第22話 秘密の花園4
赤レンガの教会の窓辺から、古びたレコードの三拍子がかかっていて、それがこの隠された狭い庭園にも流れ込んでいる。
「もしかして、心配してくれていたの。」
意外な様子で尋ねると、かれは少しだけはにかんだ。
「まあ、ね。
俺にも責任の一端があると思ったからさ。」
私は、吸い込まれるように彼の手を取って、最近学校の授業で習ったばかりのワルツのステップを踊り始めた。 彼はもう片方の手を私のドレスの腰に当てて、ぎこちない私の動きをエスコートしてくれる。並ぶと見上げるほどすらっと背の高い彼の腕は、春先より少し小麦色っぽく日焼けしていることに気がついた。
「でも、誤解しないでほしい。
俺は君のその真っ直ぐなところが好きだよ。」
「誰に何を言われようと、自分を貫く。その強い意志が好きだ。
だから、君が愛しているそのお洋服を嫌いにならないでほしい。」
私は真上にある彼の顔を仰ぎ見た。
並ぶと見上げるほど背の高い彼、細い首筋の先には鼻筋の整った顔立ちと、吸い込まれそうな茶色い瞳。その瞳が静かに私を見下ろして微笑んでいる。
私は急に胸が苦しくなった。
ああ、だめだ。そんな風に私を見ないでほしい。もう、逃げる場所がなくなってしまう。可哀想なアリス。お茶会で見かけた白いうさぎを追いかけて、大きな大きな暗い穴に落っこちてしまう。そこは現実世界とは離れた摩訶不思議な世界。一度入ったら二度と戻っては来られない。
“まさかさかさま”上も下のわからなくなって、自分が誰かもわからなくなって、最後には透明な涙の海に落っこちて沈んでしまう。
哀れなアリス。決して一線を超えては行けなかったのに___。
私は、彼のことが好きになってしまった。
こうなってしまったからには、覚悟を決めるしかない。私はある決心をしていた。
単なる偶然が重なってしまった結果だということは認める。彼のことを好きになってしまった。これは不可抗力だ。私はそう割り切って考えることにした。だって、私は自慢じゃないけれどほかの生徒よりは彼と(個人的な場面も含めて)関わる機会が多かった。
だからと言って、このまま本能の赴くままに彼に急にアタックする、なんてことも今更できっこない。これまでの関係は、私が彼に対して何の感情もないからこそ成り立っていたもの。それはわかっている。だから、今のこの関係を終わらせてしまうリスクを負うのは耐えられない。私がこれ以上を彼に求めることで今あるすべてを失ってしまうくらいなら、私は最後まで自分の気持ちを隠し通そうと決めた。
彼の気持ちも確かめずに、卑怯かもしれない。それに、万に一つの確率で彼にも同じ感情がないとは言い切れない。だけど、駄目だ。学校で一番恐るべき存在である彼に、そんな大それたことできっこない。いくら私でも勇気がない。
そんな訳で、先日のロマンチックなひと時なんてどこ吹く風と、今日も暢気な王子はいつものように、私の部屋のソファーに寝そべってくつろいじゃっている。
「おかえり、カレンちゃん。学校はどうだった?」
本当に、暢気すぎるのも勘弁してほしい。彼は私との生活にもすっかり慣れてしまったようで、気に食わないことがあって急に本性を露にすることもなくなったし、むしろこうして機嫌がよいときには、彼の人当たりは抜群で、向こうにその気がないってわかっているのにドキリとしてしまう。
「可もなく不可もなく。平凡でしたよ」
なんて、当たり障りのない会話をするのだってやっとだ。
でも確かに、みよりちゃんのあの事件があってから、何故か今までみたいに表ざたに川か割れたり、のけ者にされたみたいな雰囲気が減ったことも確かだった。学校側が何か気が付いたのかも、それか誰かが先生に相談してくれたとか? とにかく私は何もしていないし、あんな事件があった後も図太くロリィタ切ることを全く諦めていないのに、なんだか平和な毎日を享受しているような気がする。うまくすれば、いよいよこれから私の楽しい高校生活が幕を開けるのかもしれない。
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