第7話 華麗なる戯れ
「やあ! 遅かったね! 調子はどう?」
ドアを開けて最初に目に飛び込んできたのは、リビングの真ん中でソファにもたれかかりながら優雅に微笑みかける、あの腹黒王子だった。
「あの、どうしてまだあなたがここにいるんですか?昨日のことは、私も落ち度があるということで仕方なく言う通りにしましたが、今後も自室のようにくつろいでいいとは一言も言っていないですよ。」
私は臨戦態勢になった。
「ふーん、いいのかれんちゃん? 俺にそんな態度を取っていると、皆に俺らの関係をバラしちゃうよ。」
「関係?私たちに言いふらすほどの関係なんてないはずです。」
「そうかな? じゃあこれは?」
不意に、前に対峙していたはずの彼の腕が目の前に伸びてきて、とっさに逃げようとする私の両腕を絡め取った。
しまった、と思ったときには遅すぎた。昨晩みたいに、私の体を向かいの壁に縫い止めて、片手で私の両腕を拘束すると、私なんてどうとでもできるという風に、空いた方の手で私の顎もとを掴み上げて、無理やり彼の方へ向き直らせる。視線の先数センチに迫った彼の吐息が頬にかかった。
「事実なんていくらでもつくれるんだよ。」
「離してください。」
私は蚊の鳴くような声で抵抗したけれど、抵抗すればするほど、彼は私の腕をつかむ手の力を強めて、どんどんと壁際へ追い込まれていく。
「今日のクラスメート達の態度で気づいただろう。そんな目立ちすぎた君を、まともに取り扱ってくれるような友達はいた? 君が一生懸命説明したところで、話を真剣に聞いてくれる生徒が果たしてどれだけいるだろう?」
私は身を捩ってせめてもの抵抗をしたが、彼はびくともしなかった。
で確かに、彼の言うことは正しい。初日だというのに、すでに私の心証は最悪だ。クラスメイトには私を相容れないものとみなして敵視する生徒が大勢いる。
彼にとっては、こんな小娘一人をどうこうするなんて簡単なことなんでしょう。きっと今までも同じようにして何でも自分の言い分を突き通してきたんだ。入学式でいきなり代表スピーチを任された成績優秀、海外スーパーモデル並のルックスを誇る学園の王子様だもの。その発言力は絶大。しかも憎らしいことに本人がそれを一番よく自覚していて、光り輝く外面の美しさに隠された彼の腹黒本性に気づくものはいない。
彼は勝ち誇ったように、唇の端をもたげて妖艶に笑った。頬の後ろから私の髪をすくって撫でる。指先の冷たい感覚が首筋をなぞってどきりとした。そのまま私の頬を包み込んで、熱を帯びたような熱い瞳でこちらを覗き込んだ。触れる指先はまるで繊細な宝物に触れるようになめらかで優しい。
ぼうっと感覚が遠のいた。何かに呑み込まれてしまうような、深い海の底に沈み込んでしまうような錯覚に陥った。張り詰めていた糸が切れるように、抵抗する気力を失って、もたれかかるようにして、彼の腕の中に身を預ける。かかぎ込んできた彼と唇が触れ合う刹那。ふと、私は視線をもたげて彼に問いかけた。
「あなたはこれまでの生活で、自分の欲しいモノが手に入らなかった経験はありますか?」
彼は首をかしげて答える。
「欲しいもの? 無いね、俺は自分の望みは必ず叶えるよ。どんな手を使ってでも。」
その声には勝者の威厳がにじみ出ていた。
私は、意を決して行動を起こした。
「そうでしょうとも、そうやってこれまで多くの人たちを従えてきたんでしょうよ。
あなたは賢くて、ルックスも抜群で、みんなからもてはやされて、全ては自分の思い通りになると信じている。だからあえて言わせてもらいます。」
ぽかんとしているかれが、一瞬、私への拘束を解いたその隙をついて、私は彼の手を振りほどくと、素晴く入口のドアの方へ駆け寄った。そしてドアノブに手をかけながら言い放つ。
「今から隣の部屋にいるまみやちゃんを呼びに行きます。そしてこの状況を見て、まみやちゃんがどっちを信じるのか、試してみようじゃないですか。」
チッ___
私の思ってもみなかった行動に対して、彼はここではじめて本気で怒ったようだった。ものすごい剣幕でこちらへやってくる。まずいまずい
「ちょ、ちょっと待って、話はまだ終わってないからっ__。
あなたは、私のことをまともに取り扱ってくれる生徒なんているわけないといたけれど、それは間違っています。今はいなくとも、いつかみんなに受け入れてもらいたくて、そのために私はこの学園に来たの。待ちに待った学校生活が初日から崩れ去るなんて嫌。」
彼はその場にとどまっている。私は続けた。
「だから取引をしましょう。私はあなたが私の部屋に滞在することを許してあげます。昨日のことも、これからのことも黙っていてあげます。お風呂も貸してあげます。その代わり、その代わりその代わり私の言う条件を守ると約束して!」
「___条件って?」
怪訝そうにしながらも彼は訪ねた。
「え、えーっとね。」
咄嗟に思いついたことだから、内容まで全然考えて無かった。焦りながらも私は最低限の条件をひねり出した。
「①消灯は11時です。何があってもそれをすぎてこの部屋にいないこと
②例えとんな状況にあろうとも、この部屋で私に触れないこと。」
咄嗟に思いついた二つのことを彼に提示した。
「ふーん、”部屋の中では”ね。」
「!!」しまった。
慌てて訂正しようとする私の先手を取るように、彼は声を上げた。
「いいよ、その条件飲んだ。この俺と取引しようなんていい度胸じゃん。」
彼はふんと鼻を鳴らした。
「認めたわね。」あたしは強気に畳み掛ける。
「カレンちゃんってほんとに退屈しないね。普通の女の子だったらさっきの一撃でオトせたはずだったんだけどなー。」
その声色からは不服さが滲み出る。
「あ、当たり前でしょう、私をそんじょそこらの小娘と同じにしてもらっちゃあ困ります。」
「ほんと全然違うよね、神経の図太さが。
じゃあ、もう11時もすぎる頃だし、条件通りもう帰るよ。またあしたからよろしくね、かれんちゃん」
彼は憎々しげになじったが、言った以上約束は守るらしく、彼は本当に私の部屋からおとなしく出て行った。
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