイク音声出力を小さくして、その代わりに石川への音声出力は最大にして、


「ぶっつけ本番で! やることじゃ!! ない!!! アホじゃないですかこの作戦考えたの!! アホじゃないですか!! アホ! アホー!!!」


『一応僕は上司なんだけれど、アホアホ言うのはどうかと思うよ』


「アホオオオオオ!!!!」


『ごめんって。ほら、もう作戦は始まってるんだから集中集中。他に気になることは無い?』


 荒れた息を整えた。音声出力を全員元に戻す。


「あー、今ので推進剤が空です。プロペラント・エンプティ」


『あ、どーりで。推進剤いちおう満タンまで入れたんだけどさ、なーんかあんまし量が入んないなーって思ってたんだよね』


『推進剤の最大積載量も不足している、と。懸念してた通り設計が甘々な機体だにゃ~』


「ていうか浮力が足りてないって何……」


『デヴァイサーで運搬するための質量軽減措置かもしれませんね。そのサイズなら自壊限界全長にはまだ余裕がありますし』


『ほらほら、ボマーズ、考察は後にして。今は奇襲の利を生かさないと。スター3、攻撃開始。ブリーフィングで話した通り、建物への攻撃は避けるように』


「スター3、了解でーす」


 ルインキャンサーは、緩慢にも見える動きで両腕を持ち上げた。両手五指の先端に開いた穴からは赤い光が漏れ始める。無数の倉庫を逸らして地面を狙う。


「ルインフィンガー・ランチャー!!」


 倉庫6棟が爆散した。


『お前ひょっとしてブリーフィング寝てた?』


「これアレ! 照準! 照準ズレてるヤツです!」


『あ、ヤバ。めっちゃ心当たりある』


『検査で色々と弄り回したしにゃ~』


『着地時の衝撃の可能性もありますね』


『地下で実射試験する訳にもいかないし』


『お~い隊長~? 本当にこれ大丈夫か?』


『大丈夫大丈夫。まだ慌てるような状況じゃない。ブリーフィングで話した通り、ルインキャンサーの直接交戦は避ける。役割は地形破壊と支援砲撃だ』


 乱暴なことを言ってしまえば、例え照準が狂っていようとも、役割の遂行自体には問題ない。


『と言っても非戦闘員や脱出ポッドを誤射されても困るからね。スター3、照準の修正を』


「もうやってますー! もう終わるんでさっき撃ったところ辺りで試射します!」


 撃った。狙い通りの場所に着弾した。


「よしオッケー! 今度はズレてないですよ!」


『いきなりグダグダしてんなぁ……』


『致し方ありません。本作戦における最大の不安要素はルインキャンサーですから』


『デヴァイサーがちゃんと飛ぶかすらぶっつけ本番だったからにゃ~』


『スター3、周辺の通路の破壊を続けろ。問題が起きたら即報告を。至近の敵は最優先攻撃目標に』


「りょうかーい」


 言われた通りに建物が無い場所へとバカスカ撃ちまくる。暗すぎて通路に人がいるかまでは全然分からない。


 すると、レーダーにポツポツと反応が現れ始めた。距離はどれも離れている。攻撃する必要はなさそうだ。そう思った瞬間、レーダー上に大量の反応が現れた。10や20程度ではない。50か100か、目だけで数えるのは不可能な数だ。


「123カウントぉ!? 30機くらいって話じゃありませんでした!?」


 よくよく確認してみる。反応の殆どは敵か味方か不明なUNKNOWN未確認機ですらない。UNDEFINED―――識別不能・・・・だ。レーダーが探知した対象物が、ドール・マキナであるかどうかを判別できていないのだ。


 単純に人の形をしているもの。巨大建築物。あるいは自動車のエンジンですらもUNDEFINED識別不能として表示される可能性がある。どうしてこんなことになるのかというと、


「うそ、ルインキャンサーのレーダー性能、低過ぎ……?」


 レーダーだけではない。熱源探知や暗視機能、画像解析能力にすらも問題がある。何世代も前の解析システムでなければこうはならない。


 だが、



『スター1、オロスタキス。戦場を掌握する』



 その言葉の直後、レーダー上の表示が一新された。100を超えるUNDEFINEDは全て消え、残ったのはわずか5機程度のENEMY敵機表示だけだ。


「あれ、敵は30くらいいるんじゃないですっけ?」


『今表示されているのは見張りだけだ。もう少ししたら残りも起きてくる。これよりオペレーション・バルサンはフェーズ2に移行する。スター2、吶喊せよ』


『うむ、東郷麒麟、リンドウ、いざ参る!!』

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