不良少女 12


 石川は演台に備え付けられたコンソールを操作する。部屋の明かりが落ち、プロジェクタースクリーンに映像が投射される。最初に表示されたのは、


「2004年、第1次、バルサン作戦……?」


「第1次っつーことは何回かやんのか?」


「バルサン作戦ってのは、外国人武装組織の潜伏先を制圧する時に使われる名前なんだ。第2次以降があるかは今後次第だね」


「ふーん」


「ほーん」


「さて、今回の攻撃目標を知らせる前に、補足説明を事前に行っておこう」


 石川は明らかに聖技の方を見ながらそう言った。


「50年ほど前までは、多摩地区ではドール・マキナ開発が盛んだった、という話は知っているかな?」


「ま、教科書にも載ってる話だしな」


 聖技は無言で乗り切ることにした。


「特に奥多摩には、ドール・マキナ用の巨大な倉庫街がいくつもある。まぁ、今じゃ一つも使われていないけれど。ところが、だ。その中の一つに、多数のドール・マキナが集結していることが確認された」


 スクリーンの映像が更新される。表示されたのは航空写真だ。どこだこれ、と聖技は思う。東京近隣のやつだな、と葵は思う。


 馬鹿みたいに広い大森林が、地図の半分近くを占めていた。奥多摩の森だ。その森の中央付近には、ぽっかりとした四角い空間が存在する。地図に表示された縮尺を参考にすると、縦横ともに10キロメートル近い。石川が指示棒でその場所を指した。


「言うまでも無いけれど、ここが花山院学園」


 指示棒は右下、南東の方角へと移動する。


「で、ここが件の倉庫街。つまり、作戦目標地点」


「うわ、近っ!?」


「いや、そうでもねぇよ。学園が馬鹿広ぇからそう見えるだけで、50キロは離れてる」


「車だと1時間で行けるくらいですか」


「「…………」」


 葵と石川は何と言おうか少し悩み、どちらもその部分には触れないことにした。


大型マキャヴェリー ダース ならそう時間のかかる距離じゃあねえな」


「オプション無しで飛行できる機体も多いからね。陸戦型でもバッタ出来るし。けれども安心してほしい。今回潜伏している敵は、大半が中型マキャヴェリー 9Y かクルスのはずだ」


 9Yもクルスも、軍用ドール・マキナとしては最低スペックしか持たない機種だ。ジャンプ力も低く、2メートル程度の跳躍力しか持たない。単独での飛行も不可能。完全な陸上専用機である。


「ドール・マキナは歩くのは早くても、走るのは案外遅い。奥多摩の森を抜けるとなると、9Yじゃあどう頑張っても4時間程度はかかるはずだよ」


 その時、「あ」と葵が何かに気付いた。


「ひょっとして、オレの実機訓練の許可が下りなかったのってこいつらが原因か?」


「そういうことだね」


「え、どういうことですか?」


「……うっかり遭遇戦なんてことになったら目も当てられねぇだろ」


「ドラマなんかじゃあお約束だけれども、現実ではゴメンこうむりたいねぇ」


「あ? ンだコラ。テメェオレが負けるとでも思ってんのかコラ?」


「うん、割と。だって星川さん操縦ヘタじゃん」


 葵はギリギリと歯ぎしりをして威嚇音を発し始めた。


「下野さんならあっさりと全滅させてくれるかもだけれど、今回の場合はそれは困るんだよね。情報収集のために捕縛したいから。さて」


 再びスクリーン上の画像が切り替わる。なぜかタイマーが表示されていた。設定されていた時間は10分だった。


「デーデン! ここで星川さんに問題です」


「あ゛?」


「一つ、敵の目的は何か? 二つ、その目的に対して、我々はどのような作戦を立てるべきか?」


「は?」


「制限時間は御覧の通り10分間。はい、それではスタートでーす」


 そして、タイマーの時間が減り始めた。


「はぁああああ!?」


「あ、え、どうしましょう? ボク走った方がいいです!?」


「なんでだよ!? いやちょっと待てよ!?」


「何か質問があるならある程度は答えるよ」


「あ、じゃあ隊長、しつもーん」


 聖技が右手を上げた。


「……一応、これは星川さん用のなんだけど」


「なんでウチって女の子ばかりなんです? 隊長ってハーレム趣味?」


「違います」


 自身の名誉のために石川は即座に否定した。


「男性職員の大多数はね、中国で復興作業に携わってるんだよ。獅子王総帥と一緒にね。ここが女子ばかりなのは単なる偶然」


「しかし隊長。ボマーズたちとよく一緒に寝ていないか?」


「えっマジ!? キリン会長、ちょっとその辺の話くわしく」


「しなくていいから。……星川さんは? 何かない?」


「今してた話の方が気になるんだけれどよ。まぁそれは後でじっくり聞くとして」


「……後でも何も、言わないよ?」


「はっ! もしかしてプラムちゃんにも手を出しているんじゃ……! う、うらやましい……! この淫行教師!!」


「下野さん、なんでそんな変な言葉知ってるの。あと僕は教師でもないし、手を出したりもしていないからね」


 葵は何も聞くことなく、目を閉じて考え始めた。その間、聖技たちの間で雑談が続く。


「今日はタバコ吸ってないんですね。珍しー」


「プラムちゃんに吸い過ぎだって怒られちゃってね、没収されちゃったんだ。……下野さん、ちょっと買ってきて貰っていいかな? 駅前にコンビニあるでしょ? あそこで買えるから」


「今日は臨時閉店のはずだぞ」


「え? あ、しまった、そうだったー……」


「ていうかー、ちょっと前に子供じゃお酒もタバコも買えなくなりませんでしたー?」


「んなもんちょっと脅せば、と、思ったけど、あの店員には通じないか……。たぶん君たちは知らないだろうけれどもね、あそこのコンビニ、頻繫に店員が変わることで有名だったんだ。給料が高額ではあるんだけれど、通退勤に片道2時間以上かかるし。あとはまぁ、セキュリティやら情報漏洩やらで。ところが今の店員は、なんと今年で4年目になる大ベテランだ。スカウトする前、コンビニ強盗に8回遭って、そのうち5回も撃退したらしい。根性入ってるよ。花山院ウチの生徒相手でも全然怯まないし」


「ていうか売ってるんですね、あのコンビニにタバコ」


「ああ、うん。あの店舗、生徒用じゃなくって、教員や外来用に用意されたものだから。子供じゃ買えない物も普通に売ってるよ」


「エロ本とか?」


 ちなみにエロ本は学園敷地内に存在する巨大デパート購買部には売っていない。


「売ってる売ってる。知ってるかい? 中等部にはね、あそこのコンビニでエロ本を買って来るっていう度胸試しが」


「―――うし、分かった」


「え、もう? まだ5分も残ってるよ? 本当に質問しなくていいの?」


「いらねぇよタコ。つかヒント出し過ぎなんだよ。クイズ番組の司会者が天職だぜテメー」


「ヒントなんていつ出してました……?」


「10分っつー制限時間自体がヒントだよ」


 意味が分からない。聖技は首をかしげた。


「だからよ、考えさせる時間が短すぎんだよ。つまり周知の情報から答えが導き出せるっつーヒントだ」


「まぁ、そう解釈するのは星川さんの自由だけれど。本当に質問無しで大丈夫? これで間違えてたら恥ずかしいことになるよ?」


「オレぁ別にテメーの嬉し恥ずかし暴露話の続きをしてもいいんだぜぇ? ボマーズの姐さんたちもここに呼んでよぉ~! テメーが誰と寝たのかって話をしようぜぇ~! 女子は恋バナがだ~いすきだからよぉ~~~!」


「よしそれじゃあ回答いってみよう! 大丈夫、間違えることは恥ずかしいことではないよ! 失敗は人を成長させるものだからね!」


 聖技と葵は石川を白い目で見た。さぁ、と石川は手振りで回答を促す。


「まず一つ目、敵の目的についてだが―――」


 そう言うと、葵は人差し指を1本ピンと立てた。数字の1―――。ニンマリと笑う。確信と共に上を指差す。


 言った。



「―――花山院学園だ」


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