不良少女 17


「はぁ? 名前ぇ?」


 時は再びさかのぼる。聖技がプラムにエッチなパイロットスーツを着ろと迫っている真っ最中。アガルタの廊下では、着替えた葵がリラクゼーションルームへと向かう途中で石川に捕まっていた。そこでこう言われたのだ。「肆号機の名前を考えておいてほしい」と。


「つーかなんで今? あとなんでオレ?」


「だってずっとマニュアル読んでたじゃない。あとはまぁ、出撃前の気晴らしも兼ねてね。マガツアマツのペットネームは、そのパイロットが付けるんだよ」


 まぁ2例しかないんだけどね、と石川は苦笑しながら補足した。


「聖技にゃあ聞かねーでいいのかよ」


 というのも、本来の計画であれば、マガツアマツ肆号機は聖技と葵、2人でパイロットを交代する予定だったからである。


「いいのいいの。ルインキャンサーの解析はまだ時間がかかりそうだから。あと、まぁ……」


「ンだよ」


「その、ね。下野さんのネーミングセンスをね、僕は信用できなくってねぇ……」


「……まぁ、小坊みてーな名前付けそうではあるけどよ」


「僕の予想ではグレートマガツアマツ、次点でファイアーマガツアマツだ」


「そこはフィーバーマガツアマツ辺りにしてやれよ」


 まぁいいや、と葵は思う。ついでに少し気になっていたことを聞くことにした。


「名前って植物縛り?」


「え? そうなの?」


「なんでテメェが聞くんだよ。テメーが付けたんじゃねーのかよ」


「いやぁ、僕の命名はボマーズたちにボツ食らってさ。オロスタキスって名前はボマーズ案なんだよね」


「テメーの案はなんだったんだよ?」


「『マガツアマツ・ライブラ』」


「テメェ聖技ヒトのこと言えねぇぞコラ」


 マガツアマツのマニュアルを読む傍ら、葵はラプソディ・ガーディアンズの活動報告書についても流し読みしていた。だから知っている。ラプソディ・ガーディアンズ時代、石川は計3機のドール・マキナに乗っていたことを。


 最初の機体はパトカーから人型への変形機構を持つ試作型可変自動車クルス、ライブラ。対ドール・マキナ用ではなく、対人用のドール・マキナである。


 次に乗ったのはインド産高性能大型ハイエンドマキャヴェリー、ガネシタラ、そのカスタム機だ。予備パーツやプラムが開発したパーツをかき集めて作られた機体である。石川はこの機体にガネシタラ・ライブラと名付けた。


 そして最後に乗ったのはだ。織田信長によって製造され、完成直前に本能寺の変が起きたことで製造者本人が一度も乗る事の無かった悲劇の機体。日本で初めて製造されたドール・マキナ、至宝天毛。約400年間にわたり改修され続け、そして神の怒り事件と神の鉄槌戦争に合わせて更なる改修が施されたこの機体に、石川は至宝天毛・ライブラと名付けた。


「ところで、3機とも植物なの?」


「……壱号機リコリスはヒガンバナで、弐号機リンドウは言うまでもねぇ。んでテメーの参号機オロスタキスは、岩蓮華とか爪蓮華のことだ」


「へぇー、そうだったんだ。知らなかったよ」


 返事のわりに興味のなさそうな石川を葵は蹴った。避けられた。


「チッ! ……で?」


「うん?」


「とぼけんなよ。ンなことのためにわざわざ呼び止めたワケじゃねーだろ」


「察しが良い相手は話が早くて助かるよ。いや、名前の件も話す必要はあったんだけどね。……今回の作戦、余裕があるなら、星川さんにも交戦してもらう」


「……またいきなりだなオイ。習熟訓練も無しにかよ」


 ドール・マキナは人の形をしてはいるが、人と同じ可動域をしているわけではない。この差異を認識するために習熟訓練をするのが一般的だ。


「平気平気。マガツアマツはJ.I.N.K.I.型だし。僕だってすぐに乗りこなせたよ」


 J.I.N.K.I.とはドール・マキナの分類の一つで、Joint Ideally Natural Knack Intend(技術を自然と活用するための理想的骨格)の略称だ。端的に言うならば、人間と同一の骨格と筋肉を持つドール・マキナである。つまりは人間と同じ可動域を持つという事であり、習熟訓練の必要もない。ちなみにマリウス教からは禁忌指定されている。神の領分に障るらしい。


 なるほど石川の言うことはもっともだ。ただし、一点だけその主張には欠点がある。


「説得力ねぇんだよテメー。ガネシタラも至宝天毛も習熟無しで乗りこなしてんだろが」


「いや、ガネシタラは装甲の増やし過ぎで手足はガッツリ拘束されてたし、至宝天毛は射撃特化型に回収されたからさ、そんなのいらなかったんだよ。ホントホント。……あー、それで、本題はここからなんだけど」


「あぁ? まだなんかあんのかよ」


「敵パイロットの生存は無視していい」


「あ゛?」


「交戦時に殺してしまっても構わない、と言ってるんだよ」


「オイオイオイ、何言っちゃってんの? 捕縛っつーのが目的だろうが。そのためにクソ面倒クセェ手間暇準備しこさえてんだろうが」


「本当に、そう思う?」


「……リーダーを生け捕りにするのだけは最低条件。あとは裏取りに必要な数が生きてりゃいい」


「いやいや、何事にも事故は付き物ということさ。それが今日始めて乗る機体で、今日が始めての実戦ともなればなおさらね。それに、連中の命よりも、君たちの命の方が遥かに価値があるからね」


「いいぜぇ、節税に協力してやんよぉ。警視庁長官の長男サマよぉ」


「いやだなぁ、事故だよ事故。星川さん、念押しするけれど、事故、だからね?」


「へーへー」


「あ、生身の相手を狙うのは流石に無しね」


「うっかり踏み潰さねえ保証はねぇぞ。あんなデケぇの乗るのは初めてだからな。オレぁ操縦巧ぇ方でもねぇしよ」


 石川はポケットからタバコを取り出そうとするが、プラムに没収されたのを忘れていたらしい。悲し気な表情と共に溜め息一つ。


「……あー、まぁ、うん、しょうがないか。足の裏は1人で洗ってね」


   ●


 事前に伝えられてはいたのだ。本当に交戦させられるかは半信半疑だったが。


(いいさ、やれっつーんならやってやろうじゃあねえか)


 薄ら笑いを浮かべる石川から目を離し、各種モニターを確認する。


 敵機との距離。敵の進行方向。葵たちの方ではなく学園を目指している。おそらくは先行偵察部隊だ。襲撃を受けている本隊に戻る様子がないのは、学園を制圧すれば勝ちだと理解しているからだろう。


 自分たちの存在が発覚しているのか否かは不明。気付いていてなお学園に近付くのを優先している可能性もある。


「ふぅーーー……」


 細く、長く、息を吐いた。


 焦らなくてもいい。失敗してもケツモチ石川がいる。


「まずは、セオリー通りに上を取る……!」


 飛行フライトではない。跳躍ジャンプだ。ドール・マキナ・マーシャルアーツでは飛行訓練は行われない。もちろん葵も飛行訓練など受けたことが無い。最初から飛ぶという選択肢はない。山なりに跳び、降下軌道を取りながら射撃で制圧する腹積もりだ。


 目的とする高度は最低でも50メートル。なんとなくで決めた数字ではない。敵対する中型マキャヴェリー9Yに対し、その上位機種である大型マキャヴェリーダースは、最低限でも50メートルは跳ぶと言われているからだ。その数値を参考にした。


 マガツアマツ肆号機が膝を曲げる。跳躍のための力を貯め込む。背中の推進器に光が点る。


 機体各部の、特にウンヨウ・スラスタが積層された両肩の大袖の部分が光ったことに気付いた石川が、「あ、ちょっと待って」と静止するのは、一瞬だけ遅かった。


 跳ぶ。


 その瞬間、星川葵は、16年間の人生で、最高最大のパフォーマンスを発揮した。


 完璧なタイミングでの重心移動だった。完璧なタイミングでフットペダルを踏み込んだ。



 初速は―――音速を超えた。



 目標高度50メートルを一瞬で突破する。1秒後の高度は500メートル超。


 地上はその衝撃波で木々が吹き飛び大地が抉れる。オロスタキスまでもがひっくり返った。


 中学時代の葵であれば、決して発揮できない潜在能力ポテンシャル。実戦という環境が、葵の真の力を引き出したのだ!


 ―――というわけでは、ない。


 葵はショートスリーパーである、と思い込んでいるだけの普通の体質の人間である。ところが最近は夢の中でなら死んだ妹の姿を見ることができるという理由で睡眠時間が実に2倍に。毎日6時間の睡眠時間を確保するようになった。


 加えて酷過ぎる摂食による栄養失調状態は、過食のケのある聖技につられる形で食事量が増えていた。さらにリセによる監督もあった。


 つまり、健康的な生活をしたことで、人生最高の操縦を可能としたのである。



 白く美しい残光が、まるで彗星の尾のように、あるいは花の茎のように、黒い空へと真っ直ぐ1本伸びてる。


 高度1000メートルの頂にて、黒き鬼神が地上を睥睨する。



 そして葵は――――――しめやかに失神した。



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