第21話 秘密の花園3

 車はそのまま、表参道を抜けて南青山方面へ入っていった。高級住宅地の並ぶ狭い通りを進んでいくと、見慣れない石造りの建物前で車は停車した。正直、一体これからどこへ連れて行かれるんだと、不安が脳裏に過ることはあった。でも、ここは私が想像したどの選択肢にも当てはならない。全く見たことも想像したこともないような場所だった。

 閑静な高級住宅街にまず見えてきたのは、日光を照り返してキラキラ輝いている真っ白い高い壁だった。その奥は、同じく真っ白で、丸いドーム状の屋根が見え隠れしている。中の様子はよく見えなかったけれど、正面に回って白いレンガを積み上げた塀の門をくぐると、そこには、まるで日本とは思えない別世界が広がっていた。


 晴れた日の昼下がり。広く青い空のもと、広い前庭には白い砂浜みたいな石畳と、ターコイズブルーに輝くタイルが敷き詰められていて、中央には大きな噴水が据えられていた。花壇には色とりどりの花が植えられて、眼の前に広がる白とブルーを基調とした世界の節々に彩りを添えていた。前庭の奥には、一際目を引く大きな白いドーム状の石造りの建物が構えている。まるで教会みたいだけれど、特徴的なドーム状の先端の尖った屋根の形とか。ツルのように複雑に張り巡らされたオリエンタルチックな壁の模様とか、花びらのように切り取られた出窓のそれは西洋のそれとはまるで違う。


「ここは、父親が働いている大使館の一部なんだ。実家みたいなものかな。」

タイルを敷いたブルーの小道を歩きながら、彼は言った。


「ここに住んでいるの!?」

キョロキョロとあたりを見渡すばかりだった私は思わず聞き返した。


「ずっと住んでいたわけじゃない。

日本に来たのも学園に入学する少し前だったし。単なる親の住居兼、職場ってとこかな。」


そうなんだ。と私はあっけにとられて返事をした。


「でも、今日の目的はここじゃない。

 ここは、彼らにとって厳粛な場所だから。

 祈るべき神のいない君には入ることができないよ。」


 今日はこっち。と言って、彼は白いドーム型建物のその裏手へと回っていった。そこには更に狭い路地があって、そのまま進むと、雰囲気の違うと赤いレンガの塀に突き当たった。小さな錆びたドアがくっついていて、裏口から外へ出られるようになっていた。


「知っている? 偏屈者のメアリ様が、屋敷の隅に捨て置かれた古い鍵を拾うと、それは隠された”秘密の花園”へと繋がっていたって話。」


 彼の手の平には小さな銀色の鍵が乗っていた。それを錆びついた鉄のドアに差し込む。ドアを開けた先には。彼の言う“秘密の花園”が広がっていた。


 そこは、小さな森だった。鬱蒼と茂る新緑の草木と、と苔むした小道。その奥には赤茶けたレンガの壁が見え隠れしている。


「ここは__教会? 」

 木々の生い茂った小道を抜けると、少しだけ開けたところに出た。木漏れ日が降り注ぐその正面には、古びた赤いレンガの建物があって、煙突の先に、小さな銀色の十字架が見える。


「さあ、お手をどうぞ。メアリ様。

最近なんだか元気がないみたいだったしね。」

彼は微笑み、傅いて私の前に手を差し出した。

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