第13話 華麗なる死闘4

 校舎の裏手にある職員用玄関から廊下を進んで、保健室の戸を開けると養護教諭の先生はいなかった。


 王子は戸を閉めた瞬間に不機嫌そうな本性を顕にして、奥に設置されていた簡易ベットの上に乱暴に私を放り投げた。

 慌てて起き上がろうとするのを遮るように王子が上から覆いかぶさるようにして私の身動きを遮る。


「ちょっと、なにするの?」

身を捩って抵抗しようとするのを、彼が制した。両腕を掴まれて、枕元に縫い留められる。二人きりの保健室に沈黙がこだました。


 私は一人焦った。“こんなことしていたら先生が来てしまう。”と、見返した私の目の前に、彼のムスッとした表情が迫る。見開かれた茶色い瞳は眉を潜めていた。吸い込まれそうな澄んだ瞳。

 一人狼狽する私をよそに、彼は更に顔を近づけて私に迫る。心臓が跳ね上がって爆発しそうだ。同様を悟られまいと、私は思わず顔をそむけた。


「どうしてこんなことしたの。」

彼は呟いた。声色は冷たく、彼の表情は読み取れなかった。


「ご、ごめんなさい。」

 私はとりあえず謝った。

 彼は私が不甲斐ない結果を残したことに怒っているんだ。そう思って、一体これからどんな”お仕置き”が待っているのだろう。と身構えていた私に、彼は意外な一言を放った。


「怪我はない?」


「怪我?」

 拍子抜けしたように呟いて、彼の方を仰ぎ見ると、彼は珍しく悲痛に満ちた表情で私を見下ろしている。ひょっとして心配してくれているの?


 言われてみれば、思い出したように私の膝小僧がズキンと傷んだ。王子は、私の表情を見たのか、拘束具のように私の両脇を固めていた腕を離して起き上がった。そのまま私が足を投げ出していた別途の縁に屈み込むと、そこにあった私の泥だらけで所々地が滲んでいるおぞましい膝小僧をしげしげと眺めている。


 栗毛色の巻毛は緩やかにウェーブを描きながら四方八方に好き勝手に畝って奇妙な模様を描いている。日本人が同じ髪型を真似しようとしてもそうは行かないだろう。俯いた面持ちの中央に尖った花が覗いていて、その両脇にはくるりとカーブしたまつげの先っぽが見える。もっと顔をよく見てみたいと、またもや危険な雑念が頭をよぎる。


「痛っ。」

 私は私は我に返った。視線を落とすと。彼はまだかがみ込んで、熱心に私の傷口に消毒液をかけていた。


「あ、ありがとう。」

 何とか傷の手当が終わると、彼はもう一度私の顔を覗き込むようにして呟いた。


「僕のためにここまでする必要はなかったのに。」


 哀愁漂うその表情には苦悶の色がにじみ出ていた。見つめていれば吸い込まれてしまいそう。私は頭をブンブン振り回した。いけない。彼の魅力に惑わされてはいけない。彼の優しさや誠実さは、努めてそれが自分に利益をもたらすときにしか発動しない。だから決して彼に心を開いては行けない。

わかっているでしょう。と一人葛藤する私をよそに、傷口の手当が終わると、彼はそのまま踵を返して保健室から退出してしまった。


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