第20話 秘密の花園2
デパートの出入り口のところに差し掛かったとき、正面玄関に面した大きな交差点の一角から、一台のぴっかぴかの白い高級外車が左折してきて目の前に止まった。
都内の一等地である渋谷区、原宿から通りを挟んで向かい側は高級ブティックが立ち並ぶ表参道・青山。この一帯においては高級外車なんて特段珍しいことではないのに、その車はとりわけ目を引いた。
その白い外車には、見慣れない青いナンバープレートが光っていた。一般人がつけられるものじゃない。それは外国要人の治外法権を認める外交官ナンバー。ベンツでもBMWでもない、見たことないエンブレムをかたどった真っ白なセダンから降りてきたのは、まさかの人物だった。
「神咲くん?」
開け放たれた後部座席の窓から、一瞬私と目があったかと思うと、車を止めて、運転手が傅いて開けた後部座席のドアから降りて、一直線にこちらに歩いてくる。
「ここに来ると思って、探していたんだよ。ようやく見つけた。」
私の秘密のルームメイトである彼は、今日はいつも学校で見かけるのとはちょっと雰囲気が違う。ネイビーのスラックスに高級そうな茶色の革靴を履いていて、サテン地のグレーのシャツは涼しげで避暑地へサマーパーティーでも行くのかと言うような出で立ち。
彼はそもそも、中東の血が入っていて堀の深い顔立ちだけれど、日本人の母を持つ彼はどこか中性的で、色白でどこか西洋人みたいな面影を持っている。小顔に尖った鼻の先はまるで彫刻みたいで、アーモンド形の大きな瞳は、日の光を反射して黄金色に煌めいている。
「探しているものはこれだろう。」
彼はそう言って、手に持っていた紫色のショップバックを差し出した。それは、これから私が向かおうとしているロリィタブランドのショップバックだった。
状況がつかめないまま、恐る恐る受け取って、包を開けてみると、中にはなにやら見覚えのある洋服の布地が見える。
「これ、いったいどうして。」
中に入っていたのは、数日前に亡き者にされたはずの、カルーセル柄のあのお洋服だった。色も、柄も、ジャンパースカートの型も全く同じ。ただし、いま手に持っているのはズタズタにされる前の、正真正銘のタグ付きの新品で、できたてほやほやの状態でラッピングされていた。今日、私がお目当てにしてきたお洋服そのもの。それを、まだ開店前のお店の前で差し出してきた彼は。一体何者なのか。
「お礼はいらないよ。俺はただ君への借りを返しただけだから。」
「借り?」
柄にもないことをして、なにか裏があるんじゃないか。と、勘ぐっていると彼はそれを見越したように笑った。
「なんだよ。ほしかったものなんだから黙って受け取っておけばいいだろ。
わざわざ買う手間が省けたじゃないか。」
と、彼は少しだけ方を落とした。
「それで、今日はもう用事が済んだんだろ。
暇ならちょっと付き合ってよ。」
そう言って彼は乗っていた白いセダンを後ろ手に指さした。
「一体どこへ行くというの!? 」と、私が警戒心むき出しで尋ねると。
「それは内緒。」
と、いたずらっぽく微笑む。
私は、そんな彼の甘い誘いに乗ってしまった。知らない人にむやみについて言っては行けないと言うけれど、彼は知らない男の人ではないし。むしろクラスメイトなのだから、こういう場合は好意的に受け止めて良いはずだ。と自分に言い聞かせた。
彼にエスコートされて、後部座席の革張りのシートに座ると、車は音もなく走り出した。通りは多くの人で溢れていた。普段は私は通りを行き交う大勢の大衆の一人のはずだった。でも今日は特別。せわしなく行き交う人々を横目に見ながら、車は両脇に構える大きなケヤキ並木の真ん中を我が物顔で行く。まるで高貴な人たちのために敷かれたレッドカーペットの上を先導されるリムジンに載っているみたいに、涼し気な木陰の間を、高級ソファみたいな革張りのシートにもたれかかりながら、”アリス”は目をパチクリさせて外の様子を眺めていた。
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