不良少女 4
「そういえば、なんでチンチンが走ってるんです?」
―――昼食の真っ最中だった。
花山院学園には学食がいくつも存在する。聖技と葵が今日入ったのは、葵が日頃からよく利用している学食だ。
高等部の生徒が単に学食と言う場合には、多くの場合ここの学食のことだ。学園に入学できるような上流階級の者たちからすれば普通の、けれども一般家庭の感覚からすれば贅沢と断言できるくらいには高価な価格帯。にも関わらず葵が多用しているのは、特待生は学食の利用が無料だからだった。
ちなみに、聖技にも葵にも馴染みの深い、大衆食堂で出るような料理が提供される学食も存在する。値段も大衆食堂相応。通称はB学である。学食のグレードを表すBではない。『Big』のBである。つまりは大食漢御用達で、聖技が愛用している食堂でもあった。
『学食』には個室のような仕切りはなく、学年を問わず多くの生徒が集まっている。少し高めのレストランのような光景だ。
だから、場の雰囲気に似つかわしくない
周囲の空気を感じ取りながら、葵はうろんな視線を聖技に向けた。手元には帝国ホテル風カレー半ライス。2割ほどを攻略したところで、はやくも満腹感を覚えている。一方で、聖技のもとには何の皿も無い。葵と同じ帝国ホテル風カレーを特盛で注文し、半ライス版の4倍以上はあったはずなのに、すごい勢いで口に運んでさっさと完食してしまったからだ。
「……オレぁまだメシ食ってる途中なんだがよ、先に食い終わったからってシモの話していいわけじゃねえぞ」
「シモ? あー、いやいや、違いますってー。電車ですよ電車! チンチン電車!!」
「声デケェー。つーか他に言い方あるだろ、路面電車とか学園電車とか園内電車とか。なんでそのセレクトだよお前」
「ボクがいたトコだとチンチン電車だったんですよ」
周囲の生徒たちの警戒が解けた。空気が弛緩する。食器が当たる音が再び聞こえ始める。中断させられた会話が再開する。ウエイターたちが落下したカトラリーを回収し、新しく代わりを渡して回る。その音を聞きながら、葵は自身が入学した頃に仕入れた情報を記憶の中から探り始めた。
「えーとだな、まず学園の敷地面積、11平方キロだったかな」
「あの、ヘーホーキロとか言われても全然分からないんですけど」
「あぁ、そりゃそうか」
ちなみに葵の「分からない」は11平方キロの広さの感覚についてではなく、平方という言葉の意味に対してのものである。が、葵もその事にまでは気付かなかった、
「小せぇ町ぐれぇのサイズだよ。千代田区と同じくらいだったかな。行ったことは?」
「ないですねー。あ、じゃあ今度案内してくださいよ。デートしましょデート」
「オレも行ったことねえんだけど。まぁ、行くのは別にいいんだけどよ」
「わーい!」
「で、だ。まぁ森の中によ、ちいせえ町がドンと一個入ってるようなもんなんだよ。必要な移動先も対して多くねえ。敷地の東の端にある校舎と、敷地の西の端にある学生寮。デパートみてえな購買は寮の側にあるし。それと南中央にある校門と、あとはたまーに中央ホール。あー、病院と研究室もあるか。そんくらいか? 車走らせて少人数をチマチマ運ぶよりか、まとめた人数を電車でって方が楽なんだろ」
「にしても、寮とか校舎をそんな端っこに置かないでよくありません? もっと寄せればいいのに」
「そこはオレも知らねえよ。道中で研究成果を見せるっつー意味でもあるのかもな」
そう言いながら、葵は去年の一年間を思い返した。校門から校舎までは路面電車で約15分。道中の景色、その大部分は牧場と農場だ。
学園内で消費するために育てているものではない。生徒用の食料品や嗜好品は、貨物列車を使って高級品が運び込まれているからだ。
では、何故に学園敷地内に牧場や農場が存在するのか。それは、生徒や教員たちによって管理や研究が行われている試験場だからだ。
変化と言えば季節による移り変わり程度のもので、基本的に変わり映えのしない景色が続く。時おりイノシシとかサルとかが入り込んで騒ぎになることもある。
特筆するとするならば、何か変なものが混じっている場合もある。が、それこそ専門の研究者でなければ”変なもの”と気付けないようなものも多い。葵も植物に関する研究室、その一つに所属しているのだが、
「専門分野ならともかく、他のはオレも分からねーしなぁ」
いや、と葵は考える。これまで思いつきもしなかったが、あの無人路面電車自体が研究成果の一つなのかもしれない。学園内を走り回る路面電車は、呼び出しボタンを押せばやってきて、行き先を押せばあとは勝手に運んでくれる。縦ではなく横方向に移動するエレベーターのようなものだ。
(プロジェクト・クルス。……道路を使ったドール・マキナの高速運搬計画は頓挫したからな。新型もこの間事故ったって話だし。となるとお次は変形する電車が開発されるかも知れねぇなぁ)
葵の思考はさらに深く潜っていく。聖技との会話に応じながら、小中学生の頃に社会や日本史で学んだ内容へと意識が移る。
そもそもとして、どうして花山院学園がこれほどに広大な敷地面積を有しているのか。その理由を説明するには、今より400年以上も昔にさかのぼる必要がある。
江戸幕府が設立するより少し前、まだ織田信長が生きていた頃に、とある船が渡来した。アメリカ大陸から太平洋を横断してきた船だった。その船に乗っていた旅団は、『レムナント開拓団』。アメリカ大陸の広大な大地を開拓した一団だ。
その旅団の中に、存在したのだ。アメリカ大陸を開拓するために誕生した、現代では
当時はまだドール・マキナという呼び方は無く、単に『マキャヴェリー』と呼ばれていた。のちに織田信長によって『
そして戦国時代が終わり、江戸幕府が起こされる際に、レムナント開拓団には極めて重要な役割を与えられる。世露威を研究・開発する幕府直轄の新組織、通称、
この世露威処が設置されたのが、花山院学園が存在する場所である。
ここまでは教科書に載っている。ここから先は、葵が学園へと入学することが決まってから個人的に調べた内容だ。
レムナント開拓団は幾度か名を変え、今はレムナント財閥を名乗っている。花山院学園の運営母体だ。
日本各地に世露威の研究所や開発施設が増えた頃に、世露威処は訓練施設へと変化した。軍が誕生してからは、軍人用の操縦訓練学校へ。そして昭和になってしばらくして、軍事施設ではなく華族専用の学園に。花山院の名が付いたのはこの時だ。
これは葵の単なる想像だが、わざわざ花山天皇の名を用いたのは、当時の政府からのメッセージだったのではないだろうか。レムナント財閥は政治に関わるな、という。あるいは優生思想によるものか。より優れた子を作るためには、貴人は貴人同士で子を成すべきだ、という。
そして第二次世界大戦の終結後、華族制度の廃止と共に、華族専用の看板を下ろすこととなる。とはいえ、華族が華族ではなくなったというだけで、生徒の層と学園の本質は変化していないだろうと葵は考えていた。
つまり、
「
「はぁ」
何の気も無しに返事をする聖技を見て、葵は急に不安になってきた。
「言っとくがよ聖技、オレらも無関係とは言えねえからな」
「そうなんですか?」
コネ作りと言われて聖技が真っ先に連想したのは、3人の幼馴染とその生家だ。
「う~ん、ハカセはコネ持っていったら喜ぶ、かな?」
多分喜ばないだろうな、と聖技は思う。あの男は常日頃から公言していたからだ。家業には全く興味が無い、と。
「誰だよハカセて。いやそうじゃなくってよ、オレらにはあんだろ、デカくて太いビッグなコネがよ」
全然分からない。聖技が首を傾げたのを見て、葵はこれ見よがしにため息をついた。
「だからよ、獅子王の姐さんだよ」
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