第18話 日常編3
「ごめん、ちょっといいかな。ちょっと離したいことがあって。」
息が上がって上ずった声のまま、私は声をかけた。
「どうしたの、かれんちゃん。普通科のクラスにわざわざ来たりして。」
みよりちゃんは、ちょっと迷惑そうに冷ややかに答えた。
「私がこの前一緒に遊んだ時に貸してあげたお洋服。どうしたの。必要になったから、返してほしいんだけど。」
私は気圧されないように問いかけた。
「___ああ。あれね。失くしちゃった。」
みよりちゃんは気だるそうに言った。
「___はい?」私は一瞬頭が真っ白になった。
さっきの校舎裏の光景がフラッシュバックする。今までに見たこともないような冷たい口調。訳が分からなかった。ちょっと前まではすごく優しかったのに、なんだか別人になったみたい。
「なくしたってどういうこと。どこでなくしたの。あれは私のお洋服で、みよりちゃんが欲しがるから、貸してあげたものなんだよ。」
「そう言われても。無いものは無いんだもん。ごめんね。弁償するよ。それでいいでしょう。」
みよりちゃんは吐き捨てるように言った。
「お金の問題じゃないよ。ちゃんと説明してくれないとわからない。
だってさっき、校舎裏のゴミ捨て場で、よく似たお洋服見かけて__。」
私が声を荒らげたせいで、周りにいた生徒たちがヒソヒソと騒ぎ出した。まるで私のことを嘲笑っているように感じる。嫌な空気感だ。とても居心地が悪くて、萎縮してしまいそうになる。
「ああ、そこにあったんだ。落としちゃったんだよね。誰かが見つけてくれたのかも。見つかったんだったら良かったじゃない。」
みよりちゃんの反応はそっけなかった。
「良くないよ。」私は叫んだ。
「本当に、無くしちゃったの? 大事なものだったのに。どうしてすぐ言ってくれなかったの。酷いよ。」
「うるさいな。」みよりちゃんは吐き捨てた。
「かれんちゃんさ、ずっと気に入らないと思ってたんだよね。特待生だからって、好き放題でICクラスの子達にチヤホヤされてさ、調子に乗っていない?
お洋服のことだって、私に自慢したくて、貸したりなんかしたんでしょ。恩着せがましく渡してきたのはかれんちゃんだよ。」
「どうしてそんな。」言葉が見つからなかった。そんなつもりはなかったのに。
「だからって。こんなのひどいじゃん。」
私は教室を飛び出した。なんだか泣けてきた。
すごすごと校舎を出て、さっき女子生徒たちがたむろしていたゴミ捨て場を除くと、そこにはまだ私のお洋服の残骸が残されていた。ボロボロの布切れの塊に成り果てたそれを抱えると、私は学生寮へそれを持ち帰った。既にあたりは薄暗く、西の地平線から橙色の薄明かりがもの寂しげに差し込んでいる。もはやあたりに残っている生徒は一人も居なかった。私は、みるみるうちに自分の顔がぐちゃぐちゃになっていくのを感じて、私は泣きながら鼻をすすった。
「どうしてこうなってしまったのだろう。
まあ、なんとなく予想はしていた。要するに、私は目立ちすぎたんだ。みんなに煙たがられるほどにやりすぎた。半分は自分のせいじゃないにしても、不可抗力な要素はあったとしても、ああやって目立つ格好をして目立つ人達に近づきすぎた。私みたいなのは、所詮爪弾きにされて、集団からは離れたところで一人でぽつんと生きていかなければいけないの。
分かっている中学生のときがそうだったから。みんなと違うということは、そういうことなんだって。それを苦痛に思ったことはないし、そういうものだと思っていたけれど。ここへ来て、ちょっとみんなの反応が変わった。ここには私よりも目立って、ある意味でみんなと違う生徒がいた。そういう人たちと関わって、認められているような自分に気づいて、図に乗っていたんだと思う。だからこんな事になったんだ。大切なお洋服を台無しにしてしまった。全部私のせいだ。」
背中を丸めてしょげている彼女のもとに、彼はいつものように声をかけてくる。
「それは誰がやったの。」
「__私が悪いんです。」
私は、鼻水を吹き出しながらもできるだけ同情を買わないような言い方で言った。
「じぶんでやったの。」彼は聞き返した。
「ちがう。でも、これは私が悪かったの。」
確かに、みよりちゃんの言う通りだったのかもしれない。今回のことだけじゃない。私は確かに、なんだかんだ言って、この学園に来て、王子に目をつけられて、みんなの注目の的になることに調子に乗っていたのかもしれない。もっとお洋服を、私自身を受け入れてもらうことに注力すべきだった。じゃなければ、私みたいなのはずっと一人でいるほうがいいんだ。前にそうだったように。みよりちゃんや他の生徒に嫌味を言われるても文句は言えない。そう思うとつらい。
「神崎くんの言う通りだったよ。私、もっと他の人の気持ちに気を配るべきだった。
みよりちゃんや他の誰かが悪いんじゃない。安易に図に乗ってはしゃいじゃってしまった。忠告もちゃんと聞かなかった。だからこうなったの。本当にごめんなさい。」
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