悪を滅ぼす者 10
通常、対ビームコーティングがビーム弾を弾くと、着弾部分には黒い焦げ跡が残る。今みたいに機体表面に波紋が広がるような効力は無い。
ビームが当たった腕を確認するが、焦げ跡なんて一つも見えない。その代わりによく見てみると、
「……うっすらと、光ってる?」
知らない機能がある。聖技は戦闘中にもかかわらず、コックピット内を見回して何か覚えのない表示が出ていないかを探す。
すぐに見つかった。
「プラズマ・スキン全身展開。……プラズマ・スキン、全身展開ぃ!?」
プラズマ・スキン。文字通り、金属表面をプラズマで覆う機能のことだ。プラズマ・スキンを展開した武器は非展開武器よりも攻撃能力が向上するし、プラズマとビームは互いに反発する性質を持つので、実体剣でもビームソードと切り結ぶことも可能になる。
だが、大きな欠点を一つ有する。消費電力の激しさだ。プラズマ・スキンは、展開面積が広くなると、爆発的に消費電力量が跳ね上がるのだ。
10メートル前後の機体が振るう実体剣に展開する程度なら消費電力に問題は無くても、全長30メートルのルインキャンサーの、それも全身に展開するとなれば、問題にならないはずがない。プラズマ・スキンを防御的に使えるのは、製法が失われた幻の動力、マリウス・ジェネレーターを搭載した機体の特権だ。
故に聖技は焦った。今まで特に気にしていなかった
「は? なにこれ」
残燃料を知らせるメーターは満タンだった。しかも推定稼働可能時間は、
「もしかして、ホントのホントにマリウス・ジェネレーター? いや、でも、3年前の戦争で全部使えなくなったってハカセ言ってたし」
着弾。衝撃。
「っ……! 考えるのは後! パワーダウンしないんなら、なんだっていい!!」
防御姿勢を解く。近付くパッチワーカーに向けて、拳を開き両手十指の先端を向ける。穴の開いた指先からは、薄く赤い光が漏れ出ている。
反撃だ。
「ルインフィンガー・ランチャー!!」
合計10門のビームランチャーを、乱射した。
狙われた敵が盾を構える。雨、と形容するにはいささか巨大に過ぎるビームの球体は大きく狙いを外れた。アスファルトを溶かし、木々を焼き、建物を飲み込み、十数発目にしてようやく狙った的に着弾する。
即座に爆発した。一瞬だった。爆炎の中に何十発も無駄打ちをした後にようやく敵を倒したのだと気付いた。発射トリガーからすぐには指が動かず、撃ち終わったのは更に百発以上撃った後だった。
敵は、跡形も残っていなかった。
「…………!」
とんでもない威力だった。確信する。やはりルインキャンサーは、街中で運用するようなドール・マキナではないのだ。
(……とりあえず、これで2機目。あと1機は―――)
最後の1機の姿は、聖枝の脳裏にしっかりと刻まれていた。
アラート。音が鳴った方へと顔を向けた。最後の1機の接近を知らせているのだ。そう思った聖技が目にしたものは、
「…………は?」
逃げていた。
ルインキャンサーに背を向けて、一目散に離れていく。
待てよ、と思う。ぐつぐつと、腹の中が煮えくり返りそうになる。いや、お前、それはないだろう。
威力過剰など知ったことか。両腕を上げ、指先で逃げる背中を狙おうとする。が、ビープ音が鳴った。赤マーキングの上に『OoR』の文字が表示される。Out of Range。射程外。
「くっ……!」
後を追う。地面や建物がどうなろうと知ったことかと動き出す。だが、遅い。歩幅が大きくても動きが鈍重だ。このままでは逃げられる。加速しようとフットペダルを踏み込むが、いやに抵抗が無い。踏んだペダルは異常に軽かった。これは、
「推進剤切れ……!?」
地下から出る時に、使い切ってしまったのだ。
追いつけない。このままでは、向日葵の仇が逃げてしまう。
「何か、何かないの!? 何か!?」
その時、火器管制システムが、
聖技は、迷わなかった。
「ブレイザー・シーケンス、スタート!」
足を止めた。ルインキャンサーが大きく胸を反らし、胸の五角星を構成する五つの羽、三角形の部分が全て起き上がる。金色の衝角と化した五角星が回転を始める。まるでドリルのように。先ほど表示された新たな画面上では、充填率を示すゲージが溜まっていく。回転は加速し、金のドリルの中からは赤い光が漏れ始める。
充填率が、端まで到達した。
「うわあああああ!! ルイン・ブレイザァァァアアア!!!!」
ビームが、奥多摩の空を
ルインフィンガー・ランチャーや敵が使ったビームライフルから放たれたような、弾状のビームではない。巨大な一本の柱にも見えるビームが、螺旋を巻きながら敵へと迫る。
外れた。
避けられた。
ビームは敵の真横に着弾する。道路はおろか大地を大きく吹き飛ばし、しかして生き汚い悪運だけは高いクソ野郎には当たっていない。
それを、
「おおおおおおおおああああああああああ!!!!!!」
機体ごと砲身を傾けて、ビームを横薙ぎにした。
逃げる敵機を巻き込み、爆発が起きる。大きく敵を通り抜けてからようやくルインブレイザーが止まった。着弾した場所からは一瞬だけ、巨大な炎がまるで壁のように発生した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
炎が消え、残骸すら見つからない着弾痕を見ながら、聖技はいつの間にか止まっていた呼吸を再開する。
きっと、殺した。マキャヴェリーの
ようやく視線が外れた。操縦桿を握り締めたまま項垂れる。
「仇、とったよ。ヒマワリちゃん……」
ポタポタと、太ももに涙が落ちていく。終わったのだ、と聖技は思う。そして、ようやく操縦桿から手がはがれて、
「う、うぅ、ううううううう~~~~」
泣いた。
ごめん、という思いがあるのに、喉が痙攣していて口からは出てこない。
鋼鉄の箱の中で、人の気配がない場所で、人の温かみを感じられるものがサインが書かれた色紙しかない場所で、
ひとしきり泣いて、
目をぬぐい、
鼻を啜って、
そして、ゲロ臭さ漂うコックピットの中、急に冷静さを取り戻した聖技はこう思う。
―――よし、逃げよう。
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