第9話 新たなる刺客

___ある日廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。

 

 振り返るとそこに立っていたのは、ICクラスの生徒で、名前はたしか、ブラッド。王子に負けることなく校内のお嬢様方を騒がせる存在として名を馳せている。

 世の女子たちをとりこにするのは、ビバリーヒルズからやって来た、まるでハリウッドスターばりの堀の深い整った顔立ち。ちょっと幼い印象のブルーの瞳に眩い金髪ブロンドはふさふさの巻毛で、小麦色焼かれた肌と真っ白な笑顔が光る、まるで若かりし日のレオナルド・ディカプリオみたいだ。正統派系の王子とはまたキャラが違う。年上っぽいのに無邪気でちょっと意地悪な笑顔で微笑みかければ、誰もが虜になってしまう。海外ドラマに出てくるようなアメリカのティーンエイジャーって感じ。 


 そんな彼が、他でもない私に声をかけてきたなんて。正直悪い予感しかしない。

 なぜなら、彼はいつもみんなからもてはやされる人気者の顔とは裏腹に、良くない噂も多いから。聞いたところによると、もうすでに何人もの特待生・普通科の女の子が彼に泣かされているとか。学校にいるときは、大抵同じラグビークラブのガタイのいい男子たちと一緒にいるし、加えて、ICクラスナイスバディ女の子たち数人と常に連れ添っていて、ちょっとしたヤンキー集団のようになっている。王子よりもたちが悪いかもしれない。


 今日は取り巻きとは一緒じゃないみたいで一人でいるように見えるけど、私に向けられた挑戦的な微笑みには、危険な匂いが漂っている。


「おい、クソビッチ!」

悪い期待を裏切らない彼は、私に向かって開口一番、とんでもない一言をぶちかましてきた。

「お前、神崎のやつと付き合ってんの? 」


「はあ。」私はため息をついた。

 正直、こういう冷やかしや、ある種のからかいには慣れっこになっていた。王子にちょっかいを出される日々が続いた為に、その噂が学校中に知れ渡ると、妬みなのか僻みなのか、知りもしない通りすがりの生徒にこうやって野次を飛ばされたり、絡まれたりすることが多くなった。最初こそビクビクしていた私だけど、もはや慣れっこになってしまっている。


「そんなわけないじゃないですか。話はそれだけですか?」


「じゃあ、なんであいつにに言い寄られてんの。ひょっとしてロリコン趣味とか?」


「言い寄られてなんていませんって。

私と神崎くんとの間に関係らしい関係はないです。」


 __寮室内で半共同生活を送る羽目になっているということ以外は。私は心のなかで付け加えた。

 面倒ごとになりたくないから、言い捨ててそのまま話を切り上げて彼に背を向けると、いきなり、彼は私の肩をつかんで、無理やり自分のほうへ向きなおらせた。


「ホントはあいつに弱みでも握られてるんだろ? あのえせ優等生に。」

 彼はなおも食い下がる。至近距離で、私にしか聞こえない声色で囁いた。


 学園一危険な男子生徒につかまれたままの状態で、その場は硬直状態に陥っていた。早くなんとかしないと、通行人に見つかったらまた騒ぎになってしまう。何よりも、こんなところ他でもない王子に見つかったら、かなり事態がややこしくなる。


「あなたには関係ないことですよね。もうほっといてください。」

 何とか彼の腕を振りほどいて、早足でその場から立ち去ろうとしたとき、背後で彼はこういった。


「_____俺があいつから引き離してやろうか?」


「え? 」


「お前も鬱陶しいと思っているんだろ。優等生の皮を被ったあいつに。」


「俺が引き離してやるよ。」

彼は、私が返す言葉を失って沈黙していたのを、同意と取ったようで、そのままあるき去ってしまった。



 授業が終わって部屋に戻ると、いつものように王子がソファに腰掛けてくつろいでいる。彼はいつも私の部屋にやって来ては、お風呂上がりにこのソファをまるで自分の物のように独り占めしてしばらく居座るのが日課になっている。その後何度か本気で管理人さんに自分の部屋のバスルームが壊れています。と言うように勧めてみてはいるものの、これまで全く状況が変わっていないから、多分彼は聞く耳を持っていない。毎日はるばる私の部屋まで下りてくるかたご苦労なことだ。


「かれんちゃんお帰り。授業は楽しかった?」

 彼はこうやって私が視界に入ると、一見好意的に接してくる。でも私にはこの完璧なまでの彼の対応が恐ろしくて仕方ない。


「お陰様で。」私は素っ気なく返答した。

 授業が楽しいなんて言えるのは、故郷で大学レベルまで勉強しちゃって教科書が幼稚園の絵本に見えるあなたぐらいでしょ。それに、今日は昼間ブラッドに絡まれてしまったせいで、変に消耗してしまっている。ムスッとしながらも、わたしは黙って今日も大量に出された宿題に取り掛かる。


「なんだか元気がないね。昼間意地悪な男子生徒に詰め寄られちゃったからかな。」

かれは意味ありげな視線を向ける。私は心臓がどきりとした。


「べつに。なにも。」私が平然を装ってとりなすと。

「気をつけてね。君が誰といようが、俺には知ったとこじゃないけど、あいつに余計なことを喋られたら困るからさ。」


「ご心配なく。」私は素っ気なく突き返した。よく言うわよ。いつも下手なパフォーマンスを繰り出して学校獣を混乱させているのは彼の方なのに。彼の忠告は聞かなかったことにして、私は一人宿題に取り掛かかる。


 今日はこのあとお気に入りのお洋服たちのホームクリーニングとアイロンがけをしなければならない。大物のワンピースやジャンパースカートは寮のクリーニングに出すしかないけど、それ以外は手洗いをしてアイロンをかける。洗剤の匂いに包まれた衣類をシワ一つなく伸ばしている時が私の密かな至福だった。




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