不良少女 18
「あ」
麒麟は思い出した。そういえば今回は、捕縛が目的だと言われていたことを。捕縛、つまりは、
「生け捕りにしなければならなかったか……!」
周辺を見渡すと、無数の残骸が広がっている。麒麟が叩き切った敵機である。その大半は、胴体を一刀両断にされていた。
生きているだろうか、と馬鹿なことを考える。生きているはずがない。そもそも、これまで麒麟は敵を殺すことを考えて刀を振るっていたのだから。
「しまった、私としたことが……!」
口ではそう言ったが、直後にこう思った。いや、だってしょうがないじゃないか、と。
マガツアマツの全長は約18メートル。対する9Yは8メートル程度で、170㎝ある生身の人間からしてみれば、それは1歳児とか2歳児を相手に戦っているようなものである。そしていくら麒麟と言えども、1歳児2歳児相手に本気で竹刀を振るうわけにはいかないのである。
つまるところ、この戦いは、生身であれば決して攻撃してはならない体格差のある相手に、合法的に刀を振るうことができる絶好の機会であるのだ。
見逃すことが出来ようか。いや、出来まい。
なので麒麟は張り切った。というか斬りに斬った。なかなかに稀有な体験だった。
(タイ捨流の、え~~~と、……なんという名前だったか?)
麒麟が花山院学園に転校したのは中学二年生の時だ。それまでは海軍所属の父親の仕事の都合で全国を転々としていた。佐世保に住んでいたのは小学四年生の頃。その時にタイ捨流を習ったのだが、技を身体が覚えていても、その技の名前を残念なオツムは覚えちゃいない。
ともあれ、だ。剣術の中には、自分は立ち、相手は座っているという状況での技もありはする。するのだが、
(頭の高さは近い。が、立たれていると、案外勝手が違うものだな)
20
「さて、と」
眼前、敵は6機。他にもまだ残ってはいるが、
「とりあえず、こやつらくらいは捕まえておくか」
敵の1機が斬りかかってくる。他の5機は銃火器で支援。麒麟は射撃に対しては無視することにした。マガツアマツの装甲の前では、かすり傷にすらならないからだ。
そんな気構えだから両腕のトンファーガンは
9Yが振るった実体剣を、リンドウは刀を持たない左手、2本の指だけで白刃取りにした。そう難しいことではない。マガツアマツは機種の由来にもなったJ.I.N.K.I.理論で作られたドール・マキナだ。つまり、生身の身体で行える技術なら、ほぼ再現することができるということである。
左手を勢いよく持ち上げる。剣につられて敵が浮き上がる。
一瞬、三閃。敵の首を切り飛ばし視界を奪う。左肩を切り飛ばし抵抗を奪う。腰を切り飛ばし足を奪う。
剣を持つ右腕だけが残った胴体を、コックピットブロックを取り出すために三枚おろしにした。
「よし!」
爆散した。
「……む? ……何か、間違えた、か?」
至近距離で爆発したにもかかわらず、リンドウは無傷だ。左手には剣と、剣を握ったまま胴体を失った腕だけがぶら下がっていた。
やってしまったものは仕方が無い。麒麟は切り替えることにした。左手の剣を捨て、右手のプラズマ・カタナを地面に突き刺す。
瞬間、光の軌跡を残して、リンドウの姿が消えた。
残る5機は、そろってリンドウを見失った。当のリンドウは敵の1機の真後ろに移動していた。こいつは9Yではない。自動車との変形機構を有するドール・マキナ、『クルス』の一種だ。このトレーラー型クルスは、
コックピットの位置は明らかだ。膝を屈め、その胴体に後ろから手刀を突き刺した。
窓ガラスが、真っ赤に染まった。直後に爆散する。パイロットはもちろん即死だ。
黒煙が晴れる。やはり無傷のリンドウが姿を現す。
「…………」
たらり、と麒麟の頬を汗が伝った。
「いかん、いかんぞ……。意外と、難しくないか、これ……」
思い出すのは小学生の低学年の時の夏祭りことだ。あの日は忙しい父が奇跡的に帰宅していて、生まれて初めて一緒に夏祭りに行ったのだ。そこで金魚すくいをやっていて、見ている分には実に簡単そうに思えるのに、実際にやってみたら親子そろって一匹もすくえなかったことを思い出す。店主が残念賞にと用意してくれた
そうだ。見ているだけだと簡単そうに見えるのに、実際にやってみると思い通りにはいかないのだ。
「金魚すくいならぬ犯罪者すくいか。いいだろう、あの時の雪辱を果たさせてもらおう……!」
言うまでもないことだが……麒麟は、一人残らず惨殺した。
●
「お゛……!?」
身体が、跳ね上がった。否、四点式ベルトがその動きを許さない。葵はコックピットシートに拘束されたままだ。
急激な痛みに身体が動かない。唯一動くのは眼球だけだ。ぎょろぎょろと忙しなく動き、今はドール・マキナのコックピットにいることを理解する。見慣れない機材の配置。全天周モニターというのも珍しい。少なくとも、ドール・マキナ・マーシャルアーツで使われている競技専用機体ではないことを確信する。両腕は固定具のおかげで操縦桿に添えられたままだ。股間の湿った感触に気付いた。気持ち悪い。
高度計の数字が下がっていくのに気付いた。落下している。
正面、真っ黒な光景からは、点滅する4つの小さい光が見える。点滅する場所には赤いマーキング。さらにはマーキングと同じ赤色で、5つのアルファベットが書かれている。まだ半覚醒状態の脳が、一つずつその文字を認識する。
―――E
―――N
―――E
―――M
―――Y
その文字がゆっくりと脳に浸透し、知識という名の引き出しが、その言葉の意味記憶を引っ張り出す。
ENEMY
(―――
攻撃されている。あの点滅する光の正体は対空射撃だ。
(武器は!?)
火器管制パネルは、見慣れた位置からは少しズレていた。右手に銃を持っていた。左手には盾を持っていた。
操縦桿を、握りしめる。露出したミスリルを通じて、葵の意思がドール・マキナへと宿る。
「おおおおおおあああああああああ!!!??」
我武者羅に、銃を眼下へと発射した。設定はフルオートモード。みるみるうちに火器管制パネルの残弾数が減っていく。
空を飛ぶ、という考えはなかった。飛行訓練なんて受けていない。飛びたくても飛び方が分からない。
ろくに狙いを付けずに放たれた銃弾は夜の森の地面へと消えていく。弾倉が空になる寸前に、一発だけが命中した。
その一発の銃弾で、敵は爆散した。
咄嗟に身体が動く。ペダルを踏み操縦桿を傾ける。人の体を動かす電気信号の代わりに、人間の体には存在しない推進器が、その方向へと機体を押し出してくれる。
今だ炎の見える爆炎の中へと、葵はマガツアマツ肆号機を突入させ―――
「ラウンド・チャクラム!!!」
煙が、吹き飛んだ。
木々が、吹き飛んだ。
敵が、3機同時に爆散した。
盾だ。左腕に装備していた円形の盾が、その縁に赤と白、二色の光を走らせながら周辺を切り開いたのだ。
外縁部にはビームとプラズマのチェーン・ソー。持ち手部分にはビームガン。遠近両用複合兵装、スラッシュ・ショット・シールド。通称
ワイヤーを使ってS.S.S.を回収する。左腕に重さを感じ、重心が左側に偏った。
(おっも……!?)
無意識にモニターチェック。重兵装ダースに匹敵する重量だ。
(盾の重さじゃねえだろ……)
「ッッッッブハッ!!! ハッ……、ハッ……、ハッ……、」
無意識に止まっていた呼吸が、ようやく再開した。
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