第19話 秘密の花園


残暑の残る休日の昼下がり。私はまたもや街に繰り出していた。うだるような暑さの中、それでも私を掻き立てたもの。



それは____。

あの日めちゃくちゃにされてしまった“新作の馬柄の再販“。


それは思ったよりも早くやってきた。先日私が苦労して手に入れたあのお洋服は、ブランドのシリーズでも特に人気が高く、例にもれず即日完売してしまった。そういう人気のお洋服は、たまにこうやって再販されたりする。



でも、前回の初売出しの時にかなりの勢いで完売してしまったから、今回も入手できるかわからない。それでも、あのままでは諦めきれないから、めげずにこうして足を運んできた。


 今日の私は、残暑を気合で乗り切るフル装備。綿100%の重たいロングワンピーススは落ち着いたブルーグレーで、その上にメイドのようなエプロンを身に着けている。気分は不思議の国のアリス。

 見た目はいつもよりも随分涼し気だけれど。ワンピースに使用されている綿生地は分厚くて風を通さないから、とても暑い。そもそも、夏のロリィタなんてだいたい気合で乗り切るしかない。

 足元も、膝上が露出しないようにオーバーニーソックスを履いて、ブラウンのリボンパンプスを合わせた。カラコンとつけまつげもつけて、うるうるのリップは乗せるだけ。ロリィタは体力勝負。コミケでコスプレ参戦する女の子たちの気持ちが少しわかるような気がする。ロリィタさんたちは普段コスプレと同一視されることを嫌がるけれど。着るものに命をかけているという点では似ているのかもしれない。



 そんなことを考えているうちに、山手線の黄緑色の車両は原宿駅に停車した。数週間ぶりのホーム。実家のような安心感がする。ここまで来てしまえは、もう庭のようなもの。我が物顔で通りを闊歩しても何も怖くない。ここはそういう街。待ちゆくみんなが個性的なファッションに憧れて、それを表現できる街。通りかかる人々の服装は、巷で見かける流行りのそれとは一味違う。カラフルで奇抜で、個性的。自分自身を思いっきり表現できるこの場所で、私もその一員となって通りを抜ける。梅雨明けも近い。初夏のムッとする熱風と、都会の喧騒を背中に感じながら、私は目的の地へと急いだ。


 まだ午前中だというのに、ショッピングビルの入り口には既に人だかりが出来ていた。多くは、同じようにロリィタの装いに身を包む同胞たち。カラフルなジャンパースカートの裾をまんまるの傘みたいに開いた華麗なロリィタ少女たちが朝やはくから駆けつけていた。ただし、その中に混じって転売を目論む明らかに業者のもものであろう人影がちらほら。集まっている人の人数から、今日はいつもよりも争奪戦が予想されることはなんとなく想像がついた。前回惜しくもゲットできなかったリベンジや、初版で惚れ込んで色違いや型違いを買い足す猛者もいる。


それ以外は、いつもと変わらない風景_____。のはずだった。

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